表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
89/91

89、祝勝の灯、静寂の余韻

地下実験場に、再び静寂が戻っていた。


瓦礫と血痕の残る通路を、エルドリンは一歩ずつ進む。

倒れ伏した試験体の残骸を、一体、また一体と、無言のままマジックボックスへと収めていく。


異様に接合された四肢。

歪められ、ねじ曲げられた魔力の残滓。


それらに向ける感情は、憎悪でも嫌悪でもなかった。

胸にあるのはただ一つ――二度と、同じ過ちを繰り返させないという、静かな誓いだけだった。


後方では、ソフィア、ソレンディル、イリスの三人が浄化魔法を展開している。

白く澄んだ光が床と壁をなぞり、血の匂いと瘴気を丹念に洗い流していった。


重く沈んでいた空気は、少しずつ澄み、やがて人が息をしやすい静けさへと変わっていく。


地上に出ると、エルドリンは回収した残骸を一箇所に集め、土の壁を高く立ち上げて囲いを作った。


「――ファイヤ」


低く告げた言葉と同時に、炎が立ち上る。

赤熱した空気が揺らぎ、百体を超える試験体の残骸は、時間をかけて丁寧に焼き尽くされていった。


骨が爆ぜ、灰が舞い、やがてすべてが静かに消えていく。


その光景を、アシュリーとリシェルは黙って見守っていた。

アレクセイが、あえて二人を引き留めた理由を、彼らは理解していた。


――戦いとは、勝った瞬間で終わるものではない。


「よし、洗浄完了~」


地下に戻り、ソレンディルが軽やかな声を上げる。


「それじゃあ、急いでオーダー・コアの再建をしてくれ」


腕を組んだヴァレンが促す。


「エルドリン、余っている魔法の杖はある?」


「使っていないものがあります」


マジックボックスから取り出された杖には、マナを集積する高品質な魔石が嵌め込まれていた。

ソレンディルは一瞥し、満足そうに頷く。


「うん、これで十分」


彼女はイリスへと視線を向け、説明を続ける。


「エルメリオン王国にも、オーダー・コアに似た仕組みがあるって話したよね。

 マナ集積用の魔石と、発動用の触媒があれば構築できる。

 幻術で侵入者を惑わせつつ、侵入地点を即座に把握する仕組みだよ」


「確かに便利ね。でも……どうしてそんな事まで知っているの?」


「さあ、どうしてだろうね~」


そう言って肩をすくめ、ヴァレンを見る。


「オーダー・コアも、同じようにアップグレードした方がいいと思う?」


「外敵の位置が分かるなら対処が容易だ。そうしてくれ。

 領主には、改修済みだと伝えよう」


索敵魔法が杖に付与され、魔石が淡く輝く。

結界魔法で装置は球体状に包まれ、さらに採光魔法が重ねられ、内部は白い光に覆われた。


「――完成」


「本当に、あなたにはいつも驚かされるわ」


イリスの言葉に、ソレンディルは首を振る。


「違うよ。今回も、前回も。

 イリスがいなければ、エルドリンはここにいなかった。

 勝利の一端は、確実にあなたのものだよ」


二人は静かに微笑み合った。


その後、ヴァレンはエルドリンを伴い、領主の館へ向かった。


報告は簡潔かつ要点を押さえたものだった。

地下の存在、内通者、研究の真相、そしてオーダー・コアの破壊――

それらは語られない。


「……なるほど。内通者とは、厄介なものですな」


領主エルシストは深く頷き、満足した様子を見せた。


報告を終え、ヴァレンは軽く肩をすくめる。


「私は帝都に戻る。思いがけず早く終わったことに礼を言う」


「ここまでお越しいただき、感謝しております」


「それにしても、実に面白い戦いだった。……また呼べ」


エルドリンが転移魔法陣を展開する。

白い光が立ち上り、ヴァレンの姿を包み込んだ。


「次は、もっと厄介な案件で頼むぞ!」


その言葉を残し、彼は帝都ローゼンベルクへと帰還した。


日が落ち、夜を迎えた頃。

フリーデンベルク領主の館は、柔らかな灯りに満ちていた。


高い天井には魔法灯が星のように瞬き、

長卓には色とりどりの料理と酒が並ぶ。


戦勝を祝う宴。

そこに満ちていたのは喧騒ではなく、安堵と誇りが織りなす温かな空気だった。


地元の有力者たちは、アレクセイを囲み談笑している。


「死者が出なかったとは見事ですな。

 君の父上も立派だが、君の采配も噂に違わぬ」


「恐れ入ります。息子もまだ修行中の身です」


その傍らで、アシュリーは控えめに立っていた。

ふと、その視線が一人の女性に奪われる。


リシェルだった。


淡い紫のドレスは彼女の瞳の色と見事に調和し、

浅黒い肌と白銀の長い髪を、いっそう美しく引き立てていた。


――綺麗だ。


言葉を失った、その一瞬。


「……?」


気づいたリシェルが首を傾げる。


「な、なんでもない!」


慌てて視線を逸らすアシュリーに、彼女は小さく微笑んだ。

アレクセイは、その様子を静かに見守っていた。


ホールの一角では、フリーデンベルクの教会関係者たちがソフィアと語らっている。


「噂以上のご活躍でした。

 結界と治癒、そして聖獣ナイト様……まさに聖女の名にふさわしい」


「いえ、私は後方支援が主でした。前線ではナイトが――」


謙遜の言葉を並べつつ、内心では溜息をつく。

また“聖女”として見られる日々が始まるのだろう、と。


背後には、虎魔獣ナイトが威厳を保ったまま静かに座していた。


一方、ソレンディルは――


「無詠唱って本当ですか!?」


「四重詠唱の理論を教えてください!」


質問攻めに遭っていた。


「はいはい、順番ね!」


笑顔で応じながら、ジョッキを傾ける彼女の表情は実に楽しげだった。


宴の中央。


正装したエルドリンの騎士然とした佇まいに、視線が集まる。

その隣には、エメラルドグリーンのドレスを纏ったイリス。


白銀の髪。

お揃いのアンクレット。


二人は静かに語り合っていた。


「……怖かったよ」


「勇者様が?」


「意識を失う直前、君の顔が浮かんだ。

 もう会えなくなるかもしれないと思った時……本当に、怖かった」


イリスは微笑む。


「信じるわ。貴方は、私の勇者だもの」


「踊るかい?」


差し出された手に、彼女はそっと掌を重ねる。


音楽に合わせ、二人はゆったりと舞った。

言葉はいらない。


指先の温度、視線の交差――それだけで、十分だった。


祝勝会は夜更けまで続いた。


戦いを越えた者たちの笑顔が、

館の灯りの中で、いつまでも輝いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