70、大陸連合会議
「鉱山にオークに捕らわれていたダーク・エルフたちを保護しています。
ソレンディル、一緒に来てくれませんか。彼女たちも、同胞の姿を見れば落ち着くはずです。」
エルドリンの言葉に、金髪のハイエルフは微笑を浮かべて頷いた。
「エルドリンはすごいね。こんな大事変の最中でも、そういうことを同時にやってのけるんだ。もちろん一緒に行くよ。」
エルドリンはすぐにドラウセンの領主オズリック卿を訪ね、救出したダーク・エルフたちの保護を要請した。領主は深く頷き、快く受け入れてくれた。
「彼女たちの安全は、我が名において保証しよう。」
その言葉にエルドリンは一礼し、転移魔法を発動させた。
白銀の魔法陣が地面に広がり、風が渦を巻く。
次の瞬間、眩い光が奔り、エルドリンとソレンディルの姿はドラウセンの市街地から掻き消えた。
転移の光が収まると、二人は鉱山の麓に立っていた。
そこには風に揺れる小さなテント群――隠蔽魔法によって人の目を避けていた避難地がある。
エルドリンが遮蔽の魔法を解くと、空気が揺らぎ、二十張りほどのテントが姿を現した。
荒れた風が焦げた布を鳴らし、遠くには鉱山の影が不気味にそびえている。
「何人いる?」
「五十八人です。ついてきてください。」
案内されるまま進むと、ひときわ大きなテントの前に立っていた女性が、駆け足で中へと消えた。
やがて――黒曜の髪と紫紺の瞳を持つ女性が現れた。
右耳に黒い石のピアスが揺れ、その瞳には決意の炎が宿っていた。
「……ここにいます。」
それが、ダーク・エルフの村ノクスヴェイルの村長の娘、リシェル・ノクスヴェイルだった。
「ここから安全なドラウセン市街地に移動します。
あなたたちの安全は領主オズリック卿が保証します。リシェル、それでよろしいですか。」
「こちらこそ、お願いします。」
リシェルは一瞬、エルドリンの姿を見て息を呑んだが、ソレンディルを見て安心したように微笑んだ。
「良かったね。エルドリンじゃなかったら、ここまで無事に保護できなかったかもしれないよ。」
「……本当に。感謝しています。」
リシェルの声は震えていたが、確かな敬意が込められていた。
エルドリンはテントの撤収を進め、ソレンディルは転移ゲートを開く。
白く輝く円環が大地の上に浮かび上がり、柔らかな風が吹き抜けた。
「ゲートの先は、ドラウセン市街地。安全な場所だよ。――みんな、通って!」
ダーク・エルフたちは恐る恐る、だが確かな希望を胸に、ゲートの光の中へと歩み出した。
一人、また一人と白い光に包まれ、やがてその場には風の余韻だけが残った。
約一時間後、エルドリンもドラウセン市街地に転移してきた。
市街地の広場では、ダーク・エルフたちがソレンディルの導きで整列しており、
領主の兵が彼女たちを城へと案内していた。
「エルドリン様――」
リシェルが駆け寄ってきた。
「“様”はいりません。どうかしましたか?」
「この子たちは、ダーク・エルフの村々を襲撃されて連れ去られたんです。
……村がどうなっているのか、確かめに行きたいのです。」
「それは私も気になっていました。君さえよければ、君の知る村々を地図に示してくれませんか。」
リシェルは頷き、震える手でエルドリンの地図に印をつけていく。
ノクスヴェイル、エリュシア、サーリュ、ヴァンディル……
計十の村が印され、その多くは山裾の谷間にあった。
最後に、リシェルは一点を指さした。
「ここが、私の村――ノクスヴェイルです。
人口は二百ほど。父は村長のオットー・ノクスヴェイル。
争いを好まない、穏やかな人です。」
エルドリンは静かに頷いた。
「村長の娘、というわけでしたか。――よし、そこから向かいましょう。」
「お願いします。」
エルドリンはリシェルの腰を支え、風の精霊に語りかけた。
次の瞬間、彼らの体は風に包まれ、空高く舞い上がる。
眼下には、緑の山々と黒く焦げた森が広がっていた。
ノクスヴェイルに着いた時、村はすでに焼け落ちていた。
灰と血の匂いが入り混じり、瓦礫の中からはかすかに呻き声が聞こえる。
「……父さん!」
リシェルが駆け出す。
崩れた家屋の影に、傷だらけの老人がいた。
オットー・ノクスヴェイル。
彼は娘の顔を見ると、ほっと息を吐いた。
「リシェル……生きていたのか……」
「父さん、助けが来たの。もう大丈夫。エルドリンさんが――」
オットーは苦く笑った。
「私は……戦いを恐れすぎた。温和さが、この結果を招いたのだ。
だが――もう誰も、奪わせはせん。リシェル……立て。」
「……ええ、父さん。」
その瞳に宿った光は、もはや悲嘆ではなかった。
それは炎。復讐と誓いの光。
リシェルは父を支え、焼け跡の中心で叫んだ。
「聞いて! 他の村にも伝えるの! 娘たちも、妻たちも生きている!
オークどもに奪われた誇りを、取り戻すのよ!
