王太子殿下、お願い事がありますの
「レイナ様、王太子殿下との食事は如何でしたか?」
「そうですわね……大変羨ましく思いました」
食事を終えると、王太子殿下と別れて部屋にやって参りました。
本来なら様々な方と交流して楽しくなるはずだったお食事でございましたのに、結局ただ淡々と食べるだけでございましたわ。
また味の方は、肉は獣臭く、またケーキのスポンジが少し固くてフォークも入れにくかったので、全く持って入ってきませんでしたの。
そのため、楽しむ要素が全くありませんでしたわ。
わたくしはこれから旅生活を始めますのに、馴染めないのが大変悔しいのです。
王太子殿下はまるで小説の中のアリスのように、上手に対応しておりましたので、本当に羨ましいですわ。
小説を拝読している限りではどうやら王太子殿下は優秀な方みたいですし、王族としてだけなく庶民の暮らしも完璧だなんてなんと羨ましいことでしょう。
何故、どうして、わたくしは貴族としての立ち振舞いしか行うことが出来ませんの?
いつ何時何分地球が回った日に、わたくしはこのような立ち振舞いしか出来なくなったのでしょうか?
いえ、勿論聞かなくてもそんなの分かっておりますわよ。
2008年11月24日1時47分にわたくしが宝月家に生まれた時からその運命は決まったいたのでしょうね。
地球が何回回った日かが説明出来ていないと……それは数学や物理が得意な方に計算はお任せしますわ。
わたくしは専門外ですもの。
取り敢えず申し上げたいことと致しましては、 わたくしは王太子殿下のように庶民の方に自然と混ざり合い、立派な冒険者になると宣言することですわ。
まさに、目指せ庶民に紛れる王太子殿下ですわね。
明日から心を入れ替えて、今のうちにトレーニングを始めますわよ。
わたくしならきっと出来るはず……ですわよね?
まあ、そうと決まれば体を清めてからさっさと寝ることに致しましょう。
「マリア、今日から1人で湯浴みしますわ。ですので、手助けは不要です」
「レイナ様、1人で大丈夫でしょうか? 今から不安でしかありません」
「毎日していることなので、大丈夫ですわよ」
「レイナ様……1つだけ忠告しておきますが、もしこれから先ずっと旅することになりましたから、湯浴みは毎日簡単には出来ませんからね?」
「チートが開花されれば、何の問題もありませんわよ。毎日湯浴みは無事に出来ますわ」
「…………」
マリアはやはり相変わらず心配性でございますわね。
ただ湯浴みするだけなのですから、そこまで難しいこともないでしょう。
まずは湯浴みする前に、髪を櫛で梳かさなければなりませんわね。
髪はこうやって下から少しずつ梳けば良いのは分かっておりますから、少しずつ梳いていきましょうか。
――思っていた以上に力が入りますし、髪がすぐに抜けてしまいますわね。
ここまで一気に髪が抜けるとは夢にも思いませんでしたわわ。
「レイナ様、私が髪を梳きます。どうやったらそこまで髪が抜けるのですか。無駄に抜かれても困ります!!」
マリア、たかが髪が多く抜けたぐらいで大げさですわ。
確かにざっと見た感じ、20本ぐらいですから多分少し多いのでしょうが、これぐらいで気にしていたら何も出来ないじゃないですか。
と申しましても、マリアに勝手に櫛を取られて梳かれてしまったので、自分では何も出来なくなってしまいましたわ。
……マリアは本当に上手でございますわね――大変気持ちですわ。
しかし、その後も結局いつも通り、マリアの手を借りて湯浴みをすることになってしまいましたし……これだと今までの生活とあまり変わりはありませんわね。
どうにかして生活を変えたいのですが、どうすれば良いのでしょう……。
◇◇◇◇◇
「レイナ様、おはようございます」
「……あぁマリア、おはようございますわ〜」
日が変わり体を起こすものの、少し硬いベッドだったためか、安眠は出来ずに少し寝不足でございます。
慣れないことをすると、少しの変化でも生活リズムが乱れるようですわね。
取り敢えず昨日の夜、今日からどのようにするべきか考えたことを実行せねばなりませんわ。
やはり、1番大切なことと言えば挨拶ですわよね。
このコミュニケーションの取り方は何処でも世界共通ならぬ、異世界でも共通でしょうから。
寝不足ですが、しっかりと相手を見てしっかりと挨拶を致しましょう。
「フレディ様、おはようございます」
「おはよう、アリス。素敵な笑顔だね」
ハリのある声ととびきりのスマイルで、王太子殿下には挨拶をさせてもらいましたわ。
王太子殿下なら緊張もありませんから、練習相手としては丁度良く、遠慮はありませんでしたわよ。
反応は大変良くありますから、練習は大成功ですわね。
ならばこの練習通りに多くの方に挨拶をして話しかけられれば問題ありませんわ。
いざ行うのみです!!
