90、臨時作戦会議
今年最後の更新になると思います。皆様良いお年を。
ガルムは、傭兵団と共に、
ミスティクレスト公国北部――鍛冶都市グラズヘルムまで残り七日の地点で陣を敷いていた。
城塞都市に駐留するマルセルへは逐次情報を送っている。
だが、肝心の指示は、いまだ一切降りてこない。
グラズヘルムへの行軍開始は何時なのか。
まだ集結途中なのか。
攻撃開始の命が出ていない以上、決断を迷っているのだろう。
補給線はすでに長く伸び、物資輸送にも遅れが生じているはずだ。
「……くそっ」
ガルムは歯噛みした。
「エルドリンは、うまくやっているのだろうか……」
一人で考えを巡らせる時間すら、ここ最近は取れなかった。
苛立ちだけが、胸の奥に澱のように溜まっていく。
そんな折――
フリーデンベルク、ならびにエーベルハルトでの作戦が潰された、という噂が陣中を駆け巡った。
ガルムは即座に噂の出所を探らせ、
それを語っていた狼獣人を特定し、自身の陣幕へ連れて来るよう命じた。
狼獣人は、ガルムの姿を見るなり肩を震わせ、怯えた様子で直立した。
「お前が話していた噂を、詳しく聞かせてくれ」
責める声音ではないと察し、狼獣人は耳を立てて答えた。
「はっ。主様の別動隊にいた者から聞いた話です。
エンペリア帝国領、フリーデンベルク並びにエーベルハルトでの作戦が、
敵勢力によって潰されたと……」
「敵の情報は?」
「数百規模のフルプレート装備の部隊が急襲してきたそうです。
その先頭に立っていたのが、“アンブレイカー”だったと」
「……なぜ、それが“アンブレイカー”だと分かった?」
「帝都の闘技場で姿を見たことがあると言っていました。間違いないと」
ガルムは一瞬、目を伏せた。
「他に、何かあるか?」
狼獣人は俯き、小さく声を落とす。
「……噂話ですが。
“アンブレイカー”を狙って、殺し屋が雇われたと……」
「誰だ」
低く、鋭い声。
「――“血刻のノクティス”です」
その名を聞いた瞬間、ガルムは思わず声を荒げた。
「なん……だと……!」
“血刻のノクティス”。
対象の血が発する匂いを、どこまでも追い続ける追跡者。
半吸血鬼の殺し屋。
心臓を抉られても、新鮮な血があれば蘇ると噂される。
斬撃は瞬時に再生され、魔法すら効かないという話もある。
昼間も活動可能な化物。
夜になれば、吸血鬼としての能力を余すことなく発揮する。
――必ず、標的を仕留める"最悪"。
ガルム自身、直接会ったことはない。
だが、旅の先々で、その名と惨状を嫌というほど耳にしてきた。
(本気で……エルドリンを排除しに来たか)
「……もう下がれ。呼び止めて悪かったな」
感情を悟られぬよう、静かに命じる。
狼獣人が去った後、ガルムは深く息を吐いた。
「よりにもよって、“血刻のノクティス”とはな……」
逃れられた者が存在しないという噂。
アンデッドのカテゴリーにおいて、これほど厄介な存在はいない。
椅子に腰を下ろし、思考を巡らせる。
――自分が相対したら、勝てるのか。
インフィニティソードの火焔が再生を上回るか。
あるいは、相手の未知の攻撃に斬られるのが先か。
……分からない。
ガルムは分からない事を悩んでも仕方がないと結論づけた。
周囲に誰もいないことを確認し、首から下げた魔道具を起動する。
「エルドリン、聞こえるか」
『聞こえます。どうしました?』
「問題が起きた」
『本隊に関わる件ですか?』
「……違う。お前個人の話だ」
『話してください』
「お前を殺すため、殺し屋が雇われた」
『……手練ですか』
「“血刻のノクティス”と呼ばれる殺し屋だ」
一瞬の沈黙。
『私は知りませんが、ガルムがそれ程警戒しているなら相当強い相手ですね』
「奴は知られている事が少ない。半吸血鬼、首をはねても心臓を貫いても新鮮な血があれば復活するらしい。
攻撃方法は分からない。」
『……それは怖いですね。』
「正直に言おう。俺が戦っても勝ち目は薄い。
切っても再生する。魔法耐性も不明だ。
火焔が焼き尽くすのが先か、再生が先か……賭けになる」
『貴重な情報をありがとうございます。』
「合流するまで、絶対に死ぬな。」
『ええ。早く合流したいです。』
「分かった。生きろ」
通信を終え、ガルムは少しだけ肩の力を抜いた。
(あいつは……やれるだけのことをやっている)
「ガルムからは、何だって?」
「私の命を狙う殺し屋が雇われたそうです」
「……それ、本当?」
「“血刻のノクティス”だそうです」
ソレンディルの顔色が変わる。
「……逃げ切れた者はいない」
「警戒しながら進むしかありません」
「相変わらずだね。恐れない」
「恐れていますよ。
すれ違う相手が殺し屋かもしれないと考えれば、足もすくみます。
イリスを失うことを考えるのも、耐え難い」
イリスは、その言葉に頬を緩めた。
「でも――それでも前に進む。
誰も死から逃れられないからこそ、胸を張って生きるんです」
ソレンディルは、ハイエルフと異なる死生観に言葉を失った。
エルドリンはアレクセイに進言する。
「作戦本部へ戻り、優先事項を再確認しましょう」
