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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
65/91

65、ドラウセン開戦


雪雲を貫く風の中、エルドリンとソレンディルは上空から山岳帯を見下ろしていた。

風の精霊が翼のように二人を包み、凍てつく空気が頬を刺す。

眼下には氷を割って流れる一本の川――それが、この地の命脈と呼ばれるドラウセンの水源だった。


「……この辺りです。地図と一致しますね。」

エルドリンが呟く。彼の視線は鋭く、記憶と現実の風景を一つひとつ照らし合わせていた。

川は渓谷を抜け、やがて岩肌をえぐるように細くなり、源流へと姿を変えていく。


二人は索敵魔法を展開した。瞬間、空気がざわりと震える。

その中に――不気味な“脈動”があった。


「グッ……!」

エルドリンが眉をしかめる。

「非常に強い個体反応が……さらに上流に。これは――」

「ただの魔物じゃないね。」

ソレンディルの声には、冷たい緊張が滲む。

「こんな陰鬱で、気味の悪い気配……初めてだよ。」

「隠蔽遮断を重ねます。慎重に行きましょう。」

「了解。通じない場合の退避ルートも確保しておこう。」


二人はさらに高度を上げ、雲の上へと抜けた。

灰色の雲海が足元を流れ、遠く雷鳴が腹の底を震わせる。

やがて――それは見えた。



分水嶺の頂に、黒い霧をまとった“異形”がいた。

それは山よりも巨大で、夜よりも深く、存在そのものが瘴気を吐き出している。

死と怨念を凝縮したようなその姿に、エルドリンの喉が思わず鳴る。



「――エルドリン! あれはアンデッドだ、レクイエムを……!」

「わかっています! 行きます、"レクイエム"!」


彼の詠唱が風を裂いた。

純白の光が奔り、異形を包む黒霧を押し返す。

続けてソレンディルが叫ぶ。


「稲妻よ、あの異形の化物を貫け!――“トゥラント”!」


轟音。

強烈な光柱が山を貫き、異形を撃ち抜く。

次の瞬間、黒霧が断末魔のようにうねり、異形がのたうつ。


「グギャァァアアアア!!」


その咆哮は空を裂き、遠くの雪山を揺るがせた。

ソレンディルは一瞬で状況を見極め、エルドリンの肩を掴む。


「今だ、撤退するよ! これ以上は危険すぎる!」

「了解!」


二人は同時に転移魔法を発動。光の残滓を残し、雪嶺から消えた。


――そして、街へ。


ギルド本部に駆け込んだエルドリンは息を整えながら報告した。

「黒い瘴気を放つ巨大な存在を確認。水源の汚染源は、恐らく“アンデッド・ドラゴン”です。」

室内にいたギルドマスターの表情が凍る。

ソレンディルも続けた。

「おそらく、かつてこの地を守護していた竜の成れの果て。

 長い年月で魂が歪み、瘴気そのものとなったのでしょう。」


エルドリンは唇を結び、地図を指さした。

「水源の汚染を防ぐため、川の手前にため池を二つ設けます。

 一つは土魔法で水をせき止め、もう一つは浄化魔法で生成した水を街に供給するように。」

「なるほど……被害を最小限に抑える策だな。」ギルドマスターがうなずいた。

「作業はすぐに開始します。」


エルドリンは休む間もなく現場へ向かい、魔力を集中させる。

土がうねり、石が組み合わさり、巨大な堤が形成されていく。

雪混じりの風の中、彼の背には使命の重さと、仲間への信頼があった。


一方、ソレンディルは魔導通信のスクロールを取り出した。

「――マルセル、聞こえるか? 異常個体を発見した。

 ……ああ、たぶん本物のアンデッド・ドラゴンだ。」

スクロールの向こうから、息をのむ音が聞こえる。

『……それは、ただの災厄じゃないな。よし、すぐ向かう。私の目で属性を確認する必要がある。』

「了解。悪いけど頼りにしてるよ。」


通信が切れた後、ソレンディルは雪原を見つめた。

風が吹き抜ける。彼女の瞳には、明確な戦火の予兆が映っていた。


――そして、ドラウセンの空が、静かに赤く染まり始める。


それは、新たな戦いの幕開けの色だった。




――夜が明けきる前のドラウセンは、白い息と金属の音に包まれていた。

雪が降りしきる鉱山の裾野。

空は灰色に沈み、冷たい風が戦場の匂いを運んでくる。


ソフィアは手袋の上から指先を組み、静かに祈りを捧げた。

「……聖なる光よ、我らの進む道を照らしたまえ。」


吐息が白く溶けて消える。

その背後では、ガルムが巨大なバスターソードとシールドを肩に担ぎ、雪を踏みしめていた。

アシュリーは白いマントを翻し、周囲の丘陵を見渡す。

そして――雪煙を裂いて、黒と白の縞模様の毛並みをした獣、レイジングクロウのナイトがソフィアの隣にぴたりと寄り添った。


