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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
73/91

73、潜入


黒雲が絶え間なく渦巻き、天を覆い尽くしていた。

その中心、腐蝕した城塞都市モルデナス

かつて滅び去ったはずのその地が、今ふたたび闇の主ネクロドミヌスの玉座として息を吹き返していた。


死者の軍勢が蠢き、黒き旗が風に踊る。

無数の魔族、アンデッド、堕落した人間たちがこの地へと集い、闇の王の名のもとに跪く。


——闇の王、復活の刻。


だが、その影に紛れて三つの影が潜んでいた。

鋭い双眸を持つ剣士、エルドリン・ファルコンハート。

蒼き瞳の女騎士、イリス・フェルディナント。

そして、金銀の髪を束ねた魔導士、ソレンディル・シルバーレイン。


三人は隠蔽と遮蔽の魔法をまとい、敵陣の奥深くへと潜入していた。

目的はただ一つ——《黒き終焉のウィル》。

かつて剣術大会でエルドリンが刃を交えた宿敵にして、今や闇の十二将の一人と名を連ねる男。


その頃、別の戦線ではオーガの戦士ガルムと、“亡国のネクロマンサー”マルセル・デルースが、それぞれ異なる手段で闇の軍勢へと潜入していた。

ガルムは「血誓傭兵団」の名でオーク大隊に加わり、

マルセルはその術と知識を買われ、ネクロドミヌス直属の軍団将として迎え入れられていた。


「……“亡国”のネクロマンサー、マルセル・デルース。貴様自ら参じるとは、実に興味深い。」

闇の主の声が、王座の奥から低く響く。


「生者の住まう大陸をすべて滅ぼしましょう。」


マルセルは跪き、静かに微笑んだ。

「我が亡国の亡者たちが、いま貴方の軍門に加わるのであれば……それもまた、歴史の皮肉でありましょう。」

その声の奥に、冷ややかな企みの影が潜む。

彼の真の目的はただ一つ——敵の中枢を探り、内側から崩壊させることだった。


一方のガルムは、傭兵団《灰のアッシュウルフ》を率い、辺境から闇軍に加入していた。

表向きは“ネクロドミヌスの軍門に降った傭兵団”。

だがその実態は、連合軍からの密命を受けた隠密部隊である。

彼らの任務は前線構造・物資流通・統率体制の全容を探ることだった。


ガルムの報告はマルセルを経由し、影走り隊、王国調査団インヴィスティゲーション、そしてダーク・エルフの斥候部隊へと伝達される。

全ての情報は一つの網として編まれ、やがて公王ルクレインの手に渡ることとなる。


モルデナス中央——《黒影の殿堂》。

そこでは、十二の軍団長が玉座の間に集結していた。

城外には二十万の軍勢。

各軍団が異形の紋章を掲げ、闇の王への忠誠を示す。


「我が軍勢はすでに二十万を超えた。時は満ちた。」

ネクロドミヌスの声が、城全体に反響する。

「南進してミストクレスト公国を滅ぼせ。大陸を侵食せよ。光をこの地から追放せよ。」


その言葉に呼応するように、一人の男が歩み出た。

黒銀の鎧をまとい、漆黒の剣を携えた男——《黒き終焉アポカリプス》のウィル。


「闇の主よ。魔法石の仕掛けが各地で芽吹く頃でしょう。

各国はその対応に追われ、連合軍は必ず弱体化いたします。

必ずや我らの軍勢が、勝利を御手にもたらしましょう。」


その瞳は狂気と執念に燃えていた。

御前試合での敗北が、いまだ彼の中に残る嫉妬と劣等感を煮え立たせていた。


彼の手に握られたのは、《深淵の宝剣ベルグラード》と《怨嗟の鎧カリグラス》。

いずれも、闇の主が授けた禁忌の神器である。

その力は使う者の心を呑み、魂を黒く染め上げる。


「ネクロドミヌス様の御力を得た今、私はさらに強くなった。

クラン《ファイヤクラフティ》のヴァレンであろうが、“アンブレイカー”であろうが、喰らい尽くしてやりましょう。」


ウィルは剣を抜き、虚空に向かって振り下ろした。

「——私が、この世の終焉となろう。

 エルドリン、お前の光を闇で呑み尽くす。」


玉座の上で、ネクロドミヌスは薄く笑んだ。

「よい。貴様の怨念もまた、我が糧とならん。」


その会話を、エルドリンたちは密かに聞いていた。

ソレンディルが魔力の流れを制御し、イリスが耳を澄ます。

遮蔽結界の中、三人の息遣いだけが響いた。

エルドリンの拳が、震えていた。


(……あの“魔法石の仕掛け”。アンデッド・ドラゴンを生み出した忌まわしき力……)

