93、セリオンへ到着
飛空艇の船室では、ガルムに向けてフリーデンベルクとエーベルハルトで起きた厄災の戦いについて、エルドリン、ソレンディル、アシュリーの三人が順に語っていた。
それは決して英雄譚のような華やかな話ではなかった。
血と瘴気に満ちた地下実験場。
魔石の暴走。
倒れていく兵士たち。
言葉にするたび、船内の空気は重く沈んでいく。
ガルムは腕を組み、時折うなずきながら静かに聞いていた。
彼の表情には驚きよりも、仲間を思う深い感慨が浮かんでいる。
やがて話がひと段落すると、ガルムは大きく息を吐いた。
「……それにしても、エルドリン。よく死ななかったな」
低く笑うような声だった。
「イリスに感謝しないとな」
エルドリンは苦笑する。
「本当にそう思います」
ガルムは視線をアシュリーへ向けた。
「アシュリー。見ない間に本当に逞しくなったな」
その言葉にアシュリーは少し照れくさそうに笑った。
「ソレンディル、お前がアゼザルと一緒になるとはな」
ソレンディルは肩をすくめる。
「人生って、分からないものだよ」
ガルムは三人を順に見回した。
「苦難を一つ一つ乗り越えてきた結果だ」
そしてゆっくりと言った。
「三人とも、俺の誇りだ」
静かな言葉だったが、その重みは誰の胸にも深く響いた。
「次の海軍拠点都市セリオンでは、俺も一緒だ。
みんなで厄災を乗り越えよう」
その時だった。
席を立ったアレクセイが、ガルムの前に歩み出た。
「パープルヘイズ中隊指揮官、元アルカディア王国騎士団のアレクセイ・ランデルだ。よろしく頼む」
隣に立つ女性が軽く会釈した。
「副官のリシェル・ノクスヴェイルです。よろしくお願いします」
ガルムはにやりと笑う。
「こちらこそ。見ての通りオーガのガルムだ」
握手こそしなかったが、互いの目に敬意が宿っていた。
二人はすでにエルドリン達からガルムの話を聞いている。
だからこそ初対面とは思えない親近感があった。
ガルムが操舵席の方へ声をかけた。
「セリオンまでどれくらいだ?」
操舵士が振り向く。
「あと二時間ほどです」
その言葉に船内の空気がわずかに引き締まる。
もうすぐ戦場だ。
誰もがそれを理解していた。
エルドリンは席に腰を下ろし、静かに目を閉じていた。
最近、何度も見る夢がある。
工房の中だ。
炉の火が赤く燃え、
鎚の音が静かなリズムを刻んでいる。
そこで彼は――
ヴェリタス・ストーンの鍛造を見ていた。
アイアンゲートで見た武具製作の工程とは違う。
マスターハンズ・ハンズクラフトの鍛造とも異なる。
まったく別の技術だった。
ヴェリタス・ストーンはエーテルとの相性が非常に良い。
だがその性質ゆえに、通常の鍛造では金属繊維を均一に整えられない。
通常は炎魔法を宿らせ、鎚で叩く。
しかし夢の中では違った。
術者は――
土魔法の波動を鉱石へ流し続けながら鎚を振るっていた。
その振動が鉱石の内部へ浸透し、
エーテルと共鳴している。
さらに鍛え上げられた刀身を、
二人の術者が炎の波動で焼き入れしていた。
刃に現れる波紋。
水面のような縞模様が刀身を流れる。
――現在とは違う製法だ。
(これが……真の製法なのか)
ふと、アゼザルの言葉が蘇る。
「大地の記憶」
ヴェリタス・ストーンの刀でも切れない敵。
さらに鋭さを求める付与魔法。
この戦役でエルドリンは痛感していた。
自分の剣技の限界なのか。
それとも――
武器の限界なのか。
その疑問が胸の奥で膨らんでいる。
そして現れた夢。
(……すぐ試したい)
そんなことを考えているエルドリンの横顔を、ガルムがじっと見ていた。
「なんか気になることがあるのか?」
「はい」
エルドリンは素直に答える。
「試作したいヴェリタス・ストーンの錬成方法があるんです」
ガルムは鼻で笑った。
