やはり臨機応変の対応は難しいですわね
確かにここでは程良い人が通る場所でありますわ。
今日の朝は挨拶をすると決めておりましたから、行動に移せました……まあ、見事に失敗しましたがね。
しかし、今回は何をするべきか全く決めてない中で行えと言われましても、何をすれば良いのでしょう?
取り敢えず、王太子殿下に教わったことから始めるしかありませんわよね……。
確か……まずは話しかけやすい方を探すことが重要だと仰っておりました。
えっと……ベンチに座って休んでいらっしゃる方だと話せかけやすそうですわね。
一応、王太子殿下に確認を取ってみましょうか。
「フレディ様、あのベンチで休まれていらっしゃる方に話しかけるのはどうでしょうか?」
「アリスが良いと思うなら良いんじゃない」
「わたくしは、良いか悪いを聞いているのですわ」
「こればっかりはいざ尋ねてみないと分からないところもあるからね。でも、俺は悪くはないと思うよ」
「本当ですか!!」
完全に否定されなかったということは、方向性は間違っていなさそうですわね。
では相手は定まったとは申しましても、今度はどのように話しかければ良いのでしょうか?
ここは何も教えてくださいませんでしたから、自力でしなければならないのでしょう。
分からないのであれば、普段通りに話しかけるしかありませんわね。
「ご機嫌よう。お隣にお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「え……はい……」
「ありがとうございます」
普段の夜会や訪問の時とは異なり、とてもではありませんが歓迎されていないようですわね。
ただ、王太子殿下は何も仰りませんし、大丈夫のはずですわ。
このまま続けることに致しましょう。
「わたくしは、アリス・ブリジット・マナーズと申します。貴方の名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、俺はジェイクという名前だけど……」
「えっと……ジェイク様とお呼びすればよろしいのでしょうか?」
「それは別に良いのだけど……」
どうして、フルネームでは名乗らないのでしょうか?
もしかして、一般の方はファーストネームしか名乗らないのかもしれませんわね。
そう考えると、完全に失敗してしまいましたわ。
ただ、基本今までは敬称名かファミリーネームで呼ばせていただいておりましたから、少し緊張致しますわね。
「ジェイク様はこれからどのようにお過ごしですの? 私は旅に出たばかりなので、この辺りにどのようなものがあるのか散策中ですの」
「俺は今日は休みだから、ただ本でも読もうかなって」
「読書が趣味なのですね」
「う〜ん、まあ。本はよく借りるかな」
「本を借りるとは……何か過去の資料を集めていらっしゃるのでしょうか?」
「いや普通にファンタジー小説だよ」
「あぁ、そういうのがお好きなのですね」
この方は時間に余裕があるのか、話に乗ってくださる方でございますわね。
まずの第一関門として、話しかける相手の選別はクリアしたと思って良さそうですわ。
ただ、本を借りると仰ったので、図書館でしか読めない様々な過去のデータを収集していると思ったのですが、普通の本でしたのね。
確かにここでは本が貴重なようですから、よほどのことがない限りは購入しないのが普通のようですわね。
やはりこうやって、話を聞くのも楽しいものですわ!!
「えっと……貴族ですよね?」
「えぇ、まあそうですわね」
どうして、急遽質問をされたのでしょうか?
かなり不審がっておられますが……。
よく分からない質問をされましたが、事実ですから否定することは出来ませんわね。
「あの、1人で旅をされているのですか?」
「いいえ、4人で旅をしております。あちらに一緒に旅をしている方がおりますわ」
まぁ、不本意ではありますがね。
本来なら1人で旅をしたいところですもの。
「侍女と従者が2人と多いのですね」
「いえ、私の侍女が1人と、婚約者とその従者ですわ」
「え、婚約者? あ、言われたら確かに貴族っぽい?」
この様子だと、この方に王太子殿下だと明かしても信じてくださらいでしょうね。
見事に馴染んでいる王太子殿下、羨ましすぎます。
わたくしも最終的に目指す姿です!!
よくよく考えれば、わたくしはすぐに貴族だとバレてしまいましたわね。
確かに何も取り繕っておりませんでしたから、当然と言えば当然なのかもしれません。
もしかしてわたくし、入り方間違えてしまいました?
