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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
72/91

72、再会


第三回会議は、各陣営の偵察報告を基に行うことが決まっていた。

それまでに、どれほどの兵を動かせるか、どの国がどの戦線を支えるか――

連合軍の未来を左右する準備期間である。


会議が終わると、エルドリンは仲間たちに静かに声を掛けた。


「……神々の残滓に会いに行こうと思う。

 イリス、ついてきてくれないか?

 ソレンディル、マルセル様。あなた方も――伝説の存在に会いに行きませんか?」


イリスが少し眉を寄せ、不安そうに尋ねる。

「危険はないの?」


エルドリンは穏やかに微笑んだ。

「大丈夫。彼らから見れば、私たちは短命な種――小さな命に過ぎない。

 仇をなす存在ではないさ。ただ……とてつもなく寒い場所だ。

 寒さ対策だけは万全にしておこう。」


その言葉にソレンディルが唇を歪める。

「マルセル、良かったな。会いたいんだろう?顔に“ぜひ会いたい”って書いてあるぞ。」


「ふん、別に会いたいわけではない。……行ってやらぬこともないがな。」

マルセルはそっぽを向いたが、声の調子はどこか弾んでいた。


準備を整え、アンデッドのマルセルを抜いた三人は、厚手の外套を羽織り、手には魔法耐寒グローブをはめた。

エルドリンが床に白く輝く魔法陣を描く。


淡い光輪が足元に広がり、静かな音もなく、彼らの姿は消えた。


――次の瞬間、視界を覆う白銀の荒野。

刺すような風が肌を切り裂き、雪片が顔を打つ。


ここはエテルナ・グレイシャー――永劫氷河山脈。

世界でも最も寒冷とされる、神々の黄昏の地であった。


吹雪が一瞬止み、視界が開ける。

彼らの目の前に、氷で築かれた巨大な殿堂が姿を現した。

それはまるで大地がそのまま凍り固まって形成されたような、荘厳な宮殿――

フロスト・ジャイアントの王宮である。


氷の玉座に座すのは、白く輝く肌と霜の髭をもつ巨人。

十五メートルを超す体躯は山の如く、眼光は冬星のように蒼く冷たい。

しかし、その奥には深い叡智と慈愛の光が宿っていた。


巨人は古代語ハイエイシェントで低く唸るように語りかけた。

「……エーテルリウムの残滓よ。エルドリンか。」


「お久しぶりです、村長。」

エルドリンもまた、同じ古代語で答える。


イリスは目を見開いた。

「しゃ、しゃべってる……!?」

腰が抜けそうになりながら、ソレンディルの袖をつかむ。

「嘘でしょ……古代語で“会話”してるのよ!」


ソレンディルも呆然として頷いた。

「これほど流暢に話す人間がいるとは……発音体系すら不明なはずなのに……。」


マルセルはただ息を呑む。

「こ……これが、フロスト・ジャイアント……!」


巨人――フロスト・ジャイアントの長、フォルテは顎に手を当て、低く唸った。

「その背後にいる者達は誰だ?」


「紹介します。ハイエルフのイリスとソレンディル、そしてアンデッドのオーバーロード、マルセルです。」


「ハイエルフ……久しいな。小さき種よ。

 そしてアンデッドか……死を越えた者よ。……ふむ。」


沈黙が数拍続き、巨人はゆっくりと口を開いた。

「今日は何の用で来た?」


「五百年前に現れた“死王”――あるいは“闇の主”と呼ばれる存在について伺いに参りました。」


「……五百年前、か。」

フォルテは氷の髭を指で撫でながら、遠い記憶を探るように目を細めた。

「確かに、あの頃は大地が騒がしかった。だがその"闇の主"なる者の名までは知らぬ。

 ただ……あの者は“神々の残滓”ではない。

 もともと小さき者……だが、匂いがそこにおる不死者に似ておる。」


「……やはり、アンデッド。」

エルドリンが小さく頷く。


「用は足りたかエルドリン。用が済んだなら“アゼザル・マハト”に会うがよい。

 お前の気配を感じて待っておるだろう。」

「はい。感謝いたします、村長。また必ずお会いします。」


一同が深く頭を下げる。

イリスとソレンディルは緊張で体を硬直させ、互いに抱き合って震えていた。

マルセルは棒のように突っ立ったまま動けない。


「……だ、大丈夫ですか?」

エルドリンが苦笑する。


「よ、よくあんな巨人を前に平然と話せるわね……!」

「全く恐ろしい……あれは別格だ。神々の残滓、その通りだ我らがかなう相手ではない。」」

ソレンディルとマルセルは声を震わせた。


「でも、信じられない……本当に神々の残滓と話したのね。」

イリスが感嘆の息をつく。