私たちダーク・エルフは、もう逃げない――!」
その声は、夜風に乗って廃墟の中を響いた。
やがて、その声に応えるように、十の村の生き残りたちが立ち上がっていく。
リシェルは一人ひとりを訪ね、連合軍への参加を呼びかけた。
怒りと誇り、そして仲間を取り戻すために――。
数日後。
ダーク・エルフたちは、連合軍の旗の下に加わった。
その黒き瞳の群れは、まるで夜の森の影そのもの。
リシェルは誓った。
再びこの地に、彼らの故郷の歌が響く日まで、決して止まらぬと。
ミスティクレスト公国の首都――ミスティア。
白金の尖塔が連なる美しき都は、今、その輝きを陰らせていた。
王城。
その最奥にある荘厳なる円卓の間では、公王ルクレイン・ヴァルミスティアが主催する《大陸連合会議》が、ついに幕を開けようとしていた。
中央に座すのは、公王ルクレイン。
その両脇を固めるのは、公国の五大騎士団長、聖職者団の高位神官、そして各国から集った代表たち――。
鋭い眼差しを持つ炎帝の戦士、エンペリア帝国クラン《ファイヤクラフティ》のマスター、ヴァレン・ドラコス。
誇り高き剣士、アルカディア王国の騎士団代表、公爵エドガー・ファルコンハート。
そして蒼の風を纏う翼の乙女、エルメリオン王国《蒼翼騎士隊》の隊長、イリス・フェルディナント。
重厚な扉が静かに開く。
入場してきたのは、灰のローブを纏う四人――ガルム、ソレンディル、エルドリン、そして幻術で人間の姿をとっているマルセル・デルースたちであった。
その背後に続く影の一団。
黒衣に身を包み、紫紺の瞳を燃やす女戦士――リシェル・ノクスヴェイル。
かつてオークの侵攻により焼かれたダーク・エルフの村の生き残りであり、今は同族の代表としてここに立つ。
エルドリンがイリスと視線を交わすと、わずかに頷き合う。
その様子を見たエドガー公は、父親としての確かな誇りを瞳の奥に隠した。
壁には各国の旗が掲げられ、円卓の中央には魔法投影による立体地図が浮かび上がっている。
《ドラウセン平原》、北方山脈、そして闇の霧が蠢く《ドミヌス谷》。
地図全体を覆う青白い光が、薄暗い空気に幻想めいた緊張を与えていた。
マルセルが一歩進み出て報告を始めた。
「先日のオーク大軍との交戦、そしてアンデッド・ドラゴンの出現――
この二つは、偶然ではありません。」
そう言って彼は、円卓の中央に黒紫の光を放つ一つの魔石を置いた。
それは微かに鼓動するかのように脈動し、瘴気が薄く滲み出している。
「《アンデッド・ドラゴン》の核石だ。安心を。結界魔法を施してある。」
ざわめく空気。各国の代表たちは思わず身を引いた。
「して……その石を操ったのは、誰だ。」
低く鋭い声で問うヴァレン。
マルセルは静かに頷き、魔石を指さした。
「上部をよく見てください。うごめくように刻まれた禍々しい印章――」
「まさか……!」
イリスの瞳が見開かれる。
ヴァレンが言葉を引き継いだ。
「それは闇の主――《ネクロドミヌス》の印章だ。」
円卓の空気が一変する。
名を口にした瞬間、まるで部屋の温度が下がったように、全員の背筋が粟立った。
マルセルが頷く。
「五百年前、この大陸を死の軍勢で覆い尽くした“死王”の印と同じものです。
――奴が、再び動き始めた。」
静寂の中、ルクレイン公王が口を開いた。
「すなわち、かつての“終焉戦争”の再来ということか。」
「その可能性が高い。」マルセルは重く言葉を落とす。
「そして、“黒き終焉のウィル”と呼ばれる新たな指導者が、各地で暗躍しているとの報告もあります。
《ネクロドミヌス》の代行者――あるいは転生者と目されています。」
円卓を囲む者たちは息を呑んだ。
ルクレインは静かに立ち上がり、全員を見渡す。
「この会議で決すべきは三つ――
一つ、敵勢の情報収集の体系化。
二つ、連絡・防衛網の即時構築。
三つ、《闇の主ネクロドミヌス》と《黒き終焉のウィル》に対抗しうる連合軍の結成だ。」
彼の言葉に誰も異を唱えなかった。
リシェルが前に出る。
その瞳には、焼かれた村の記憶と、誓いが宿っていた。
「我らダーク・エルフの部族も参じよう。
十の村を巡り、奪われた娘や妻たちは皆、無事を確認した。
我らの怒りは、今や闇を討つ刃となる。」
彼女の言葉に、会場の空気が揺れた。
ルクレインが微かに微笑む。
「ようこそ、ノクスヴェイルの勇士たちよ。」
そして、イリスが静かに剣を掲げた。
「ならば我ら蒼翼騎士団もその翼を貸そう。五百年前の過ちを、今度こそ断ち切るために。」
エルドリンが一歩前に出た。
「――では、始めよう。これはただの会議ではない。
この瞬間こそが、《新たな連合》の誕生だ。」
公王ルクレインが力強く頷き、宣言する。
「諸国の代表に告ぐ。
我ら、ここに《大陸連合軍》の結成を宣言する!」
その瞬間、魔法投影の地図がまばゆい光を放った。
北方――《ドミヌス谷》のさらに奥。
闇の霧の底で、誰かが嗤うようにその光を見上げていた。
――黒き終焉のウィル。
その唇が、静かに呟く。
「始まったか……ならば、世界の幕を下ろす刻も近い。」