「お前のことだ。何か考えがあるんだな」
そして続けた。
「セリオンに着いたら、すぐグローリンの所へ行け。こっちは何とかする」
エルドリンは驚いた。
「この状況でいいんですか?」
ガルムは肩をすくめる。
「この戦役、随分苦戦してるからな」
低い声で言った。
「この戦いの鍵はお前だ」
そして笑った。
「状況が好転するなら何でもやるさ。こっちは大丈夫だ。行ってこい。俺に任せろ」
エルドリンは深く頷いた。
「なるべく早く戻ります」
「分かった」
エルドリンの表情から、固さが少し消えた。
その頃。
ソレンディルは窓辺に立っていた。
飛空艇の外には雲海が広がっている。
夕陽が雲を橙色に染め、
空は静かな黄金色に輝いていた。
空の上の世界は、こんなにも美しいのか。
戦闘で飛ぶことはあっても、
こうして長距離を旅することはほとんどない。
嵐の前の静けさ。
まるで世界が一瞬だけ息を止めているようだった。
その時。
「もうすぐ着陸します」
操舵士の声が響いた。
やがて飛空艇は
海軍拠点都市セリオンへ到着した。
人口五十二万人。
駐屯軍五万人。
巨大軍港グラン・ドック。
兵舎都市レギオン区。
港湾商業区マリナード。
市民居住区アルト・セリオン。
そして統治者は
アルカディア海軍騎士団長
レオニス・ヴァルディオン
海戦の英雄と呼ばれる名将だ。
飛空艇はレギオン区へ降下していく。
すでに夕日が地平線へ沈もうとしていた。
兵舎の屋根が赤く染まり、
整然と並ぶ訓練場の旗が風に揺れる。
騎士団はすでに到着を知っていた。
受け入れ隊列が整っている。
飛空艇が静かに着地した。
ハッチが開く。
先頭に立ったのはアレクセイだった。
その後ろにエルドリン達が続く。
すると――
赤いマントを羽織った、背の高い男が前へ進み出た。
がっしりとした体格。
鋭い眼差し。
「やはりアレクセイ殿!」
男の声は力強かった。
「情報を受け取り、胸が躍りました。あのアレクセイ殿が再び戦線に戻るとは!再びお会いできて光栄です!」
アレクセイは豪快に笑った。
「レオニス・ヴァルディオンか!久しいな!」
肩を叩く。
「君が海軍騎士団長とはな!ここの連中は大変だ!」
二人は同時に手を差し出し、強く握手した。
戦友の握手だった。
そこへエルドリンが近づく。
レオニスの目が輝いた。
「おお!アレクセイ殿、彼が噂の!」
アレクセイは頷いた。
「そうだ。元騎士団のエルドリン・ファルコンだ」
エルドリンは丁寧に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
レオニスは豪快に笑う。
「こちらこそ、よろしく頼む!」
その後、エルドリンは中隊と共に兵舎へ移動した。
アレクセイはレオニスと共に戦況報告へ向かう。
長い移動で疲れた兵士達は装備を外し、食堂へ向かった。
温かい食事。
湯気の立つスープ。
風呂では湯気が立ち上り、兵士達が安堵の息を吐く。
戦場の合間の、束の間の休息だった。
夕食の席。
アンブレイク・ハートの面々とリシェルが同席していた。
食事を取りながら、ガルムが飛空艇での話を説明する。
「なるほど」
ソレンディルが頷いた。
「敵は確実に強くなっている」
静かに言う。
「今のままだと、本当に命を張ったギリギリの戦いになる」
しかし彼女は笑った。
「私はいいと思う」
アシュリーも頷いた。
ガルムがテーブルを叩いた。
「よし!」
声を張り上げる。
「エルドリン、すぐ行け!」
エルドリンは立ち上がった。
「みんな、世話をかける」
そして微笑む。
「それじゃ、行ってきます」
一歩下がる。
床に魔法陣が浮かび上がった。
白い光が広がる。
空間が揺れる。
そして――
光が収まった時。
そこにはもう、エルドリンの姿はなかった。