「イリス安心して下さい。彼は敵ではありません。

 だが次に会う“ネフィリム”のアゼザル・マハトは危険です。

 マルセル様、あなたはここで待っていてください。

 もしアゼザルが不死者を敵とみなせば、私でも止められません。」


マルセルはすぐに頷いた。

「……そうだな。ここで待とう。」


エルドリンはイリスとソレンディルの肩に手を置いた。

「二人は私のオーバーコートを握っていて下さい。ネフィリムは威圧感が強い。

 倒れそうになったら、私が支えます。」


二人は黙って頷いた。

白光が再び広がり、三人の姿は消える。


――次の瞬間、彼らはヨトゥングレイヴ――巨人の墓標山脈の氷結湖に立っていた。

静寂。風が止み、代わりに重く張り詰めた空気が肌を刺す。

圧倒的な“威圧”が、空間そのものを押し潰すように漂っている。


氷の霧の中から、巨大な影が近づいてきた。

三メートルを超える筋骨隆々の体躯。

その双眸は灼けた金のように輝き、存在そのものが神々の残り香を纏っている。


「これは素晴らしい来訪者だ。――エルドリンか!」

声ではない。意識に直接響く声だった。


「はい、アゼザル様。村長に挨拶に伺った折、こちらにも寄らせていただきました。」


「そうか、あの老人に会いに来たのか!

 お前の戦いはすべて見ていたぞ。

 あの手強いグリフォンを少数で討ち取ったこと、そしてオークの軍を打ち破ったこと――見事だった!

 それにアンデッドドラゴンを倒したな!お前は我らの同胞の誇りだ、エルドリン!」


「光栄です、アゼザル。」

エルドリンは微笑を返す。


アゼザルの視線がイリスとソレンディルに向けられる。

「その二人、お主と共に戦った仲間だな。……ふむ、アンデッドを置いてきたのは正解だ。

 私は不死の匂いが苦手でな、危うく滅してしまうところだった。」


「こちらはエルメリオン王国のハイエルフ、イリスとソレンディルです。」


二人はおそるおそる挨拶した。

「こ、こんにちは……よろしくお願いします……。」


アゼザルは大笑した。

「ハイエルフか!我が記憶では新種だな。

 だが美しい。して、エルドリン、この二人は……お前のものか?」


「えっ……いえ、私はイリスと――その、そういう関係で……」

「ならばソレンディルを私にくれ。」


「な、なにを仰いますか!」

突然の申し出にエルドリンもソレンディルも固まった。


アゼザルは真顔で続ける。

「私は本気だぞ。彼女は美しい。知性の輝きがあり、瞳に光を宿している。」

そう言うと、彼の身体が淡く光を帯び、見る間にエルドリンと同じ背丈に縮んだ。

「これでどうだ? 種の違いなど問題ではない。」


ソレンディルは顔を真っ赤にして俯く。

「わ、私の意思は……その……」


「わかっているとも。」

アゼザルの声は穏やかに響いた。

「私は古代語を話せる。そなたが研究している石碑を読むことも出来る。

 “失われた構文”について協力出来るだろう。そなたの悲願を叶えてやれる。」


「……喉から手が出るほど、お願いしたいです。」

「ならば約束しよう。お前の旅が終わり、祖国に帰るその日まで待とう。

 我々にとって数十年など、まばたきほどの時だ。」


「……わかりました。旅が終わるその時に、またお会いしましょう。」


「うむ。楽しみにしている。」


アゼザルは頷き、今度はエルドリンを見た。

「そしてお前にもう一つ。――以前に私が言った言葉。

 お前の持つ“エーテルリウムの残滓”は、単なる力の器ではない。

 それは“真なる大地の記憶”へと通じる扉だと。意味は分かったか。」


「いえ……未だわかりません。」


「“真なる大地の記憶”とは大地に刻まれた過去、現在、未来の全てを写す、真実の記録。

 お前がエーテルリウムの奥義を使い続ければ、やがて“幻影”として現れるだろう。

 最初は夢のように曖昧だが、いずれ意味を悟る。

 それを見た時、お前はこの大陸の“始まりと終わり”を知る。

 500年前の記憶も見る事が出来るだろう。」


エルドリンは深く息を吐いた。

「……わかりました。心して受け止めます。」


「行け、エルドリン。闇の主が再び動く前に。」


氷結の風が吹き抜け、三人の姿を白い光が包み込んだ。

次に目を開けたとき、彼らは再びミスティクレスト公国の城都ミスティアに立っていた。

マルセルが一足先に待っていた。


――神々の残滓が語った“扉”の意味を、まだ誰も知らなかった。

だがその言葉は、確かに未来を指し示す灯火となって、

彼らの胸の奥で静かに燃え始めていた。


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