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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
74/91

74、帰郷


白鷹の館〈アルバ・エアリエル〉


エルドリンは首都ミスティアの王城アルセイン・パレスから徒歩で十分ほどの場所にある、寄宿先――白鷹の館〈アルバ・エアリエル〉へ向かった。


館にはすでにアシュリーとソフィア、ナイトが宿入りしていた。

エルドリンはソレンディルとイリスを連れて館へ入る。


広いロビーのソファで待っていたアシュリーとソフィアが、エルドリンの姿を見て立ち上がった。


「会議はどうでしたか?」

アシュリーが尋ねる。


「ああ。細かな作戦内容は話せないが、要点を言えば――ガルムとマルセル様は敵陣に潜入している。我々は別働隊として陽動を潰すため、情報の集まるここで待機だ。」


「なるほど……。つまり、作戦はすでに動き出しているのですね。」

アシュリーはエルドリンの真剣な表情から、事態が進行していることを悟った。


そのとき、ソフィアの視線がエルドリンの隣の女性に向いた。

銀に近い淡金の長髪を後ろで束ね、蒼碧の瞳を持つ――凛とした気品を湛えたハイエルフの女性。


エルドリンの傍らに立つその姿は、まるで光に包まれた女神のようだった。


「初めまして。アルディア教のシスター、ソフィア・グレースフィールドと申します。」

ソフィアが自ら声をかけると、イリスは静かに微笑んだ。


「こちらこそ。私はエルメリオン王国、蒼翼騎士団団長のイリス・フェルディナントです。」


「エルドリンのお知り合いなのですね? 私は彼の幼馴染です。」


「私はフォルンハイムの戦役でご一緒しました。それ以来のご縁です。」

イリスの声は冷ややかに澄んでいた。


「……なんだか、空気がピリピリしてるように見えるんですが、大丈夫でしょうか。」

アシュリーが小声でエルドリンの耳元に囁く。


「二人とも大人だし……きっと上手く折り合いつけるさ。」


「そんな他人行儀じゃイリスに嫌われるよ。男ならちゃんと仲を取り持ちなよ。」

ソフィアの指摘に、エルドリンはため息をひとつ。


「お二人さん、少しいいかな。」

「何?」「なんですか?」

二人の鋭い視線にたじろぎながら、エルドリンは間に入る。


「今回は共に戦う仲間だ。協力していこう。言いたいことがあれば、何時間でも私が聞く。」


「よく言ったな、へっぴり腰。」

ソレンディルが茶化し、場の空気が少し和らいだ。


「それで、今後の予定は?」

アシュリーが尋ねる。


「実は、マスターハンズ・ハンズクラフトにイリスとアシュリー用の武器を発注していたんだ。

 これから取りに行く。イリスとアシュリーは同行してくれ。

 ソレンディルとソフィアは宿で待機を頼みます。」


「了解。」

ソレンディルは軽く手を上げて応え、ソフィアは「私も行きたい」と言いたげだったが、ぐっとこらえた。


エルドリンが転移魔法を発動させ、白い光に包まれた三人の姿は一瞬で消えた。


「ソレンディル、イリスのことを聞かせてください。」

「いいよ。どうせ待機だから時間はたっぷりあるよ。」

二人は並んでソファに腰掛け、暖炉にあたり、お茶を飲みながら静かに長い話しを始めた。



城塞都市モルデナス


王城の戦略会議室。

マルセルは地図を前に座し、ミスティクレスト公国の攻略布陣を整理していた。


攻撃目標は――

セレナーデ(湖畔都市)、グラズヘルム(鍛冶都市)、エルミナリア(学術都市)、ルーイネンシュタット(遺跡の街)。

それぞれの都市に二つの軍団を送り、各四万の兵で攻める。

八将軍が攻略を担う事が分かった。


モルデナスには四万の兵を残し、補給線は四つ。

マルセルは後方支援に残り、ガルムは攻略部隊としてグラズヘルムへ。


マルセルは使い魔に地図と報告書を託し、首都ミスティアへと送り出した。


――残る課題は“魔法石の仕掛け”が、いつ、どこで発動するか。

その情報を知るのは闇の主ネクロドミヌスのみ。

「あと一歩、なのだが……」

マルセルは拳を握った。



マスターハンズ・ハンズクラフト


転移の光が消えると、三人は鍛冶屋マスターハンズ・ハンズクラフトの前に立っていた。

エルドリンがドアノッカーを叩くと、受付嬢が現れ、応接室へ案内する。


「少々お待ちくださいませ。」


ほどなくして紅茶とスコーンが運ばれた。

イリスは珍しそうにそれを眺め、口にした。サクサクとした食感と紅茶の風味が

とても良い。アシュリーは嬉しそうに頬をほころばせる。

エルドリンは黙って紅茶を口にし、静かに待っていた。


ドタドタと複数の足音。

現れたのは店主のグローリンと次男のバルドだった。


「エルドリン様、お待たせいたしました。」

「グローリン、バルドこちらこそ急にすまない。」

エルドリンは二人を紹介する。


「こちらが新たな仲間、アリュリー・ランデル。義父は元蒼翼騎士団長のアレクセイ・ランデル。

 そしてこちらはエルメリオン王国の蒼翼騎士団団長、イリス・フェルディナント。」


「おお!アレクセイ様の御子息ですか!

 そして、こちらが噂のイリス殿ですね。大変美しい方です!

