75、脅威判定
各国遠征軍動員記録
ミスティクレスト公国に集結する勢力について、各国では緊急の会議が相次いで開かれていた。
【アルカディア王国】
総人口は約五千万人。
総兵力は約三十万人、そのうち国防任務に当たっている現役兵が十万人。
この十万人は三交代制で常時維持され、国境防衛と主要拠点の警備を担っている。
さらに、緊急時に招集される予備役が約六十万人登録されている。
予備役は主に侵略戦争時など、長期戦を想定して設けられた戦力である。
遠征に出すには兵役日当や補給費の拠出が必要となり、経済的負担も小さくない。
今回の事案に関して、国防任務中の兵力を遠征に回せば、国内防衛は予備役で賄うことになる。
このため会議では、「現役兵を出すべきか」「予備役を動員すべきか」で議論が対立した。
遠征費用は参加兵力に比例して増加する。
しかし、軍団指揮官および重装歩兵隊を欠けば国軍の統率力が低下するため、最終的に折衷案が採用された。すなわち、現役兵から五万人、予備役から五万人を抽出し、合わせて十万人規模の遠征軍とする案である。
この十万人を二万人規模の師団五つに編成し、それらを統括する総指揮官には、公爵エドガー卿が任命された。
【エンペリア帝国】
人口約六千万人。総兵力は約四十万人。
うち、国防任務に就く兵力が十五万人、予備役が五十万人登録されている。
クラン《ファイヤクラフティ》のヴァレンの提案により、遠征部隊は国防部隊の中から十万人を選抜して構成することに決定。こちらも二万人規模の師団五つで編成し、その総指揮をヴァレンが執ることとなった。
【エルメリオン王国】
総兵力二十万人、予備役二十万人。
遠征可能な兵数は五万人と定められ、一万人規模の師団五つを編成。
その全軍を束ねる総指揮官には、イリスが任命された。
【ミスティクレスト公国】
国防任務に当たる兵が二十万人、予備役が四十万人登録されている。
遠征に割ける兵力は五万人とされ、一万人の師団五つを編成。
その総指揮官を、辺境伯ヘルマン・クラウストが務めることとなった。
【ダークエルフ部隊】
独自の戦力として、精鋭五百名による中隊規模の特別部隊を編成。
その指揮官には、リシェル・ノクスヴェイルが任命された。
各勢力は首都ミスティアへの集結を開始。
大陸の各地で、軍旗が翻り始めていた。
――王城 作戦会議室
各諜報部隊から次々と報告が上がってくる。
広げられた大陸地図には、発生地点と脅威判定が記されていった。
【アルカディア王国】
地域 都市名 脅威判定
北方圏 ノルドハイム A☆
東方圏 セレノス C
東方圏 アーケニア C
南方圏 グレイデン B
西方圏 セリオン A☆
南西辺境圏 ドラヴォスC
北西山岳圏 モルグレインB
中央湖畔エルダレイクC
【エンペリア帝国】
地域 都市名 脅威判定
北部防衛圏 ヴァルグレイヴ A☆
北部防衛圏 フリーデンベルク A☆
南方豊穣圏 グランティス C
東方魔導圏 ヴァルセリア C
西方海洋圏 カリオスト A☆
中央圏 エーベルハルト A☆
南東辺境圏 カルナリア B
北西高原圏 アーデンブルク C
南西沿岸圏 ヴェリディア C
【エルメリオン王国】
地域 都市名 脅威判定
北方林域 ヴァルシルヴァ A☆
北方林域 グラディエル C
東方魔導圏 アーケリス C
南方花園圏 アルフェリア C
西方海岸圏 リシアーナ B
中央高原圏 エルヴァーナ A☆
南西古森圏 ミルサリオン B
脅威判定が高い都市はいずれも軍事上の要衝であった。
判定B・Cの都市については、冒険者ギルドに調査と対応を依頼する方針が取られた。
冒険者ギルドは国軍には属さないが、
脅威の探索・報告・依頼受託を行う独立組織である。
文官とエルドリンは、地図を前に打ち合わせを続けていた。
「……八箇所ですか。多いですね。」
「優先順位はどうします?」
「軍事拠点が含まれている以上、至急警戒を発令して下さい。
防御を固め、時間を稼ぐのです。まずは数の多いエンペリア帝国から着手しましょう。」
「こちらの出撃規模と構成は?」
「私とソレンディル、アシュリー、それにダークエルフ五百名の四中隊編成で向かいます。」
「随分と少数ですね。」
「今、各国の主力が集結しつつある。ここで動きを止めれば、敵の思うつぼです。」
「……承知しました。どうかご武運を。」
エルドリンは会議室を後にし、控室へと向かった。
扉を開くと、ソレンディル、アシュリー、イリス、リシェルが待っていた。
「どうでしたか?」
「アルカディア王国で二箇所、エンペリア帝国で四箇所、
エルメリオン王国で二箇所、――計八箇所で魔石の波動が検出されています。」
「八箇所……どうなさいますか?」
リシェルの問いに、エルドリンは真顔で答えた。
「まずイリス、あなたはエルメリオン王国に戻り、ヴァルシルヴァとミルサリオンに起こる脅威を伝えて下さい。そして、ミスティアに集う軍勢の編成を急がせてください。」
「了解しました。」
イリスはエルドリンと共に行きたかったが、その思いを押し殺して頷いた。
「次に、こちらの遊撃隊にはダークエルフ五百人を借りたい。リシェル、問題ないか?」
「問題ありません。」
「よし。彼らには特別装備を支給する。すぐに全員を一箇所に集めてくれ。」
「承知しました。」
リシェルは静かに部屋を出ていった。
イリスはエルドリンの前に歩み寄り、まっすぐに見つめる。
「……エルドリン、気を付けて。」
「わかっている。イリスも、無理はするな。」
短い言葉を交わすと、イリスは転移魔法を発動し、光の粒となって消えた。
残されたアシュリーは、目前の緊迫した空気に飲まれそうになっていた。
「アシュリー、落ち着け。大丈夫だ。」
ソレンディルは彼の肩に手を置き、静かに言った。
その手の温もりが、戦いの前の静寂をほんの一瞬だけ和らげた。




