74、帰郷
白鷹の館〈アルバ・エアリエル〉
エルドリンは首都ミスティアの王城から徒歩で十分ほどの場所にある、寄宿先――白鷹の館〈アルバ・エアリエル〉へ向かった。
館にはすでにアシュリーとソフィア、ナイトが宿入りしていた。
エルドリンはソレンディルとイリスを連れて館へ入る。
広いロビーのソファで待っていたアシュリーとソフィアが、エルドリンの姿を見て立ち上がった。
「会議はどうでしたか?」
アシュリーが尋ねる。
「ああ。細かな作戦内容は話せないが、要点を言えば――ガルムとマルセル様は敵陣に潜入している。我々は別働隊として陽動を潰すため、情報の集まるここで待機だ。」
「なるほど……。つまり、作戦はすでに動き出しているのですね。」
アシュリーはエルドリンの真剣な表情から、事態が進行していることを悟った。
そのとき、ソフィアの視線がエルドリンの隣の女性に向いた。
銀に近い淡金の長髪を後ろで束ね、蒼碧の瞳を持つ――凛とした気品を湛えたハイエルフの女性。
エルドリンの傍らに立つその姿は、まるで光に包まれた女神のようだった。
「初めまして。アルディア教のシスター、ソフィア・グレースフィールドと申します。」
ソフィアが自ら声をかけると、イリスは静かに微笑んだ。
「こちらこそ。私はエルメリオン王国、蒼翼騎士団団長のイリス・フェルディナントです。」
「エルドリンのお知り合いなのですね? 私は彼の幼馴染です。」
「私はフォルンハイムの戦役でご一緒しました。それ以来のご縁です。」
イリスの声は冷ややかに澄んでいた。
「……なんだか、空気がピリピリしてるように見えるんですが、大丈夫でしょうか。」
アシュリーが小声でエルドリンの耳元に囁く。
「二人とも大人だし……きっと上手く折り合いつけるさ。」
「そんな他人行儀じゃイリスに嫌われるよ。男ならちゃんと仲を取り持ちなよ。」
ソフィアの指摘に、エルドリンはため息をひとつ。
「お二人さん、少しいいかな。」
「何?」「なんですか?」
二人の鋭い視線にたじろぎながら、エルドリンは間に入る。
「今回は共に戦う仲間だ。協力していこう。言いたいことがあれば、何時間でも私が聞く。」
「よく言ったな、へっぴり腰。」
ソレンディルが茶化し、場の空気が少し和らいだ。
「それで、今後の予定は?」
アシュリーが尋ねる。
「実は、マスターハンズ・ハンズクラフトにイリスとアシュリー用の武器を発注していたんだ。
これから取りに行く。イリスとアシュリーは同行してくれ。
ソレンディルとソフィアは宿で待機を頼みます。」
「了解。」
ソレンディルは軽く手を上げて応え、ソフィアは「私も行きたい」と言いたげだったが、ぐっとこらえた。
エルドリンが転移魔法を発動させ、白い光に包まれた三人の姿は一瞬で消えた。
「ソレンディル、イリスのことを聞かせてください。」
「いいよ。どうせ待機だから時間はたっぷりあるよ。」
二人は並んでソファに腰掛け、暖炉にあたり、お茶を飲みながら静かに長い話しを始めた。
城塞都市
王城の戦略会議室。
マルセルは地図を前に座し、ミスティクレスト公国の攻略布陣を整理していた。
攻撃目標は――
セレナーデ(湖畔都市)、グラズヘルム(鍛冶都市)、エルミナリア(学術都市)、ルーイネンシュタット(遺跡の街)。
それぞれの都市に二つの軍団を送り、各四万の兵で攻める。
八将軍が攻略を担う事が分かった。
モルデナスには四万の兵を残し、補給線は四つ。
マルセルは後方支援に残り、ガルムは攻略部隊としてグラズヘルムへ。
マルセルは使い魔に地図と報告書を託し、首都ミスティアへと送り出した。
