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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
87/91

87、地下実験場


「……開けられるか?」


低く抑えたヴァレンの声が、地下施設の通路に反響した。


重厚な鉄製の両開き扉。

表面には複雑な魔術紋様が刻まれ、微かに紫色の光が脈打っている。


「結界魔法が掛けられています。」

ソレンディルが扉に近づき、魔力の流れを読み取った。

「強力ですが、解除できます。……ソレンディル、お願いします。」


「わかった。」


彼女は深く息を吸い、鉄扉に手を当てた。

詠唱が始まると、周囲の空気がわずかに冷え、魔力の層が視覚化される。


「――解除ディスペル。」


ガチン、と内部で歯車が噛み合うような重い音が響いた。


「今だ、やれ!」


ヴァレンの号令と同時に、エルドリンが前へ出る。

刀身が淡く光り、鋭い斬撃が鉄扉の鍵機構を断ち切った。


ドスン、ドスン、と切断された部品が床に落ちる。


エルドリンは両手で扉を押し開いた。


その瞬間――

内側から、腐臭と禍々しい魔力の奔流が溢れ出した。


「……っ」


思わず数名の兵が息を詰める。


ヴァレンとエルドリンを先頭に、中隊が慎重に足を踏み入れる。




そこに広がっていたのは、研究室という言葉では到底表せない光景だった。


空間はおよそ三百メートル四方。

天井は十五メートル以上あり、無数の魔導灯が青白く灯っている。


空気は、腐敗した血と薬品、そして獣の体臭が混じり合った異臭に満ちていた。


壊れた拘束台。

床に転がる魔獣の義肢。

砕けた魔導器具の残骸。

三メートルはあろう培養槽がいくつも並び、濁った液体が静かに揺れている。


そして――


「……これは……」


リシェルが喉を震わせた。


診察台に横たえられた“それ”は、かつて人間だった。

胴体は人、腕と脚は魔獣。

無理やり縫合された痕が生々しく、いくつかは未完成のまま放置されている。


「……四肢切断、魔獣四肢との接合……」


アシュリーの声が震えた。


「こんな……非道なことを……」


そのとき、白衣を着た数名の男がこちらに気づき、慌てて駆け寄ってきた。


「君たちは誰だ!

 何故ここに入っている! 誰の許可を得た!」


ヴァレンは一歩前に出て、冷然と言い放つ。


「皇帝の許可だ。」


「なっ……!

 ここは皇帝直轄の秘匿研究施設だ! 領主にも存在は伏せられている!」


「研究内容を聞こう。」


「……人体の胴体に魔獣の四肢を接合し、魔獣の力を人が扱えるかの研究です。」


「成功率は?」


「……四肢の換装までは成功しています。

 次は頭部を残し、身体そのものを交換する段階に――」


「十分だ。」


ヴァレンの声が、空気を斬った。


「ここは破棄する。

 ――それが、皇帝の命令だ。」


白衣の男たちは言葉を失い、震えながら後退した。


魔石の覚醒


「エルドリン、魔石を探せ。」


「はい。」


この広大な空間で、無数の試験体の中から“核”を見つけねばならない。


エルドリン、イリス、ソレンディルは同時に目を閉じ、魔力探知を行った。


――奥だ。


三人は疾風のように走り出す。


研究所の最奥。

そこに“それ”はあった。


人間の首、魔獣の胴体。

胸部に埋め込まれた黒紫の魔石。


拘束されたまま、起きた状態で存在していた。


近づいた瞬間、魔石の刻印が赤く発光した。


試験体の目が、ゆっくりと開く。


「……遅かったな。」


声を発した。


その瞬間、エルドリンの背筋を警鐘が駆け抜ける。


「……待ちくたびれたぞ。」


即座にエルドリンは自身とイリスに身体強化を施し、刀身と槍に鋭化魔法を付与する。


魔石から紫炎が噴き出した。


触手のように紫炎が広がり、周囲の試験体へと繋がっていく。


「来るぞ……!」


ヴァレンの声が響いた。


アレクセイは即座に中隊へ指示を飛ばす。


「散開! 傷病者が出るぞ、盾を前へ!」


その直後――


ドォンッ!!


魔石が脈動し、空間が震えた。


拘束を引きちぎり、試験体が次々と起き上がる。


最初の犠牲者が出た。

後衛兵が魔獣の腕に殴り飛ばされ、壁に叩きつけられる。


「負傷者発生! 左腕骨折、内出血!」


「下がれ! 回収!」


戦場は一瞬で地獄へと変わった。


災厄との交戦


ヴァレンは灼熱の魔剣を引き抜いた。

刀身が赤熱し、振るわれた斬撃の軌跡に炎が生まれる。


「焼き尽くせ!」


二体が一瞬で炎に包まれ、灰となって崩れ落ちた。


エルドリンとイリスは、魔石個体へ集中攻撃を仕掛ける。


斬る。

突く。

砕く。


だが、紫炎が溢れ――再生する。


「この程度では……倒せぬ……!」


咆哮とともに、試験体の筋肉が異常成長した。

骨が皮膚を押し上げ、紫炎が全身から噴き出す。


ソレンディルが叫ぶ。


「再生は魔石単体じゃない!

 建物上部――オーダー・コアから魔力が供給されている!」


ヴァレンの顔色が変わった。


「……最悪の想定だ。」


魔石が巨大化し、脈動が暴力となって空間を揺らす。


魔導灯が破裂し、天井の一部が崩れ落ちた。


負傷者がさらに増える。

盾隊が踏みとどまり、辛うじて前線を保っていた。


「このままじゃ……地上に影響が出る!」


イリスの声が震えた。


目の前で、“災厄”は完成へ向かっていた。




アレクセイは即断した。


「――撤退だ!

 今この場では倒せん! 生きて戻るぞ!」


悔しさと恐怖を押し殺しながら、部隊は後退を開始する。


エルドリンは振り返り、巨大化する魔石を睨みつけた。


(……必ず、止める。)


その決意だけが、崩れゆく地下施設に残された。



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