78、老練な指揮官
エルドリンとソレンディルが、アシュリーたちと合流した。
「敵について教えて下さい。」
アシュリーが問いかけると、エルドリンは頷いた。
「わかった。魔石を宿している主核は“オーガ”だ。
その周囲にいるのは、オーガとオークの混成部隊……百五十ほどの中隊だ。
森の中では槍隊が不利になる。アシュリー、槍隊に“槍から両手剣への換装”を指示してくれ。」
「分かりました。」
アシュリーはすぐにリシェルへ指示を伝え、リシェルは槍隊へ走っていった。
エルドリンは一息つき、口を開く。
「あの異形……魔法が効くのかどうかも不明だ。生きているのか、アンデッドなのか……肌の色は紫だった。」
「アンデッドと仮定して戦いましょう。ソレンディル、魔法使い隊の運用をお願いします。
私はあの異形を抑えます。」
「無理しちゃだめだよ。イリスが悲しむからね。」
「分かってます。」
ソレンディルの呟きに、エルドリンは静かに応えた。
「よし、アシュリー。中隊を率いて森に入ろう。」
「了解しました! 中隊、進め!」
アシュリーの号令で、中隊は森へと進み始める。すぐにリシェルも横へ戻ってきた。
今回エルドリンは、中隊指揮をアシュリーに任せていた。
前線で強敵と戦いながら指揮を兼ねるのは無理がある。
また、この遠征そのものが“魔石の波動の調査”であり、アシュリーとリシェルに中隊指揮を学ばせるという目的もあった。
500名の中隊は、5列横隊で森へ入る。
一列で進めば、遭遇戦の際に後続が渋滞し被害が増えるためだ。
等間隔で進むことで、どの列からでも即座に前線へ回り込める。
一時間ほどでアシュリーは一度止まり、休憩を指示した。
歩哨を立て、兵たちは立ったまま携行食をとり、水を飲む。
経験の浅い兵力は、緊張しっぱなしでも、緩めすぎても崩れる。
その中間を維持するため、短いが意図した休憩である。
エルドリンはアシュリーに陣の様子を見させ、リシェルは兵たちの表情や雰囲気に変化がないかを観察した。
見えない恐怖に押されている者がいれば、精神を鼓舞する必要がある。
その時、ソレンディルから隠蔽魔法を経由して情報が届いた。
敵集団との距離が縮まりつつあるという報告だ。
エルドリンはその情報をアシュリーとリシェルへ共有した。
日没後の行軍は危険なため早めにテントを張り、焚火と篝火を絶やさず夜営に入る。
エルドリンもダークエルフたちと共に歩哨と夜警に立った。
夜が明けた。
森は鬱蒼と薄暗いが、ダークエルフには問題ない。
朝食をとり、進軍の準備が整う。
「この進みなら、明日には相手の索敵網にかかる。戦闘になるだろう。」
アシュリーが問う。
「では行軍はこのまま五列で問題ありませんか?」
エルドリンは首を横に振った。
「魔獣警戒の行軍と、集団戦闘は別物だ。
明日は十人一列の盾隊を五つ重ねる。接敵したら後列が斜め前へ展開し、二十人横隊になる。
左右も盾を展開し、包囲されそうなら両手剣隊を左右へ展開。
正面は弓と魔法で削り、援護の隙を突いて斬り込め。
前線が押し上がるなら、攻撃隊を交代して休ませろ。盾隊と魔法で受け、攻撃隊を二組で回せ。」
「ご教示ありがとうございます。リシェル、ソレンディルと相談します。」
「それでいい。私は前に出て異形のオーガと戦う。」
「了解しました。」
アシュリーは作戦会議に向かった。
エルドリンはつぶやいた。
「ソレンディル……どうも決め手に欠ける気がする。」
「そうだね。ガルムの不在がそう感じさせるんだろう。」
「……確かに。経験豊かな指揮官がいれば、アシュリーも先陣に出せるのだが。」
「アシュリーと話してみるといいよ。まだ時間はある。」
エルドリンは頷いた。
すぐにアシュリーを呼ぶ。
「今回、ガルムがいない。前線で兵を鼓舞する存在が欲しいんだ。
そこで、経験のある指揮官を据えて、アシュリーには先陣を任せたい。」
「指揮官のあては?」
「アレクセイ様だ。頼みたい。」
「父ですか……確かに経験は十分です。」
「どこに住んでいる?」
「オルセアです。」
「オルセアか! 知っている。案内してくれ。」
エルドリンはソレンディルとリシェルへ留守を任せ、アシュリーと共に転移した。
光が消えると、ふたりはオルセアの広場にいた。
アシュリーの案内で農村部へ走り、大きな家屋の前に到着する。
鎧の音で気づいたのか、中から白髪を束ねた人影――アレクセイが現れた。
「アシュリーか?」
「父さん!」
「アレクセイ様。」
「……エルドリックか?」
アレクセイは、立派になったアシュリーを見て目を細めた。
「アシュリー、素晴らしい剣士になったな……その立ち姿で分かる。
二人で来たということは、用があるんだろう。」
エルドリンは前へ進んだ。
「この大陸で、人類の存亡をかけた戦いが始まりつつあります。
我々は敵の陽動と見られる“厄災”を鎮静するべく中隊で行動していますが、
ダークエルフたちは今回が初陣で、経験に乏しい。
どうか、中隊を導く“経験豊かな指揮官”として共に来ていただけませんか。」
アレクセイはエルドリンを観察し、静かに頷いた。
「……おまえも立派になったな。事態は理解した。
一緒に行こう。少し準備をする、待っていてくれ。」
家へ戻るアレクセイ。
そのとき、戸口に背の高い少女――アリス・グルーバーが現れた。
「アシュリー? 本当に貴方なの?」
「アリス……! ごめん、今は時間がない。帰ってから話そう。」
「分かったわ。カーシャにも黙っておく。」
「ありがとう……すまない。」
アレクセイは幼い自分の妹に、気を使ってくれるアリスに感謝した。
やがてアレクセイが騎士団時代の甲冑を身に着けて現れた。
「アリス、留守を頼む。」
「任せて、父さん。」
エルドリン・アシュリー・アレクセイの三人は光に包まれ、前線へ転移した。
ソレンディルとリシェルが駆け寄り、エルドリンはアレクセイを紹介した。
アレクセイは軍構成と進軍法を聞き、即座に理解して異論がないと告げる。
これで、
前線にはエルドリンとアシュリーが揃い、
中隊指揮にはアレクセイが立つ。
ソレンディルはその判断と即応力を見て、アレクセイを信用に足ると確信した。
予定より二時間遅れたが――
中隊名を《パープルヘイズ》と新ため、再び、森の奥へ進軍を開始した。




