79、森の攻防戦
鬱蒼と茂る森林を、湿り気を帯びた風が駆け抜けた。
視界は悪く、足場には腐葉土と絡み合う根が露わになり、ひどく滑りやすい。
その中を、エルドリン先導のもと、盾隊が慎重に前進する。
エルドリンは気配探知に神経を研ぎ澄まし、わずかな魔力の歪みも逃さぬよう耳を澄ませていた。
そして、ぴたりと立ち止り、右手を高く上げる。
「止まれ。」
低い声に、盾隊が静止。
その合図を見たアシュリーが、すぐさま振り返り、弓隊へ手信号を送った。
「弓、構え!」
矢が弦に掛かり、緊張が張り詰める。
ソレンディルは既に杖を構えていた。
彼女の背後では若い魔術士たちが詠唱を開始する。
「落ち着いて……私が合図を出すから。慌てる必要はないよ。」
その声音は、僅かに震える魔術士たちを落ち着かせていった。
――森影が揺れた。
ぎこちない、苛立ちを孕んだ軋みと共に、大きな影が複数、闇から剥がれるように現れる。
陶器とも肉ともつかぬ異形。軋む度に、木々が悲鳴を上げた。
「放てッ!」
アシュリーとソレンディルが、ほぼ同時に叫んだ。
鋭い矢と、氷の槍が一斉に放たれる。
着弾と同時に轟音が響き、霧状の魔力が噴き上がった。
「よし、効いてる!」
エルドリンは刀を抜くと、風を裂くように走り出した。
盾隊がそれに続き、アシュリー率いる攻撃隊も前方へ駆ける。
アレクセイは高所から前線を見渡しながら、弓隊と魔術隊へ手短に命じた。
「前へ。だが、距離は保て! 援護を絶やすな!」
エルドリンは戦列の先端で、オークの盾隊と激突した。
鈍重な盾が迫る。その瞬間――
「見てろ。」
エルドリンは風の精霊を呼び、その力を足に乗せる。
そして、軽く地を蹴ると、跳躍というより浮かぶように盾隊の頭上を飛び越えた。
「な……!」
敵は驚く暇もなく、刀で盾兵の肩口から一閃した。
次の瞬間には、縮地で隣の兵へと接近し、その胸を貫いた。
「遅い。」
吐き捨てるような声と共に、刀が薙ぎ払われ、鮮血が飛ぶ。
弓矢と氷槍が降り注ぎ、盾隊は形成を維持できぬほど混乱していた。
「行くぞ! 全員遅れるな!」
アシュリーはツヴァイハンダーを抜き、真っ先に飛び出す。
エルドリンの突破口をさらにこじ開けるんだ。
彼は自分の使命を感じて前に出た。
両手剣の重みを感じさせぬ速度――崩れた敵陣へ突っ込んだ。
「囲まれるな、列を広げろ! 私に続け!」
ダークエルフ攻撃隊が即座に反応し、彼に遅れまいと切り込んでいった。
アシュリーの流麗で正確で速い突き、縮地で敵に幻影を追わせて強い踏み込みで、鎧ごと斬り裂いた。
その剣舞は、味方に勇気を与え、敵には絶望を与えた。
だが、森の奥が震えた瞬間――
「なめるなよ、エルフどもォ!」
オークの魔導師が杖を突き出す。
巨大な火球がうねる炎尾を引き、前線へ迫る。
ソレンディルが杖を構えた。
「あれは危険――私が受けるよ。」
氷槍が形成され、放たれた。
両者がぶつかり合い、轟音とともに魔力が弾け――
炎は周囲の梢へ燃え移った。
「火が……広がるぞ!」
そこへ、地鳴り。
ズゥン――。
森の根を引き裂き、オーガが突進してくる。
バスターソードを振りかぶり、盾隊へ――
「来るぞ!」
ダークエルフ盾兵が前に出た。
火花が散り、盾と巨刃が噛み合う。
盾はヴェリタス・ストーン製の特別製だ、凹むことはない。
鎧は身体能力に付与される。エルドリンが皆に身体強化の魔法をかけていた。
体格差があるが、押し込まれない。誰も退かない。
「焦るな!攻撃を盾で受け止めろ、隊列を絶対に崩すな!」
