どうしてアッサリ受け入れますの?
わたくしは、王太子殿下に全てを話しましたわ。
わたくしが転生前でも窮屈な生活を送っていたこと。
また、許嫁がいたこと。
そして、ここが小説の中の世界であり、わたくしが大好きな小説であったこと。
この世界に出てくるアリスがわたくしの憧れであったこと。
それゆえにアリスに憧れて冒険者になろうとしていること。
他にも挙げられないことを数時間話しておりました。
きっとオタクであるわたくしの話のスピードが早かったゆえについてくることは出来なかったでしょう。
それでも、王太子殿下は静かに話を聞いてくださりました。
王太子殿下は、わたくしの話がようやく終わると口を開いて質問をし始めました。
「つまり、俺達は作られた存在ってことなの?」
「そういうことになりますわね。香本 羽那という作者によって書かれた作品ですもの。ただ、悲しまれることはありませんわ。ここでは実在する世界なので、堂々と行動されれば良いと思いますの」
「そういう問題じゃないと思うけど!!」
「気にしたら負けですわよ」
「謎に説得力がある〜」
確かに言われるまで気づきませんでしたが、ここは作者様によって作られた世界。
なのに、私達は自分の意思で動いております。
何とも不思議なことですわね。
ただ、今は私達の意思で動いているという事実しかありませんので、大した問題ではありませんわ。
「あと、いまいちピンと来ていないのだけど、要するにアリスであってアリスではないということなんだよね」
「そうですわ。わたくしは体はアリスですが、魂は麗奈ですの」
「とてもややこしい状況だな。一体どっちで呼べば良いんだい?」
「フレディ殿下からはアリスと呼んでくださいませ。わたくしからすれば、アリスではなく麗奈なので」
「どうして、また殿下に戻るの?」
「別に教えを請うているわけでもないので、そのように呼ぶ必要がないかと思いまして」
「悔しいな。まあ今回は置いておくとして、それにしても君がレイナだと思っているなら、レイナの方が良くない?」
「それは私の心の問題であって、この世界ではアリスなのですからアリスと呼ばれないと可怪しいと思います。まあ、マリアはどうしてもわたくしをアリスとして認めたくなさそうなので、麗奈と呼ばれておりますがね」
「ならば俺もレイナって呼びたいのだけど……」
「駄目でございます。わたくしはフレディ殿下には麗奈と呼ばれたくありませんの」
「どうして嫌なの?」
「心を許した相手ではないからです」
「うぅ〜厳しいね」
厳しいも何も、わたくしは王太子殿下と結婚するつもりなど微塵もありませんもの。
そんな方に麗奈と呼ばれたくありませんわ。
アリスになれたことは大変光栄ですし、このチャンスを逃すつもりは1ミリもありませんが、わたくしの心は麗奈としてこれからずっと生活するつもりですの。
まあ今度1人で旅をすることになりますが、マリアは心を許しておりますから麗奈と呼ばれることに抵抗はありませんわ。
王太子殿下とは、せめて心だけは一線を引いていないと、このまま王太子殿下に丸め込まれそうになりそうですもの。
麗奈の名前なんて呼ばせませんわよ。
「転生前の君の許嫁は、君のことを何て呼んでいたの?」
「それは麗奈ですわね。まあ許嫁ですから」
「だけど婚約者である俺は駄目なんだ」
「はい駄目です」
「では、転生前の君をどうやって呼べば良いの?」
「それは、君でもあんぽんたんでも好きなように」
「レイナは駄目なのに、あんぽんたんは良いんかい!!」
「お好きにどうぞ」
王太子殿下、かなり顔色が悪そうですわね。
そこまで麗奈の名前を呼びたかったのに、そういう理由があるのは知りませんでしたわ。
でも、王太子殿下に麗奈と呼ばせる日が来ることは一生ないでしょうがね。
「ではアリス、その洗礼された動作は転生前から身についたものだというのかい?」
「多分そうではないのでしょうか? 小説のアリスは素行が悪すぎたせいで、フレディ殿下の婚約者候補から外されておりますからね」
「それが信じられないんだよな。仮に君が転生してなかったとしても、アリスがそんな行動を取るとは思えないのだけど……」
「まあ、あくまでも小説の世界ですから、そんなものですわよ。所詮、作者様が書きたいように書かれた物語ですから」
「やっぱり納得がいかない……」
まあ、王太子殿下がお気持ちは理解出来ますけど、こればかりはわたくしでもこれ以上は説明しようがありませんからね。
納得出来ないようでしたら、そこまでですわ。
「じゃあまあそこは一旦納得するとして……」
「いや、納得なさるところではありませんわよ」
「え? なんで? さっき言ったことと矛盾していない? というか俺が納得しなければ話が先に進まないままだろう」
「いえ、そこはそんなおかしな話をするだなんて、変だと思うべきですわ。そして、わたくしとの婚約を破棄するところですわよ」
「いや、アリスが誰であろうと簡単に婚約を解消出来るわけないじゃん。転生前でも令嬢だったなら、それは嫌でも分かっているだろう?」
「それはそうですが……ここはあくまでも小説の世界。主人公のアリスがこの小説の展開を進められるはずなのでは……」
もう何が何だか分かりやしません。
よくよく考えたらこの世界は一体どういうところですの?