「あの……もしかしてお忍びで来ています?」
「えぇ、確かにお忍びと言えばお忍びでしょうか」
「――全然お忍び出来てない」
「何か仰りました?」
「いえ」
いえ、お忍びが全然出来ていないとハッキリと仰りましたわよね。
服装もこの町に馴染むものですから、お忍びは出来ていると思うのですが、どうして全然なのでしょうか。
「俺、用事を思い出したので帰りますね。ではさようなら」
「え? 今からここで読書をなさると仰ってませんでしたか」
あぁ、まだ全然話を切り出しておりませんのに、返事もされずに帰られてしまわれました。
今回もすぐさま終わってしまいましたわね。
本当になかなか上手くいきませんわ。
わたくし、どうしたら良いのでしょう。
「アリス、実際にやってみてどうだった?」
「困ったら助けてくださると仰ったのに、全然助けてくださらなかったですわね。酷いですわ」
「失敗することも大切だよ。まあ、ちょっと彼には申し訳ないことをしたけど」
申し訳ないと思っていらっしゃるなら、尚更助けて欲しかったのですが。
取り敢えず、今から反省会ですわね。
「フレディ様、まずわたくしが話しかけるとジョージ様は縮こまってしまいましたわ」
殿下、顔の表情が暗いですわね。
一体どうされたのでしょうか?
「アリスはどうして他の人だと名前ですぐに呼べるの?」
「どうしてって……フレディ様は王太子殿下ですから、敬称で呼ぶのが普通だと思いますけど」
「アリスならそうだよね……でも、あんまり他の男の人の名前を呼んで欲しくないな」
「今回は相手がファミリーネームを名乗ってくださらなかったのでそう呼んだだけですわよ。ただ、確かにあまり外聞もよくありませんものね、今後は出来るだけ気を付けますわ」
「そういう意味じゃないんだけどな……」
相変わらず不満そうな顔でございますわね。
ただ、それもそろそろ終わりますから、ここは適当に頷いておきましょう。
さて、話をもとに戻して反省会の再開しなければ。
「やはりこれは貴族だとバレてしまったからだと思いますが、話題が問題だったのでしょうか?」
「いや、別に会話の内容が悪いとは思わなかった」
「では、ならば何故上手くいかなかったのでしょう」
話しかける相手も間違っておらず、会話の内容も問題がないのであれば、成功の余地しかありませんではないか。
ならばどうして……。
「アリスは根本的なものを忘れているだろう。俺が今どうやって分かる?」
「タメ口でしょうか?」
「そう。俺達ですら、家族としての前ではフラットに話している。貴族令嬢同士では話が別かもしれないが、基本仲が良いもの同士だと、砕けて話すんだよ。敬語を使うと気が張るからね」
確かに敬語は忌避されやすいのかもしれません。
ただ、今まで使って来なかったわたくしに、タメ口で話すように仰られても困惑しますわ。
「フレディ様、わたくしは転生前からずっとこの話し方でした。家族や許嫁の前ですらそうです。わたくしに出来るのでしょうか?」
「え? ちょっと待って!!転生とか許嫁ってどういうこと? アリスの言っている意味が分からない」
あ、そうでしたわ。
わたくし、王太子殿下に過去のことを話そうと思っておりましたのに、スッカリ忘れておりましたわ。
やはり、マリアは後ろから止めて欲しそうな目で睨みつけておりますが、マリアを気にしていても話が進みませんし、折角ですからここで明かすことに致しましょう。
隠すのも面倒ですしね。
「フレディ様、わたくし、本来はアリス・ブリジット・マナーズではありませんの。実はここは小説の世界で、その主人公に転生しました。転生前の名前は宝月麗奈と、あちらでも令嬢と呼ばれておりましたの」
「全く理解が出来ていないけど、取り敢えず話は聞こうか」
「ありがとうございます!! 是非お聞きくださいませ」
「アリスの目が今まで以上に輝いている……」
どうやらここで、王太子殿下に見切りをつけられるチャンス到来ですわ!!
マリア、そろそろお別れの時間は近そうですね。




