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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
77/91

77、フリーデンベルクへ


王都騎士団の作戦会議室を借り、巨大な楕円卓には詳細な地図が広げられていた。

各国の戦力が集結し始めた現在、特に危険度の高い八箇所の要注意ポイントが浮かび上がっている。


その中でも、エンペリア帝国の凍河沿いにある軍補給都市――フリーデンベルクは最重要地点だった。

兵站の心臓部とも言えるその都市が陥落すれば、帝国軍の補給路は一気に崩壊する。

国防軍・遠征軍を含めた総ての軍事行動が立ち行かなくなるのは明白だった。


会議室では、同じ地図を十枚複製し、各陣営へ即時に送る段取りが進む。

飛空艇の操縦士たちは地図を元に航路を確認し、目的地をフリーデンベルクへと設定した。


エルドリンは編成した四つの中隊を四隻の飛空艇へ分乗させる。

静かに起動した飛空艇は、無線連携のもと第一艇から第四艇までが一斉に音もなく浮上した。

垂直上昇で三千メートルへ達すると、針路は冷たい北東――フリーデンベルクへ。


距離は約二千キロ。速度四百キロで飛んでも、最速で五時間。

「発進してくれ」

エルドリンの短い命令と共に、四隻は白い尾を引きながら空を裂いた。


その頃、ガルムは傭兵団《灰のアッシュウルフ》を率い、

ミスティクレスト公国北部の鍛冶都市――グラズヘルムへ向かって進軍していた。


道中の森は、昼でも薄闇に沈むほどに枝葉が重なり合い、

樹冠を通して落ちる光は細い銀糸のように揺れている。

風が流れるたび、どこか湿った腐葉土の匂いと、何かが這ったあとのような生温い痕跡が漂った。


兵士たちは足元の見えない獣道に足を取られ、

オーガの重い鎧が「ガチャン、ギシリ」と森全体に響く。

その音に反応した鳥が木々の奥で一斉に飛び立ち、

黒い影が煙のように散っていった。


四万の兵力――その行軍はまるで大河の流れのようだった。

喚声、金属音、荷馬車の軋み、オークたちの喧嘩。

静寂を嫌うほど騒々しく、森は圧倒されるようにざわめいた。


ガルムはその中心で、鋭い眼光を森へ走らせる。

「……気に食わねえ森だ」

息を吐くと、湿った空気が肺にまとわりつく。

魔石の影響か、森全体が微かに“唸っている”ような圧を感じた。


鍛冶都市グラズヘルム――鋼鉄卿ヴォルカス・グリムロックの領地。

ここが陥落すれば、公国軍の兵装生産は壊滅し、前線は崩壊する。

故に、敵も全力で潰しに来るだろう。


四万の兵は時速五キロにも満たず、一日に進める距離は三十五キロ。

五百キロ先のグラズヘルムまで、最速でも二週間かかる計算だ。

休息日が挟まればその分補給線は延び、危険性は増す。


夜――

兵たちが焚火を囲み、肉を焼く匂いと怒鳴り声が混じる中、

ガルムはひっそりとテントを抜け出した。


満天の星空の下、首から提げた魔道具ムーブ・メモリーを手に取る。


「エルドリン、聞こえるか?」

「聞こえます」


ガルムは軍勢の侵攻速度、補給線の位置、周辺の地形などを簡潔に伝えた。

「定時通信、お疲れ様でした」

「おうよ」


通信が途絶えると、ガルムは深く息をつき、夜のざわめきに紛れるように眠りへ戻った。


その情報は即座にソフィアへと届けられ、さらに作戦本部へ。

そこから各国軍へ伝令が走り、戦況は少しずつ動き始めていった。


一方――

エルドリンたちはフリーデンベルクへ到着していた。


中隊指揮はアシュリーへ任せ、副隊長にはリシェル。

二人へ出発準備を指示したのち、エルドリンは都市地図を広げ、

魔石から発される不気味な波動を感じ取れる地点へマーキングする。


「行きましょう」

風の精霊が静かに舞い、エルドリンとソフィアの身体を空へと押し上げる。

隠蔽・遮蔽の魔法がふたりを覆い、

高度が上がるにつれて、都市の喧騒は薄い膜の向こうへ遠ざかっていった。


魔石の波動は都市北東の森を示していた。

時刻は十五時。陽は高いが、森の中は薄暗く、まるで夜が先に進駐しているようだった。


ソレンディルが眉をひそめる。

「……ひどく不快。魔石の波動、さらに強くなってる」

「もう少し北ですね。慎重に行きましょう」


高度を下げると、視界に濃密な“瘴気の渦”が現れた。

まるで地面から黒紫の煙が立ち昇り、空気そのものを汚染しているかのようだ。

近づくほど皮膚がざわつき、血が逆流するような吐き気が押し寄せる。


「……これは、酷い」

「地形そのものが腐っているみたいだ」


さらに接近すると、そこに巨大な影が見えた。


森の奥――

紫色の皮膚をした異様な巨人。

身の丈三メートル以上、背中の筋肉は岩のように盛り上がり、

その中心には禍々しい魔石が“肉に食い込むように”埋め込まれている。


巨人の足元にはオーガが数十、オークが百近く。

どれも魔石汚染に侵されているのか、目は濁り、暴力の衝動だけを宿していた。


「……あれが核心ですね」

「見るだけで目が痛いよ……。魔石の瘴気が強すぎる」


ソフィアが震える声で言う。

エルドリンは冷静に敵戦力を数える。


「最低でも百五十以上。これ以上近づくのは危険ですね。

 一度街へ戻り、リシェルたちと合流しましょう」


二人は転移を使わず、慎重に飛行でフリーデンベルクまで引き返した。


その帰路、背後の森では――

魔石の波動が針のように空へ突き上がり、

あの巨人の胸で、魔石が“心臓の鼓動のように脈動していた”。


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