――残る課題は“魔法石の仕掛け”が、いつ、どこで発動するか。
その情報を知るのは闇の主ネクロドミヌスのみ。
「あと一歩、なのだが……」
マルセルは拳を握った。
マスターハンズ・ハンズクラフト
転移の光が消えると、三人は鍛冶屋の前に立っていた。
エルドリンがドアノッカーを叩くと、受付嬢が現れ、応接室へ案内する。
「少々お待ちくださいませ。」
ほどなくして紅茶とスコーンが運ばれた。
イリスは珍しそうにそれを眺め、口にした。サクサクとした食感と紅茶の風味が
とても良い。アシュリーは嬉しそうに頬をほころばせる。
エルドリンは黙って紅茶を口にし、静かに待っていた。
ドタドタと複数の足音。
現れたのは店主のグローリンと次男のバルドだった。
「エルドリン様、お待たせいたしました。」
「グローリン、バルドこちらこそ急にすまない。」
エルドリンは二人を紹介する。
「こちらが新たな仲間、アリュリー・ランデル。義父は元蒼翼騎士団長のアレクセイ・ランデル。
そしてこちらはエルメリオン王国の蒼翼騎士団団長、イリス・フェルディナント。」
「おお!アレクセイ様の御子息ですか!
そして、こちらが噂のイリス殿ですね。大変美しい方です!
私はこの工房の主、グローリン・アイアンハンズ。
そしてこちらが開発担当の次男バルドです。」
「それでは、さっそく見せてもらってもいいかい?」
「ええ、それはもちろん。バルド、急ぎ準備だ。」
バルドが勢いよく部屋を飛び出した。
何が始まるのか具体的に聞かされていないが、何やら楽しそうな空気の中、イリスは胸を高鳴らせていた。
「何が始まるの?」
「ふふ、それは見てのお楽しみだ。」
エルドリンが微笑む。
広い工房を案内しながら、グローリンが説明する。
「こちらで扱っている鉱石は《ヴェリタス・ストーン》という鉱石でして、マナの親和性に優れ、武器としてしなやかで硬く、刃毀れ知らずです。特級の素材ですよ。」
イリスはエルドリンから贈られた鎧と大剣のことを思い出す。
あれも、きっとここで生まれたのだ――そう思うと胸が熱くなった。
裏手の訓練場には数種類の槍と剣、そして防具を着せた人形が並べられていた。
「準備完了です!」
バルドが報告する。
エルドリンがイリスへ向き直る。
「君の槍さばきを参考に、いくつか試作した。まずは十文字槍、鎌槍、ビル、そしてハルバード。
どれも最高の仕上がりだ。まずは十文字槍を試してみてくれ。」
イリスは一つ一つ手に取り、重さを確かめた。
そして、十文字槍を構え、鋼鉄鎧の人形に向かって踏み込む。
「やあっ!」
鋭い突きが三度、続けざまに響く。
鋼鉄の鎧を貫く音が響いた。「ガスッ」「ガスッ」「ガスッ」
続けて横薙ぎに一閃。「ガッ」――鎧の脇腹が裂け、金属片が飛び散った。
さらに槍にマナを集め、三回槍を振り真空刃を放つ。
「ガッ、ガッ、ガッ!」
鎧ごと人形が崩れ落ちる。
「見事だ……」
鍛冶職人たちは息を呑み、歓声を上げた。
エルドリンが頷く。
「その槍は風の属性の紋章が刻まれている。君がマナを集めるだけで直ぐに魔法が発動する。
空中に上がる時、移動する時、槍は君の魔法を補助してくれる。マナの消費が抑えられ、長く飛行出来る。相手と距離をつめる時も。長時間の戦闘では有利になるだろう。
他の属性を付与して見て欲しい。」
イリスは雷撃魔法を槍に付与する。槍には魔石が組み込まれていて魔法を増幅する。
雷光が槍を包み、彼女は鋼鉄製の鎧人形に突き刺した。
電撃を放たれた瞬間――
「ドォォォン!」
轟音と共に鎧の胸元が爆ぜ、リンゴほどの穴が空いた。