 私はこの工房の主、グローリン・アイアンハンズ。

 そしてこちらが開発担当の次男バルドです。」


「それでは、さっそく見せてもらってもいいかい?」

「ええ、それはもちろん。バルド、急ぎ準備だ。」


バルドが勢いよく部屋を飛び出した。


何が始まるのか具体的に聞かされていないが、何やら楽しそうな空気の中、イリスは胸を高鳴らせていた。

「何が始まるの?」

「ふふ、それは見てのお楽しみだ。」

エルドリンが微笑む。


広い工房を案内しながら、グローリンが説明する。

「こちらで扱っている鉱石は《ヴェリタス・ストーン》という鉱石でして、マナの親和性に優れ、武器としてしなやかで硬く、刃毀れ知らずです。特級の素材ですよ。」


イリスはエルドリンから贈られた鎧と大剣のことを思い出す。

あれも、きっとここで生まれたのだ――そう思うと胸が熱くなった。



裏手の訓練場には数種類の槍と剣、そして防具を着せた人形が並べられていた。


「準備完了です!」

バルドが報告する。


エルドリンがイリスへ向き直る。

「君の槍さばきを参考に、いくつか試作した。まずは十文字槍、鎌槍、ビル、そしてハルバード。

 どれも最高の仕上がりだ。まずは十文字槍を試してみてくれ。」


イリスは一つ一つ手に取り、重さを確かめた。

そして、十文字槍を構え、鋼鉄鎧の人形に向かって踏み込む。


「やあっ!」


鋭い突きが三度、続けざまに響く。

鋼鉄の鎧を貫く音が響いた。「ガスッ」「ガスッ」「ガスッ」

続けて横薙ぎに一閃。「ガッ」――鎧の脇腹が裂け、金属片が飛び散った。


さらに槍にマナを集め、三回槍を振り真空刃を放つ。

「ガッ、ガッ、ガッ!」

鎧ごと人形が崩れ落ちる。


「見事だ……」

鍛冶職人たちは息を呑み、歓声を上げた。


エルドリンが頷く。

「その槍は風の属性の紋章が刻まれている。君がマナを集めるだけで直ぐに魔法が発動する。

 空中に上がる時、移動する時、槍は君の魔法を補助してくれる。マナの消費が抑えられ、長く飛行出来る。相手と距離をつめる時も。長時間の戦闘では有利になるだろう。

 他の属性を付与して見て欲しい。」


イリスは雷撃魔法を槍に付与する。槍には魔石が組み込まれていて魔法を増幅する。

雷光が槍を包み、彼女は鋼鉄製の鎧人形に突き刺した。

電撃を放たれた瞬間――


「ドォォォン!」


轟音と共に鎧の胸元が爆ぜ、リンゴほどの穴が空いた。


「……これ、私の力?」

驚愕するイリス、突きを鋼鉄製の鎧を貫通させる時の手応え、

まるで柔らかい素材を貫いて いるような手応え、そしてマナとの親和性、最後の雷撃は自分の想像を超える一撃だった。エルドリンが微笑んでいた。


「イリスはハイエルフだから、エーテル保有量が人間とは桁違いなんだ。

 この槍は君の“自由を得るための武器”だ。

 君が騎士団を離れる時、王国の宝槍は返さなきゃいけない。

 これは――君の為に造られた。君のものだよ。」


イリスは堪えきれず、エルドリンに抱きついた。

「若!羨ましいですぞ!」

バルドがからかう声に、工房は笑いに包まれた。