「厄災の魔石が最優先ではないのか?」
「依然として最優先です。
ですが、この規模の作戦は、タイミング一つで破綻します」
彼は静かに状況を整理していく。
「急ぐべきは三カ所。
エルメリオン王国騎士団本部エルヴァーナ、
エンペリア帝国最大の軍港都市カリオスト、
アルカディア王国海軍拠点セリオンです」
「……なるほど」
「転移魔法なら、時間はかかりません」
「人選は?」
「アレクセイ様は戦況判断を。
ソレンディルはマルセルと接続。
イリスはエルメリオンとの連携判断を。
そして――ガルムの回収も、そろそろ考える必要があります」
「了解だ」
転移魔法陣が展開され、四人の姿は光に包まれた。
ミスティア王城作戦本部。
突如現れた四人に、国王と諸侯は驚きを隠せなかった。
「エルドリン殿、どうされました?」
「作戦進行の確認です。
フリーデンベルクとエーベルハルトの厄災の魔石は、回収しました」
「それは朗報だ。して、その方は?」
「アルカディア王国、元騎士団長。
アレクセイ・ランデル様です」
「私はミスティクレスト公王、ルクレイン・ヴァルミスティア。
以後、よろしく願う」
敵の動きはミスティクレスト公国の都市、セレナーデ(湖畔都市)、グラズヘルム(鍛冶都市)
エルミナリア(学術都市)、ルーイネンシュタット(遺跡の街)に各四万の兵力が集結しつつある。
こちらもセレナーデ、グラズヘルムにアルカディア王国の10万の兵を2手に分けて到着しつつある。
騎士団長のエドガー公爵はセレナーデの軍勢に同行している。
エルミナリア、ルーイネンシュタットにはエンペリア帝国の10万の兵を2手に分けて既に到着していた。
クランマスター、ヴァレンはルーイネンシュタットの軍勢に同行していた。
エルメリオン王国の5万はグラズヘルムにエルミナリアに公国の5万の兵が到着していた。
ガルムはグラズヘルムまで7日で届く位置にいた。
「ソレンディル、マルセル様に繋いでくれますか?」
ソレンディルはスクロールを使ってマルセルと繋げた。
マルセルがヴァレンと繋ぎ、エルドリンが魔道具で公爵エドガーと繋いだ。
「それでは臨時作戦会議を開きます。」
「マルセル様、敵の軍勢の動きを教えて下さい。」
「こちらの軍勢は既に出発した16万の軍勢が後5日で各地に集結し、進軍を開始する。
残り12日。城塞都市に4万の軍が駐在しているが、この数日で更に2万が集結している。」
マルセルの報告した情報に会議室がざわついた。
「エドガー公爵、配置に着くのに後どれくらいかかりますか?」
「明日の夜には各都市に到着する予定だ。」
ヴァレンがマルセルの話を受けて王国騎士団の動きを確認した。
「エルドリン、厄災の魔石について報告してくれ。」
「はい、厄災の魔石は2つ潰しました。
私が思うに、アルカディア王国のノルドハイム、エンペリア帝国のヴァルグレイヴは北の要塞です。
エルメリオン王国のヴァルシルヴァは脅威判定が高くても、防御力が高いので後に回しても大丈夫かと。
それより、急ぐのは3カ所です。
エルメリオン王国騎士団本部があるエルヴァーナ、エンペリア帝国最大の軍港都市カリオスト、アルカディア王国海軍の拠点都市セリオンです。
既に各国の軍隊は出兵していますが、3つの要衝で混乱が起きた場合、追加の軍勢を出すことは出来なくなるでしょう。」
「それは厄介だな。……」
ヴァレンはエルドリンの報告に、"8カ所"と見ていて"要衝"へピンポイントの攻撃が迫りつつある状況を、見抜けなかった事に苛立っていた。
「敵勢力が増しつつあるという状況も見逃せないな。」
アレクセイがマルセルの話を聞いて感想を述べた。
「増援か……」
ルクレイン公王が呟いた。
「公王、増援を要請しましょう。」
イリスが公王の呟きに答えた。
「獣人族の国グラウ=フェン、ドワーフの国グラン=フォルナ、エルフの国アストラ=シルヴァ。」
「簡単におっしゃる。」
「各国の使者は既に訪問されているのでしょう。」
「……。」
イリスの推察に公王は言葉が返せなかった。
「そんな大事な事を!」
ヴァレン、エドガーは落胆していた。
「エルドリン、イリス、ソレンディル。三人に交渉を頼む。
彼等は神々の残滓の話を聞いて馳せ参じたのだろう。
君の説得ならば彼等は話を聴くだろう。
必要ならアゼザル・マハトと繋いでやれ。
彼等は自ずと君の要望を受け入れるだろう。
今はそれが頼みだ。公王構わないだろう?」
「それで、各国がよろしければ。」
「意義無し!」「意義ありません。」「当然意義ありませんわ。」
ヴァレン、エドガー、イリスは公王を見つめる。
「りょ、了承致します。」
「これで増援について目処がつきましたな。
次に潜入しているガルムの回収について決めたい。
現在敵の行軍が停まっている。行軍が開始されたり、交戦になれば回収は難しい。
行軍が始まる5日間、ソレンディル、エルドリン頼めるか。」
「了解しました。」
マルセルの提案にエルドリンが答える。
「これで臨時作戦会議を閉会とします。」
戦況は、加速度的に収束へ向かっていた。