——黒き終焉のウィル。お前が、闇の将の一人とはな。

この場で斬り伏せたい衝動を、彼は必死に押し殺した。


イリスがそっとその腕に触れた。

「あなたは動かないで。まだ……その時ではないわ。」

「分かっている。」

だがその瞳の奥には、確かな炎が宿っていた。


同じ頃、マルセルは闇の将たちの会議に同席していた。

彼は十二軍団の構成と補給路、戦力配置が詳細に書かれた命令書を手に取る。

出席する将たちは互いの手柄を誇り合い、“魔法石の仕掛け”については、ウィルとネクロドミヌスしか知らぬようであった。


(……深入りすれば疑われる。今は時を待つしかない。)


だが、マルセルには確信があった。

“魔法石”の実物がこちらにある——。

あの不気味な気配を追えば、新たな仕掛けを見つけ出せるはずだ。

各地の変異を報告させ、一つずつ潰していくしかない。


くだらぬ自慢話に飽きたように振る舞いながら、マルセルは静かに会議室を後にした。


廊下の影では、エルドリンたちが息を潜めて待っていた。

マルセルは歩きながら小声で独り言を装い、衛兵の目が届かぬ位置で命令書を丸め、さりげなく差し出した。

エルドリンはそれを素早く受け取る。


「新たなる“魔法石の仕掛け”がある。場所を知るのはウィルと闇の主のみ。

だが、“魔法石”の実物が首都ミスティアにあるだろう。

その気配を辿れ。必ずや真実に行き着くはずだ。」


エルドリンは小さくうなずき、命令書を懐に収めて城を後にした。

そこには総兵力二十万一千五百の詳細と、ガルムが得たオーク大隊内の情報が記されていた。


「この勢力……まだ膨らむ恐れがある。それにこの布陣、まるで五百年前の再現だな。

だが——どの将も己の野心を隠していない。連携も脆い。崩す隙はある。」


エルドリンは冷ややかに笑みを浮かべた。


彼の報告は夜闇を越えて首都ミスティアに届く。

公王ルクレインの前で、エルドリンは跪いた。


「ご報告申し上げます。敵軍総勢、二十万一千五百。軍団長十二名。

 構成詳細は、こちらに記しております。」


ルクレインは命令書に目を通し、息を呑んだ。

「……もはや、一国の軍勢を超えている。」


その場には、エドガー公爵、ヴァレン、リシェル、イリス、マルセル(幻影通信)が集っていた。


ヴァレンが腕を組み、低く言う。

「影走り隊に補給路の確認を任せよう。」


「その間に進軍されぬだろうか。」

公王ルクレインが懇願するように発した。


マルセルの幻影が揺らめく。

「新たなる“魔法石の仕掛け”が存在する。場所は未判明。だが糸口はある。」


エドガー公爵が頷き、リシェルが口を開く。

「魔法石の気配の追跡なら、我らダーク・エルフが適任です。」

「わが軍の調査団もダーク・エルフの調査団に加わり広範囲に捜索しよう。」


「各地の異変の情報を収集して下さい。そこを優先的に探索して"当たり"でしたら

 私達が処理しましょう。」

エルドリンが静かに言い、続けた。

「奴らの狙いは陽動です。連合軍はまだ動くべきではない。敵の戦力は判明しました。

 こちらの軍勢の集結を急がねばなりません。」


「引き続き、闇の勢力の配置が分かり次第、報告を。」

「了解した。」

マルセルが短く答え、会議は閉じられた。


「これにて第三回会議を終了とする。」


各陣営はそれぞれの拠点へ戻り、司令を発した。


——エルドリンは心に誓う。

闇に堕ちた宿敵、《黒き終焉のウィル》。

奴を討つのは、この自分しかいない。


暖炉の炎が揺れる。

イリスはその炎を見つめるエルドリンの瞳を静かに見つめ返していた。


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