少し恥ずかしいが、居心地の良さをエルドリンは感じていた。



「よし、次はアシュリーの番だ。」

「はい!」


アシュリーはクレイモアに雷を纏わせ、縮地で踏み込み――

三連突き。すれ違い、後ろから上段から一閃。

鎧人形が真っ二つに割れ、沈黙した。

18歳の幼さをまだ少し残したアシュリーの外見から想像が付かない連撃。

それで鎧人形を両断してしまった。

鍛冶職人達は今目にした事、アシュリーの動きが追えず、彼の幻影を見ていた。

言葉にならない。職人たちは唖然とし、やがて拍手が湧き起こる。


「上出来だ。」

エルドリンはツヴァイハンダーを構えた。

「君の新しい武器だ。受け流しを教えよう。」


エルドリンはツヴァイハンダーを両手で握る。

アシュリーはクレイモアで中段に構えエルドリンに斬りかかる。

エルドリンは刃を合わせながらアシュリーの剣を刃に沿って滑らせ、握りの上にある”クロスガード”に当て、脚を踏み込んでアシュリーを剣ごと押し込んで姿勢を崩させた。

アシュリーが姿勢を崩す、エルドリンはすっと踏み込み、アシュリーの首元に刃を当てる。


「これがツヴァイハンダーの使い方だ。混戦の中で、見切りだけに頼るのは危険だ。

 君の父上、アレクセイ様もこの『受け流し』で数多の敵を倒した。

 これぞ後の先の戦い方だ。」


「エルドリン。父上……」

アシュリーの頬を涙が伝う。

エルドリンの言葉に、ここにいない父親をエルドリンの中に見た気がして嬉しかった。

「十文字槍を使える君は前線も任せられる。どこに配置しても戦力だ。

 君はもう一人前だ。誇れ、アシュリー。」

工房に拍手が満ちる。イリスも微笑みながら手を叩いた。



グローリンは胸の奥が熱くなるのを感じていた。

かつての少年が、今や堂々たる騎士に成長している。

旅の仲間を得てこの街を出ていってまだ1年経っていない。

それなのに以前あった、ひたむきで脆い、危うくさえ見える部分が無くなりすっかり大人びていた。

アシュリーのメンターとして彼の成長を見守る事や、大きな戦果を手にしながら常に変化していったおかげだろうと、そして連れ合いを持った事で、彼の死生観が変わったのだろうと思っていた。


「……よくぞ戻られました、エドリック・ファルコンハート卿。

 領民一同、あなたの帰還を心よりお待ちしておりました。」


そう言って膝をつくと、職人たちも一斉に跪いた。

エルドリンは目を見開き驚いた。


「グローリン、私は爵位なんて持っていません。」

「いえ。これはただの称号ではありません。

 このグローリンは貴方様の成長したお姿。

 貴方様が"連れ合い"を連れてお戻りになった姿を心より嬉しく思っています。

 私の気持を敬意で示したい。あなたが仲間を導き、己の信念を貫く姿こそ

 ――我らが“卿”と呼ぶに相応しいのです。」



イリスは隣で静かに微笑んだ。

――この人を、もっと好きになってしまう。

そんな想いが、胸の奥で静かに膨らんでいた。


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