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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
63/91

63、凱旋


翌朝。

山の稜線を朱に染めながら、朝日がゆっくりと昇っていった。

白い霧が尾根を流れ、岩肌に滴る露が黄金のように輝いている。

戦いの嵐が過ぎ去った後の静けさが、どこか神聖にも思えた。


司令部の天幕には、緊張と疲労がまだ漂っていた。

バルグとヴァレン、各部隊長、そしてエルドリン、イリス、ソレンディルが顔を揃える。

外からは風が帆布をはためかせる音と、遠くで鍋をかき混ぜる音が聞こえる。


各部隊の隊長はこの三日間の被害状況報告を待っていた。


テーブルの上に集計表が広げられる。

「被害状況は戦死十八、重傷五十。だが命に別状はない。……そして、最後の索敵を命ずる。」

バルグの低い声が天幕に響く。

「エルドリン、ソレンディル、イリス。これが最後の任務だ。お前たちの報告で、作戦の幕が閉じる。」


「了解しました。」

エルドリンが静かに答え、3人は天幕を出た。


外は澄んだ冷気に満ちていた。

岩と霜の匂いを含む風が頬をかすめる。

ガルムとアシュリーが見送りに立ち、互いにうなずき合う。


風の精霊が舞い、3人の身体が軽く宙に浮かぶ。

“ファラフィグメント”の魔法が発動し、音と気配が完全に遮断された。

山の尾根を越え、灰色の岩壁と青白い氷の谷が眼下に広がる。


どこまでも続く白い峰々――静寂が支配する空域で、索敵が進む。

やがて一刻が経ち、エルドリンが“ムーブ・メモリー”に手を当てた。

「こちらエルドリン、敵影なし。……二人はどうですか?」


「こちらも反応なし。」

「同じく。完全に沈黙しています。」


安堵の息が、魔法の通信越しに重なる。

「よし、帰還します。」


三人は風を切ってキャンプ地に向かって移動した。

降下して隠蔽を解いた瞬間、彼等の姿を確認した兵たちの歓声が上がる。



司令部の天幕の中は静かだった。

バルグ、ヴァレン、各部隊長らが椅子に座りじっとしていた。

今や遅しと、報告を待っていた。


静寂の中、全員が報告を待っていた。

エルドリンが幕を開け、堂々と歩み入る。


バルグが立ち上がり、目をカッと見開いた。


「結果を!」

「報告します――グリフォンの影はありません、全滅を確認。

 サンダーボルト作戦、完了です!」


一瞬の静寂のあと、天幕がどよめきに包まれた。

「よくやった! 皆、聞け! サンダーボルト作戦は成功だ!」

バルグの咆哮に、兵たちは歓声を上げ、互いに肩を叩き合った。

ソレンディルはイリスの肩を抱き、ガルムはバルグの腕を掴んで笑った。


ヴァレンは静かにエルドリンへ歩み寄り、右手を差し出した。

「……君を疑っていた。許してくれ。」

「いえ、責任ある立場として当然です。」

二人は固く握手を交わした。今度は互いに敬意を込めて。


イリスはそんな光景を見ながら、エルドリンが強者ヴァレンに認められた事が

まるで自分の事のように誇らしかった。


エルドリンがイリスの方に歩いて来る。

ふたりは視線を合わせ、言葉もなく通じ合っているようだ。


アシュリーは小声でつぶやいた。


「何と言うか、雰囲気変わりましたね?」

「野暮だね、アシュリー。」ソレンディルがジェスチャーで制した。

ガルムはにやりと笑い、ただ静かに見守っていた。


「フォルンハイムに戻ったら一杯やるか!」

バルグがガルムに声をかける。ガルムは右手を上げてそれに答えた。


エルドリンとイリスは仲間たちと食堂へ向かう。

「さあ、朝食にしよう。」


正午を迎え、各部隊が引き上げの準備にかかる。

各自準備が整った者から移動が始まる。



――帰還の途上。


新緑の緑が鮮やかな森を歩きながら、エルドリンは馬上の袋から何かを取り出した。

布に包まれたそれを、イリスの前に差し出した。


「……これは?」

「故郷のヴェリタス・ストーン製の軽装鎧とフルプレートだよ。そしてクレイモアだ。」

「私に?」

「あの戦いで、君が傷ついた姿を見た。軽装鎧、フルプレートは強力な魔法付与がかかっていて

 君を守るよ。そしてこの剣は鋭く、君の魔法付与を強くする。

 君の槍捌きと勇気を見た。ならば、この剣は君にこそふさわしい。」


イリスは目を見開き、やがて頬を染めて微笑んだ。

「ありがとう。……大切にします。」

「その笑顔を見られただけで、作戦の報酬以上の価値がある。」


その夜、野営地でふたりは稽古をした。

炎に照らされた剣の軌跡が、夜空に赤く弧を描く。

フルプレートは驚くほど軽く、クレイモアは手に吸いつくように馴染んだ。


「魔法付与があるとはいえ、こんなに動きやすいなんて……!」

「ヴェリタス・ストーンはマナとの親和性が高い。君ほどの騎士なら、

 マナの消費も抑えられるはずだ。炎を付与してみるといい。」


イリスが集中し、クレイモアが紅蓮に輝く。

炎が剣先を包み、周囲を淡く照らした。


「同じ魔法を使い続けるほど、起動は早くなる。

 この剣は、君と共に成長するだろう。」


エルドリンは、剣を握るイリスの手にそっと自分の手を重ねた。

その温もりが、戦場とは違う静けさをもたらす。


「……これは貴方が考えたの?」

「ああ、騎士団を離れ、自由に戦うための装備だ。

 君の新しい力になるだろう。」


食事のあと、焚火を囲んで肩を並べた二人の間には、もう気まずさも、遠慮もなかった。


「……また一緒に戦えますか?」

「いつでも。君が望む限り、私は君の隣に立つよ。」


夜空に瞬く星が、二人を祝福するように輝いていた。

こうして“サンダーボルト作戦”は完全に幕を下ろし、

新たな絆が――静かに、確かに芽生えたのだった。




――辺境都市フォルンハイム。


石畳に響く蹄音、兵たちの帰還を称える民衆の歓声。

城門をくぐる瞬間、空には鐘の音が鳴り渡った。


領主、辺境伯ヘルマン・クラウストが城門前に立ち、鎧に包まれた姿で出迎える。

「見事だ、バルグ殿。これで北方の脅威は退けられた。皆の働き、しかと記録に残そう。」

バルグは片膝をつき、頭を垂れる。

「閣下のご信任に報いられ、光栄の至り。」


エルドリンたちも一礼する。

「異邦の勇者エルドリン、その力、確かに見た。君がいたからこそ、彼らは生きて帰れたのだ。」

「恐れ多いお言葉です。」

エルドリンが静かに頭を下げると、イリスは隣で誇らしげに微笑んだ。


ヴァレンは帝都のクラン司令部を空けられず、先に帝都へ帰った。


その夜、辺境伯主催の凱旋の宴が開かれた。

エルドリンとイリスはワイングラスを手に、楽しげに語り合っている。


アシュリーはふくれっ面でつぶやいた。

「師匠がイリスに取られちゃいました……。」

「いいじゃない、今夜くらい。私とガルムが話し相手になるわ。」

「ん~~~……。」


――こうして“サンダーボルト作戦”は終わりを告げた。

ミスティクレスト公国の辺境都市フォルンハイムに、

エルドリンの名声は静かに、確かに広がり始めていた。


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