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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
68/91

68、戦いの終わり


雪の降り止まぬ戦場に、ようやく静寂が訪れた。

焦げた鉄と血の匂いが入り混じる空気の中、白い雪片が静かに降り積もり、折れた槍や砕けた兜の上を覆っていく。

凍てついた風が吹くたびに、戦場の残響――剣の打ち合う音や獣の咆哮が、幻のように耳に残った。


「……終わったのね。」

ソフィアは血に濡れた手を見つめ、小さく呟いた。

彼女の周囲には倒れた冒険者たちが幾人も横たわっている。

息のある者も、もう動かぬ者も。


彼女はすぐに膝をつき、掌を重ねた。

淡い光が指の隙間から溢れ、白銀の花弁のように舞う。

「――サンクチュアリ・ヒール。」

聖なる魔法が展開し、光が波紋のように地を這っていった。

呻いていた戦士の息が落ち着き、焦げた皮膚がゆっくりと再生していく。


「……助かった……ありがとう、ソフィア様……」

若い冒険者が涙を浮かべ、彼女に頭を垂れた。

ソフィアは微笑んで、その額にそっと手を当てる。

「礼はいらないわ。まだ立てるなら仲間のもとへ。――私たちは、生き残れたのだから。」


その姿を、少し離れた場所からガルムとアシュリーが見つめていた。

オーガのガルムは、巨体に返り血を浴びながらも誇らしげに笑みを浮かべる。

「アシュリー、お前の剣、悪くなかった。もう立派に一人前だ。」

「ありがとうございます。毎日ガルムさんに鍛えてもらったおかげです。

 それにしても、あのオーク・ジェネラルを両断するなんて……やっぱりさすがです。」

二人は拳を軽くぶつけ合い、戦友としての絆を確かめ合った。


その傍らでは、ナイトが静かに立っていた。

白雪を背にしたその姿は、美しい毛並みと気高い瞳を備え、まさに百獣の王の風格を漂わせていた。

ソフィアがふらりと歩み寄り、ナイトのたてがみを優しく撫でる。

彼女はその背に顔を埋め、震える声で言った。

「よく頑張りましたね……。いつも無理ばかりさせて、ごめんね。――一緒に帰ろうね。」

ナイトは低く喉を鳴らし、尻尾を振って彼女を受け止めた。

その優しい仕草に、ソフィアの瞳から安堵の涙が一筋、こぼれ落ちた。


一方その頃、エルドリンは索敵を行っていた。

周囲十キロの範囲に敵影はない。

しかし――あれほどのオークの集団が、どこから湧いたのか。

その不自然さが、彼の胸に重く引っかかっていた。


「エルドリン、どうした?」

ソレンディルが声をかける。

だが、彼にはエルドリンが警戒を解かない理由がまだ分からなかった。


その少し離れた丘の上――

マルセル・デルースが静かに佇んでいた。

彼の背後には、整然と並ぶアンデッドの軍列。

骸骨の戦士たちは無言で槍を突き立て、まるで眠るように微動だにしない。

霊魂の残滓が淡く揺らめき、青白い光となって雪明かりに溶けていく。


「……味方なら頼もしいが、敵に回したくはないものだな。」

ガルムが呟くと、アシュリーも小さく頷いた。

「死してなお戦い続ける……それが、彼らの望んだ行く末なんでしょうか。」


そのとき、マルセルが右手を軽く掲げた。

幻惑の霧が彼の全身を包み、漆黒のローブ姿が、次第に人間の青年の姿へと変わっていく。

その眼差しは冷たくも、どこか哀しみを帯びていた。


「エルドリン、ソレンディル――こちらへ来てくれ。」

静かな声に呼ばれ、二人は彼のもとへ歩み寄る。

戦場の喧噪が消えたあと、三人の間にだけ、風の音と雪のざわめきが流れた。


「マルセル、何か掴んだのか?」

ソレンディルが問いかける。

マルセルは頷き、遠く北の空を見やった。

その瞳に映るのは、薄い雲の切れ間から覗く――黒く染まった山脈の影。


「アンデッド・ドラゴンとオークの進軍……あまりにも出来すぎているとは思わないか?」

彼の声が低く響いた。

「まるで誰かが、仕組んだかのようだ。

 そして――私は見た。北方の果て、山脈のさらにその奥。

 闇の霧に覆われた“黒き王城”の幻影を。」


エルドリンの瞳が鋭く細まる。

「……さすがですね。私は戦場に気を取られていました。

 確かに、アンデッドとオークが同時に襲来したのは偶然としては出来すぎています。

 もしかすると、ドラウセンを空にさせるための陽動かもしれません。」


マルセルは静かに頷く。

「私にも確証はない。だが、そう考えれば辻褄は合う。――この後はどう動くつもりだ?」

「冒険者たちは一度ドラウセンへ戻すべきでしょう。

 連戦では精神も保たない。

 ソレンディル、マルセル、ガルム、アシュリー、ソフィア、ナイト――君たちは転移魔法で市街地に戻ってくれ。

 私は残党と、オークの発生源を探る。時間が経てば敵は散る。今すぐに動かねばならない。」


マルセルは口の端を上げた。

「おぬしも、なかなかに成長したな。……よかろう、今はそれを優先としよう。

 ソレンディル、転移魔法の準備を。」

「了解。――おーい、ガルム、アシュリー、ソフィア! ドラウセンへ戻るよ!」

ソレンディルは手を振りながら駆け出した。


「それでは。」

エルドリンは短く告げ、風の精霊の加護を受けて空へと駆け上がった。

雪を裂き、彼の背が空の彼方へと小さくなっていく。


マルセルはその姿を見上げ、薄く笑った。

「……はなたれ小僧が、いつの間にか一人前の“戦士”になったか。」

そう呟く声は、風にかき消されるように、白銀の静寂へと溶けていった。


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