世間に馴染むのは大変ですわね……
「フレディ殿下、ここは一体何処でございますか?」
「旅館だ。今日はここで休もう」
「え? テントで泊まらないのでしょうか?」
「テントはまた後日ね」
「そんなことがあって良いわけありませんわ」
冒険と言えば、野宿でございますわね。
外でテントを建てて、寝袋に巻いて寝るのが普通ではありませんの?
アリスもチートが目覚めるまでは、1週間ほどですがテント暮らしでしたわ。
チートに目覚めてからは、そのチートでお金を多く稼ぎ、毎回旅館やホテルに泊まることが多かったものの、いざという時はテントで夜を過ごしておられました。
だからこそ、慣れていない中での体験は貴重だというのに、勝手に旅館の予約を取られて不満しかありませんわよ。
ただ、今日は色々な意味で、肉体的にも精神的にも疲れが溜まっておりますわ。
ここは癪に障りますが、旅館に泊まることに致しましょうか。
ただ、これだけは伝えておかなくてはなりませんわね。
「フレディ殿下、どうか私の部屋に無断で入らないでくださいね。睡眠までは邪魔されたくありませんわ」
「本当は一緒の部屋で寝たいと言いたいところだけど、厳しいかな」
「王太子殿下、流石に一般的な宿で従者や侍女が傍に居ないのは躊躇われますので、ご理解のほどよろしくお願いします」
「大丈夫だよ。そこは願望で言っただけだから」
「願望でそんなことを仰らないでくださいませ」
呆れてものも言えませんわ。
そんなこと本気で思っていらっしゃるわけでは……ありませんわよね?
この方のことですから、全く持って信頼出来ませんが、冗談でございますわよね?
そもそも、わたくしは王太子殿下とは、一生閨を共にするつもりはありませんでしてよ。
「アリス、旅館では殿下って言うのはやめてね。今回はお忍びだからさ」
「まあ、確かにそこで殿下だとバレるのはこちらも面倒ですから、その時に限っては出来るだけ名前を呼ばないように致します」
「いや、名前は普通に呼んで欲しいのだけど……」
「嫌ですと申したいところですが、必要な時は呼ばせていただきます」
「まあ、良いか」
そもそも王太子殿下がこんなところに来られるから、こんな事態に陥るのではありませんか。
わたくしは殿下と呼ばないのは、慣れませんのでそこぐらいは我慢していただきたいですわね。
旅館に入ると、受付のところは人がガヤガヤと賑わっておられますわね。
そう言えば、先程までは人と殆ど会いませんでしたから、こうやって人混みに紛れるのは久しぶりな気がしますわ。
そもそも、王太子殿下の婚約者として選ばれてしまった日を最後に、家族や王太子殿下達しか会っておりませんでしたわね……って最悪な日を思い出してしまいましたわ。
本当に一緒に居ると、わたくしの気が狂ってしまいます。
やはり、早く婚約を解消されなくてはなりませんわ。
まずは旅館に来てから行うことは、食事ですのね。
てっきり最初は部屋に参るのかと思いましたが、確かにもうお腹を空かせているところですもの。
ジャストタイミングと言えますわね。
ここでは、どのような料理が出されるのかしら?
その前に早く席に座らなければなりませんわね。
「何処に座ればよろしいのでしょうか?」
「そうだね……テーブル席は全て埋まっているみたいだ。ならば、カウンター席で食べようか」
「カウンター席でお召上がりになるのですか。てっきりまた後でいらっしゃるのかと思いましたが」
「アリスはテーブル席でないと嫌?」
「そんなことはありませんわ。寧ろ初めての経験となりますから、少し楽しみですわね」
アリスはカウンター席に座って、そこに居合わせた方々と仲良くなるシーンがありましたもの。
きっと素敵な出逢いがあるに違いありません。
どうやらテーブル席でも、相席でということもあるようですが、カウンター席の方が確率は高まるようでございますし。
折角なので、様々な方とお喋りしたいですわね。
楽しみですわ!!
こうしてカウンター席に座ることになりましたが、マリア達は少し離れた所に座った模様。
もしかしますと、わたくし達への配慮でしょうか?
わたくしにとって2人きりは、少し気まずいのですが……。
「アリス、何か食べたいものはある?」
「何を頂きたいのか、わたくしよく分かりませんわ」
「えっと……はいメニュー表。これを見て決めて」
王太子殿下からメニュー表を受け取りましたが、こんな薄い本で何が分かると仰るのでしょうか。
正直に申しまして、転生前から決められたメニューが勝手に出されていたため、此の方メニューを手を取ったことはありませんの。
そのため、一体何を拝見したら良いのか分からないのですが、取り敢えずメニュー表を開けば何か分かるのかしら?