アレクセイは即座に叫ぶ。
「弓、敵の攻撃隊を狙って放て!確実に仕留めろ!」
一斉射。矢が雨のように降り注ぐ。
「前方、アイスランスで追撃!水魔法で延焼を止めろ!」
ソレンディルは杖の魔石にマナを集め、数百のアイスランスが頭上に現れていた。
彼女は指示を出した。後列の魔術士たちが水を撒き、炎を封じていった。
「アイスランス!」
ソレンディルが前方に打ち込んだ。
氷の煙が立ち上った。敵の攻撃は確実に弱まっていた。
エルドリンは迷わず、オークの魔法使いへ走る。
(あれさえ押さえれば、こちらが有利になる。)
隙間から降る、幾つものバスタードソード。
それを、最小限の動きでかわす。
「魔法を撃てないな。味方を巻き込みたくはないだろ?」
エルドリンは冷笑した。
魔法使いの衛兵、四人のオーガが立ち塞がる。
「ファイヤーボール」
エルドリンが放った燃え上がる火球。
二名のオーガを包んだ。
この程度の炎で死ぬとは思っていない。
エルドリンは燃え上がるオーガの腕を斬り飛ばし、首を跳ねた。
オーガ二人がその場で倒れる。
一人のオーガに向かって、縮地による体当たり。
相手は姿勢を崩した。足払いで崩し、一気に斬り捨てた。
もう一人のオーガがバスターソードを振り下ろす。
エルドリンはその攻撃を刀で受け止めた。
「ガルムより軽いな。」
刀を弾く、オーガは信じられないという表情をしていた。
エルドリンは刀を鞘に納めて、居合い抜きで腰から肩口に鎧ごと斬り裂いた。
その様子を見て死の恐怖に恐れおののいたオークの魔法使い。
後ろ向きに逃げようとした後頭部を、一刀で割った。
少しの静寂。
「魔法使いを討ち取った!」
エルドリンは剣を掲げて叫んだ。
それを聞いたアシュリーが、一気に攻勢に転じる。
「今だ、下がるなッ!」
高速の踏み込みから、突き、袈裟、胴薙ぎ――
優雅でありながら苛烈な剣舞に、味方の士気が一気に高まる。
ダークエルフ攻撃隊も勢いを増し、敵の盾隊を粉砕していく。
ソレンディルは魔術士を三陣に分け、攻撃、制圧、鎮火を同時にこなした。
「慌てるな、詠唱は短く、正確に――!」
若い魔術士たちがその指揮に応え、攻撃魔法が波状に放たれる。
次第に、敵陣が大きく揺らぎ始めた。
戦闘開始から一時間。
ついに敵盾隊が崩れ――撤退を開始。
アレクセイは判断を下す。
「追うな!弓と魔法で援護、深追いは厳禁だ!」
エルドリンも深追いせず、殿として後退。
しかし、異形のオーガの姿は見えなかった。
十分な距離を取ると、アレクセイが停止を命じ、被害と負傷者の確認が行われた。
エルドリン、ソレンディル、アシュリー、リシェルが集まる。
「エルドリン、よくやった。魔法使いを仕留めたのは大きい。」
「いえ、役割を果ただけです。」
「アシュリー、お前の動きには感動した。攻撃隊が見違えたぞ。」
「ありがとうございます。エルドリン様の教えがあったから……。」
「ソレンディル、魔術士を見事に率いた。頼もしい。」
「心配は要らない。皆、よく戦ってくれたよ。」
アレクセイは頷く。
「今のうちに休め。まず食事だ。
初陣の熱に乗りすぎると集中が切れる。休息は戦術の一部だ。」
「次の行動のためにも、敵の損害を確認しよう。
ソレンディル、アシュリー、リシェル――三人で敵の遺骸を数えてくれ。
敵は百五十前後いるはずだ。残存戦力が分かれば、次手が立つ。」
アレクセイが締める。
「――それぞれの任務を遂行せよ。」
その瞬間、五百名の初陣は、静かに、確かな勝利の息をついた。