「……ソフィア、冷えるだろ。大丈夫か?」

ガルムの声が低く響く。

ソフィアは微笑を浮かべた。

「大丈夫。……ナイトが落ち着かない様子なの。何か、感じとっているのかもしれない。」


テイムの契約によって、ソフィアとナイトは互いの感情をテレパシーで共有できる。

ナイトの耳がぴくりと動いた瞬間――その瞳が鋭く、鉱山の方角を射抜いた。


地の底から這い上がるような、低く濁った轟音。

雪が微かに震えた。


「……来たわね。」


ソフィアはナイトから降りると、素早く詠唱を始める。

「《ブレス・フォース》《アーマメント・フィールド》《セイクリッド・プロテクション》!」


青白い光が仲間たちを包み込み、身体強化と防御魔法の陣が重なっていく。

ガルムが盾を構え、アシュリーがクレイモアを肩に、雪原の彼方を睨んだ。


――黒い影が、うごめいている。

十……二十……いや、三百を超える。

大隊規模のオークが、咆哮とともに雪を蹴り上げて迫ってくる。


「数が多いな。」

ガルムの言葉に、アシュリーが薄く笑った。

「ちょうどいい運動になりますね。」


盾隊が前列に並び、弓隊と魔法隊が後方に配置される。

ガルムが剣を掲げて号令を放つ。

「囲まれるな! 先制魔法、撃て!」


アシュリーが片手にクレイモアを構え、氷の魔力を解き放った。

剣先に宿った蒼光が空へと散り――


「《フロスト・ランス》!」


鋭い氷槍が十数本、音もなく浮かび、轟音とともに放たれた。

先陣のオークたちが一斉に貫かれ、血飛沫が瞬時に凍り、白雪を紅に染める。

続いて冒険者たちの魔法隊が火と雷の魔法を重ねるが――それでも敵の波は止まらなかった。


後方から、さらに押し寄せる。

数は減らない。むしろ、地の底から湧いてくるように増えていく。


「ナイト、前へ!」

ソフィアの命令に応じて、ナイトが地を蹴る。

弓隊が一斉に矢を放つが、その巨体は風のようにそれをかわした。


「よし、盾隊、前進! ナイトが陽動している今のうちに押し返せ!」

「了解!」


盾の列が雪を蹴り上げる。

ナイトが先頭のオークに飛びかかり、その一撃で五体をまとめて吹き飛ばした。

そこへ剣士隊が突撃し、戦列が崩壊する。


ソフィアも駆け出し、聖印を握る。

「《ライト・ハンマー》!」


聖なる光が拳に宿り、彼女は迫るオークの胸甲を貫いた。

打撃は鎧を通して内側に響き、敵は血を吐いて倒れた。

立て続けに掌底を放ち、三体を撃ち倒す。

白い雪が、紅と黒に染まる。


その背後でアシュリーが剣を振るう。

氷結の刃が閃き、敵の腕を斬り飛ばし、次の瞬間には傷口が凍りつく。

「……邪魔。」

低く呟き、振り抜きざまに二体を凍らせて砕いた。


しかし――敵の数はまだ尽きない。

味方は六十。完全に数的不利だった。

盾隊が押し返され、弓隊が後退を余儀なくされる。


「ソフィア! アシュリー! 一度下がれ!」

ガルムの怒号が雪原に響く。

二人が後退した瞬間、後方から火球が飛ぶ。


「《ファイア・ボール・バースト》!」


轟音。

盾隊の前方が爆ぜ、炎が視界を覆う。

その隙に、味方は雪を蹴って後退を開始した。

殿しんがりは――ナイトとガルム。


「はぁっ!!」

ガルムのバスターソードが唸り、突進してきたオークをまとめて吹き飛ばす。

ナイトの咆哮が雪嵐を裂き、ガルムと並び立つ姿はまるで二つの巨壁だった。


「今です!」

ソフィアは両手を掲げ、聖印を描いた。

「《聖域結界ホーリーフィールド》――!」


黄金の光が円陣を描き、仲間たちを包み込む。

氷雪の世界に、まばゆい光の柱が立ち昇った。

その輝きはまるで――希望の灯火。


しかし、次の瞬間。


――空が、唸った。


北の山脈から、黒い影が風を裂いて降り立つ。

全身を黒鉄の鎧で覆い、片腕に棘の盾、そして棍棒のような大槌を携えた巨影。


身の丈三メートルを超える、オークの将軍――《アイアン・トゥース》。


その赤い瞳が、結界の中のソフィアを見据えた。

咆哮が空気を裂く。


「……あれが、奴らの頭か。」

ガルムの顔が険しくなる。


「まさか……ここまで来るなんて……っ!」

ソフィアが息を呑む間もなく――


轟音。

アイアン・トゥースの棍棒が振り下ろされ、大地が爆ぜた。

黄金の結界がきしみ、そして――ひび割れた。


「……嘘……!」


結界が砕ける音と同時に、ソフィアの胸に強烈な衝撃が走る。

聖印が眩しく光り、彼女の周囲に風が巻き上がった。


その瞳の奥――微かに、何かが覚醒するように光が揺らめいた。


――この戦いが、彼女の“運命”を変える。


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