あら、とても素敵な写真が多く並んでおられますわね。
美味しそうな料理ばかりですわ。
この薄い本でも情報が沢山詰まっております。
なんて面白そうですわね。
お持ち帰りして、勉強したいぐらいです。
どうやら、全てわたくしが知っている料理ばかりですし、これなら無事に注文が出来そうですわ。
「フレディ様、わたくしはこのローストビーフとショートケーキを頂きたいですわ」
「分かった。じゃあ一緒に食べよう」
王太子殿下がマスターに睦まじげに話しかけて、アッサリと注文をなさいました。
まさか、お知り合いなのでしょうか?
「アリス、ここのマスターとは気の打ち明けた仲だから、そこまで畏まらなくて良いよ」
「いつから顔見知りですの?」
「10歳ぐらいからかな。けっこうその時から紛れて旅していたからね」
「アクティブな方ですこと」
「父さんが旅して来いとも言われていたし」
「あら、引きとめるどころか推奨されていらっしゃたのですか?」
「確かに意外かもしれないけど、大切なことだからね」
まさか、王太子殿下であろう方が外に出ることを勧められていたなんて、驚きましたわよ。
国王様は何を考えていらっしゃるのかしら?
旅をすることがどのように大切であるのか、サッパリ理由が分かりませんわよ。
「フレディ、隣の女性は彼女かい?」
「まあそんなところだね。可愛いだろう」
「可愛いと言うか、綺麗って感じだけど」
「確かにアリスは間違いなく綺麗なんだけどね、言動とかがね大変可愛いらしいんだよ」
あの、わたくしの話で盛り上がるのはやめていただけます?
綺麗なのは勿論アリスですから認めると致しましょう。
アリスは格好良いですが、容姿はこれ以上になく美しいですもの。
わたくしはアリスに転生した際には、もうはもうアリスの容姿をずっと見つめていたくて、数時間ずっと鏡を眺めておりましたし。
わたくしが自分に惚れてしまいましたもの。
アリスは間違いなく宇宙一美しくて格好良いのですわ!!
ただ、可愛いはないですわよね。
アリスはどう見ても正統派の美人ですのよ。
言動が可愛いって、一体どういう意味ですの?
わたくし、転生前も合わせて可愛いだなんて言われたことはありませんのに……。
それと、わたくしは不本意ながら婚約者になっただけで、決して恋人ではありませんからね。
「アリスさんと言うんだね。僕の料理が味に合うと良いけど……アリスさん、用意が出来たので召し上がれ」
「あら、もう出来上がりましたの?」
「予め出来ているものを切るだけだからね」
「そうでしたのね。ありがとうございます。いただきますわ」
見たところは普通のローストビーフでございますわね。
美味しそうですわ。
では早速いただきますか。
あら……。
「あの、ナイフはどちらでしょうか?」
「ナイフ? あぁ、使うの? はいよ」
もしかして普通は使わないかしら?
お肉にはナイフを使うのが当たり前で、使わないという発想はありませんでしたわ。
ただ、ナイフを使わない食べ方は知りませんので、使用するしかありませんわよね。
味付けは少し濃いですが、味は大丈夫そうです。
ただ……どうしても獣臭さを感じてしまいますわね。
これが一般的なローストビーフ……。
王太子殿下は普段からこれより美味しいものを召し上がっているはずなのに、この料理を美味しいと普通に召し上がっておられますわ。
幼い頃から旅をならっておられたので、こういう食事にも慣れていらっしゃるのかもしれませんね。
わたくしもこの味に慣れなければ冒険者の道は厳しいのかもしれません。
それに………。
「なあ、お兄さん。そちらのサーモンのムニエルも美味しそうだね」
「お兄さんだなんて、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。あぁ、サーモンのムニエル美味しいぜ。今日は折角旅行に来たからな、美味しいものを食べようと思ってさ」
「1人で旅行か? 目的は?」
「この近くで明日に俺の好きなミュージシャンがライブをするから泊まりさ」
「どんなミュージシャンなんだい?」
「それはな……」
王太子殿下は、もう当たり前のように見知らぬ方と打ち解けております。
わたくしは一般の方にはどのように話しかけたら良いのか分からず、結局話しかけることも出来ませんでした。
それにショートケーキを頂く時も、フィルムをフォークで巻いて取り除いたら、何しているのかと周りの方からジロジロと見られてしまいましたし。
わたくしは、この世界では馴染むのは厳しいのかもしれない……そんなことを思ってしまいました。