「おはようございます!!」
「……おはようございます」
「あの…………」
「……………」
「おはようございます!!」
「あぁ……おはよう……」
「あの…………」
「…………」
「おはようございます!!」
「……おっ」
「あの…………」
「…………」
皆様どうやらわたくしの挨拶に、挨拶を返してはくださいますわね。
ただ…………本当にそれだけですわ。
王太子殿下のように、その後の会話には持ち込むことは出来ませんわ。
王太子殿下は、今も昨日と同じように打ち解けて楽しんでいらっしゃるようですのに、それに比べてわたくしは本当に不本意な結果に悲しみが止まりません。
どうして、こう違いますの?
今回も相変わらず料理を楽しめないまま、朝食は終わってしまいました。
◇◇◇◇◇
今から冒険2日目が開始されますわね。
先程の失敗で気分は沈んでしまいましたが、これからわたくしの計画の第2弾が始まるのですから、ずっと落ち込んでなんてはおられませんわ。
これは、これからのわたくしの冒険者生活をする上で命運を分けると申し上げても過言ではありません。
これからが勝負ですわ!!
「フレディ殿下、貴方にお願いがありますの」
「アリスどうやら深刻な頼みらしいね」
「はい。実はフレディ殿下に皆様とどのようにしたら自然に馴染むことが出来るようになるか伝授していただきたいのですわ」
そう悔しいですが、王太子殿下の立ち振舞いは文句の付けようがないほど完璧でした。
だからこそ、王太子殿下に教われば理想に近づける……いえ彼以上の素晴らしい対応が出来るようになるはずです。
素晴らしい先生が目の前にいらっしゃるのに、習わずにはいられませんわ。
「別にそんな難しいことでもないけどね……でもやはり政治に携わるなら大切なことだしね。アリスがそこまで言うなら教えるよ」
「流石、フレディ殿下。格好良いですわ」
「そんな風にアリスから言ってくれて嬉しいけど、意識しては言ってないよね。……ねぇアリス、ならば俺からもお願いがあるんだ」
どうやらわたくしに新たな教師が出来るみたいですわね。
一安心ですわ……って王太子殿下からお願いとは一体何かしら?
「俺のことを敬称をつけずに呼ぶこと」
「敬称を付けずに呼ぶことが条件なのですか?」
「婚約者だからやっぱり名前で呼び合いたいじゃん。それに旅館では敬称を付けずに呼んでくれて嬉しかったんだよね」
「……抵抗はありますが、いえ抵抗しかありませんが、全力を努めます」
「敢えて『しか』と言い直す必要ないだろう!! それと敬称付けたら教えないから覚悟してよね」
フレディ殿下、それは酷すぎますわ。
こうやって心の中でしか叫べないだなんて……。
でも……これを逃せば有意義な生活を冒険者生活を行うのは厳しいですもの。
それならば、これは条件を飲んで指導していただきましょう。
絶対に優秀な生徒になってみせますわ!!