小説の世界のはずですのに、展開通りにもなっておりませんし、主人公であるアリスが思う通りに動くわけでもないだんて可怪しくありませんの?
もしかして作者様が、これとは違うパロディーを描いている途中でして、このような展開を望んでいらっしゃるのでしょうか?
「ここはどんな世界だと仰りますの……」
「少なくとも俺達は自分達の意思で動いているのだから、俺達の世界だと思えば良いだろう。小説とか意味不明な世界に囚われるな」
「わたくし達の世界?」
「だってそうだろう。ここが例え小説の世界だとしても、アリスはアリスの意思で今の行動をしているし、俺だって俺の意思で今の行動をしている。少なくとも俺達はそう思っているのだから、自分達の世界だと思えば良いじゃないか」
「でもそれも作者様が書いていらっしゃるのかもしれませんわ」
「それならそれで良いだろう。問題は俺達がどう思うかだけなんだから。さっき実在する世界だと言ったのは、気にするなと言ったのは誰だ?」
「そうですわね。ここは実在するわたくしの世界ですわ」
何だか先程絶望に襲われた感じになったのが馬鹿らしくなってしまいましたわ。
何も囚われずに私が思う行動をすれば良いのですわね。
「ねぇアリス、アリスは本当にしたいことは何? 本当に冒険することなの?」
「わたくしは……………………自由を手にしたいのです。今まで拘束されている生活から抜け出したいのですわ。だから冒険者になりたいのかと言われれば、少し疑問かもしれません」
今までずっと冒険がしたいと囚われてばかりでした。
それは小説のアリスが行っていたことだから、それがわたくしが憧れていたことだったからです。
でも、王太子殿下に問われて改めて分かりました。
――冒険者をなりたいから、自由になりたいわけではないということを。
「成る程、分かった。取り敢えずこの旅は1か月ほどは出来るように調整してある。ならばこれからはアリスの本当にしたいことを見つけてみないか?」
「え……どうしてそこまでしてくださるのでしょうか? そこまで協力する必要はありませんわよ」
王太子殿下は様々な公務で忙しいでしょうに、そんなことをされたら困ると言いますか、申し訳ないですわ。
それに、1人でいたいと……本当にそう思っているのでしょうか?
どうしてこんな風に考えてしまうのでしょう。
わたくしがアリスではなく、麗奈としてしっかりと向き合っているからでしょうか?
「俺が一緒に探したいの。俺はアリスの婚約者だからちゃんと婚約者が納得が行く形を見つけたいんだ」
そのように仰ってくださるのは……嬉しく感じてしまいますわね。
何だか変な気持ちですわ。
ですが……。
「別に婚約者だからとそこまで親身にならなくても……」
「鈍いねアリス。俺は単純にアリスが好きだから一緒にいたいだけなんだよ」
好き……その気持ちはよく分かりません。
だけど、何故か胸の鼓動が早くなってしまいました。
許嫁にそんなことを言われたことは1度もなかったので、言われ慣れていないせいでしょうね。
「でも、わたくしは完全なアリスではなく、麗奈でもありますわよ」
「それなら、これからはレイナも好きになっていくよ」
「意味が分かりません」
「分からなくても良い。取り敢えず旅を続けよう」
「……はい」
また鼓動が早くなってしまいました。
こんな気持ちは初めてですわ。
よく分からないものの、今は旅を続けることにしましょうか。