この時間がずっと続いて欲しいのですが……
「アリス、もう会話するのは完璧だね」
「フレディ様、ありがとうございます!!」
旅というものは、やはり面白いものですわ。
相変わらず、王太子殿下から人と馴染む方法を伝授してもらいながら、様々な場所に巡りました。
最初は初めてお話したジョージ様と同じように避けられもしましたが、回数を重ねるに従って、わたくしもタイミングや話の話題など掴めるようになりまして、2週間ほどで避けられることなく、しっかりと話すことが出来るようになりましたわ。
王太子殿下は、まるで自分ののことのように喜んでくださりました。
わたくしも、本当に嬉しいです。
「師匠、わたくしは立派な生徒になれたでしょうか!!」
「いつの間にか俺は師匠になってるの? えっと……まあアリスさんは真面目な生徒ですよ。ってこれで良い?」
「はい、わたくし満足ですわ」
何だか王太子殿下が少し寂しそうな顔をなさっておりますが、このように付き合ってくださるところが好きですわ。
本当に一緒にいて楽しいですわね。
やはり、とてもではありませんが今だけ見ていると、どうしても王太子殿下には見えないのですわよね。
「あ、フレディ様。少し小腹が空きませんこと? わたくし、あそこに売ってらっしゃるパンをいただきたいですわ」
「そうだね。なら少し早いけど昼食にする?」
「はい。わたくし、買って参りますわね」
それにしても、わたくしは会話することだけでなく、買い物も1人で出来るようになりましたのよ。
わたくしがしっかりと1人で買い物をするところを見届けて欲しいですわ。
「はい、いらっしゃい」
「おはようございます。どれも美味しそうですね。どれかオススメありますか?」
「オススメか……ならこれはいかが? 焼き立てだよ」
「まあ、美味しそう。ならこれを4つくださいな」
「はいよ、銅貨8銭ね」
「えっと……銅貨8枚です」
「ちょうどだね、毎度あり」
本当に最初は金貨・銀貨・銅貨の違いも分かりませんでしたが、マリアから違いを教わり、王太子殿下からは使い方を教えてもらい、今はちゃんと使うことが出来ます。
現金はクレジットとか違いその場でどのぐらい使ったのか分かるのも良いですし、現金があれば買い物に困ることがないので、これはこれで便利ですわね。
「フレディ様、マリア、ホワイト様、一緒に昼食に致しましょう」
「「え? 私達もご一緒にですか?」」
「勿論。一緒に食べる方が楽しいもの」
「折角だし、2人とも一緒に食べよう」
「王太子殿下まで、何を仰っているのですか!?」
「私達が一緒に食べるのは少し違うかと……」
マリアも、王太子殿下の従者であるホワイト様も大きく首を振って拒絶されてしまいました。
うぅ、ここまでハッキリ言われると寂しいですわよ。
折角4つ買って参りましたのに。
「じゃあ、命令。一緒に食べなさい」
「殿下、そんなところで権力乱用しないでください」
「じゃあ、わたくしからも命令ですわ。マリア、一緒に食べなさい」
「レイナ様まで……」
2人は呆れておりましたが、私達の言葉に素直に従って、それぞれ私達の隣に腰をかけて、パンを受け取りましたわ。
今まで頑なに固辞されておりましたから、本当に嬉しく思います。
「あぁ、美味しい」
「美味しいですわね」
「美味しゅうございます」
「大変美味ですね」
4人とも同じ感想を口にしました。
やはり、店主のオススメは本当でしたのね。
こんな美味しいパンを一緒に食べることが出来て幸せでございます。
◇◇◇◇◇
今日は、4人で仲良く一緒に昼食を取り、その後は街の人から伺った大道芸を拝見し、楽しい1日でしたわ。
さてと、今日も多くの移動を致しましたから、 入浴して体をサッパリさせることにしましょう。
「マリア、わたくし今からお風呂に入りますわ」
「分かりました。お待ちくださいませ」
確かにわたくし、会話や買い物の仕方は1人でも十二分に出来るようになりました。
しかし、王太子殿下が関わらない、マリアと2人の時に行う入浴だけは、未だに1人ですることが出来ませんの。
1人でしようとすると、絶対にマリアが手伝いに来るのですから、するに出来なくて……。
「マリア、そろそろわたくし1人でさせてくださらないかしら?」
「駄目でございます」
「マリア、そんなにわたくしに信用はありませんの?」
「別にそういうわけではありませんが……」
いつものマリアなら、そうでございますと言い切るところですのに、否定しないだなんてどういう心情変化ですの?
何だか様子が変ですわ。
「マリア、ではどうして1人でさせてくださいませんの?」
「それは……もう少しでレイナ様と離れてしまうかもしれないからです……」
「わたくしと離れる?」
「えぇ、そうでしょう。レイナ様がもし婚約解消されて、1人で旅をすることになったら、私は用済みじゃないですか。だからこそ、今ぐらいは少しでも一緒にいさせてください」
マリア、一歩間違えればプロポーズと受け取られかねない返答でございますわよ。
そのためか、何故か妙に心臓の鼓動が上がりましたわ。
でも、その言い草だとマリアは……。
「マリアはわたくしと一緒に過ごしたいということかしら?」
「はい、そうですね。最初はアリス様の意思を汲んで傍におりましたが、現在はレイナ様と一緒に過ごしたいと思っております」
「麗奈として……?」
今までずっとアリスのためにと婚約解消の阻止に躍起になっていたマリアが、こんなことを仰るだなんて……。
マリア、わたくしが婚約解消をするかもしれないと視野に入れていると仰いますの?
「マリア、わたくしが婚約解消をされるとお思いですか?」
「レイナ様さえ望めばきっと……すぐには無理でしょうが王太子殿下なら叶えてくださると思いますわ」
「何故そう思いますの? 国が決めた婚約なのに……」
「王太子殿下は優しい方ですから、レイナ様の意思を尊重してくださると思いますわ。それに、優秀な王太子殿下ならそれを穏便に済ませることも可能でしょうからね」
わたくしも少し気がかりではありました。
無理だと言いながらも、わたくしの意見に耳を傾けてくださるのですから、何を考えているのかよく分からなかったのです。
もしかしたら、マリアの言う通りにわたくしの意思を尊重してくださっているのでしょうか。
「マリア、わたくしはやはり旅をこのまま続けたいのかどうかは、ハッキリ分かりません。ただ、この時間がずっと続けば良いのにとは思っております……マリアとフレ……」
え? どうしてここで王太子殿下の名前を申そうと致しましたの?
わたくしは、確かにマリアとは離れなければと思いつつも、今までずっと楽しいから一緒に過ごせたら幸せだろうなと思っておりました。
しかし、王太子殿下は正直に申しまして、絶対に婚約解消をしてもらおうと思っておりましたのに……マリアと同様に一緒に過ごしたいと思うだなんて……。
まだ2週間しか経っておりませんのに、こんな変化が訪れるだなんて夢にも思いませんでしたわ。
やはり、転生前ではそのような楽しみをしてこなかったからでしょうか?
それとも、王太子殿下のことを好意的に思い始めているのでしょうか?
このモヤモヤした気持ちを早く取り払わないと、取り返しのつかないことが起こりそうで、少し寒気を感じてしまいましたの。