「……これ、私の力?」
驚愕するイリス、突きを鋼鉄製の鎧を貫通させる時の手応え、
まるで柔らかい素材を貫いて いるような手応え、そしてマナとの親和性、最後の雷撃は自分の想像を超える一撃だった。エルドリンが微笑んでいた。
「イリスはハイエルフだから、エーテル保有量が人間とは桁違いなんだ。
この槍は君の“自由を得るための武器”だ。
君が騎士団を離れる時、王国の宝槍は返さなきゃいけない。
これは――君の為に造られた。君のものだよ。」
イリスは堪えきれず、エルドリンに抱きついた。
「若!羨ましいですぞ!」
バルドがからかう声に、工房は笑いに包まれた。
少し恥ずかしいが、居心地の良さをエルドリンは感じていた。
「よし、次はアシュリーの番だ。」
「はい!」
アシュリーはクレイモアに雷を纏わせ、縮地で踏み込み――
三連突き。すれ違い、後ろから上段から一閃。
鎧人形が真っ二つに割れ、沈黙した。
18歳の幼さをまだ少し残したアシュリーの外見から想像が付かない連撃。
それで鎧人形を両断してしまった。
鍛冶職人達は今目にした事、アシュリーの動きが追えず、彼の幻影を見ていた。
言葉にならない。職人たちは唖然とし、やがて拍手が湧き起こる。
「上出来だ。」
エルドリンはツヴァイハンダーを構えた。
「君の新しい武器だ。受け流しを教えよう。」
エルドリンはツヴァイハンダーを両手で握る。
アシュリーはクレイモアで中段に構えエルドリンに斬りかかる。
エルドリンは刃を合わせながらアシュリーの剣を刃に沿って滑らせ、握りの上にある”クロスガード”に当て、脚を踏み込んでアシュリーを剣ごと押し込んで姿勢を崩させた。
アシュリーが姿勢を崩す、エルドリンはすっと踏み込み、アシュリーの首元に刃を当てる。
「これがツヴァイハンダーの使い方だ。混戦の中で、見切りだけに頼るのは危険だ。
君の父上、アレクセイ様もこの『受け流し』で数多の敵を倒した。
これぞ後の先の戦い方だ。」
「エルドリン。父上……」
アシュリーの頬を涙が伝う。
エルドリンの言葉に、ここにいない父親をエルドリンの中に見た気がして嬉しかった。
「十文字槍を使える君は前線も任せられる。どこに配置しても戦力だ。
君はもう一人前だ。誇れ、アシュリー。」
工房に拍手が満ちる。イリスも微笑みながら手を叩いた。
グローリンは胸の奥が熱くなるのを感じていた。
かつての少年が、今や堂々たる騎士に成長している。
旅の仲間を得てこの街を出ていってまだ1年経っていない。
それなのに以前あった、ひたむきで脆い、危うくさえ見える部分が無くなりすっかり大人びていた。
アシュリーのメンターとして彼の成長を見守る事や、大きな戦果を手にしながら常に変化していったおかげだろうと、そして連れ合いを持った事で、彼の死生観が変わったのだろうと思っていた。
「……よくぞ戻られました、エドリック・ファルコンハート卿。
領民一同、あなたの帰還を心よりお待ちしておりました。」
そう言って膝をつくと、職人たちも一斉に跪いた。
エルドリンは目を見開き驚いた。
「グローリン、私は爵位なんて持っていません。」
「いえ。これはただの称号ではありません。
このグローリンは貴方様の成長したお姿。
貴方様が"連れ合い"を連れてお戻りになった姿を心より嬉しく思っています。
私の気持を敬意で示したい。あなたが仲間を導き、己の信念を貫く姿こそ
――我らが“卿”と呼ぶに相応しいのです。」
イリスは隣で静かに微笑んだ。
――この人を、もっと好きになってしまう。
そんな想いが、胸の奥で静かに膨らんでいた。




