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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
62/91

62、焚火(たきび)

皆様いつもお読みいただきありがとうございます。この章はチェンソーマンの劇場版のエンディングで流れるJANEDOEを頭の中で何度も回っていたので書いてみたくなりました。

エルドリンに恋人が出来るとしたらどんな人が相応しいのか、彼はどんな人に惹かれるのか何人か候補を上げてイリスという人物の造形を作りました。


夜の山風が、焚火をぱちぱちと鳴らしていた。

炎に照らされたイリスの横顔は、普段の鋼のような威厳を帯びた騎士団長の姿ではなく、どこか儚さを帯びていた。


「私は……ずっと一人でした。」

イリスは膝に手を置き、静かに言葉を零した。

「団長という立場に立ってから、誰も私に並ぼうとしなくなった。尊敬と畏怖、そればかり。期待される“象徴”の仮面を外せば、失望されるのではないかと……怖かったのです。」


その声は震えていた。

「気づけば、自分の幸せなど考える余地はなくなっていました。重責に押し潰され、ありのままの私を出すこともできず……」


イリスは焚火を見つめながら、ゆっくりと吐息を洩らした。

「今回、こうして混成部隊に加わることになり、団長ではなく“ただの戦士”としている自分が、どう振る舞えばよいのか分からなくなりました。けれど……」


そこで彼女の視線は隣のエルドリンへと移る。

焚火の明かりが、彼の澄んだ横顔を照らしていた。


「あなたの姿を見て……羨ましかったのです。自由に、強く、迷いなく振る舞い、皆を導く。その姿は……私がずっと欲しかったものでした。」


イリスの胸は熱く、言葉は自然に溢れていた。

「“エーテリウムの残滓”なんて、夢物語だと思っていた。だけど、あなたの戦いを見ているうちに、その疑いは消えていった。気が付けば……あなたの一挙手一投足を追っている自分がいたのです。」

頬に朱が差す。

「次は何をするのかと、期待して胸を高鳴らせる自分に……戸惑って。」


焚火の音だけが二人の間を繋いだ。


しばらく黙っていたエルドリンが、やがて口を開いた。

「……私は、てっきり嫌われているのだと思っていました。騎士団長のあなたから見れば、私は奇矯な存在にしか見えないと。」


イリスは驚いて目を見開いた。

「嫌う? そんなはずは……」


エルドリンは首を振り、続ける。

「ですが、違った。あなたは強く、気高く、使命に殉じる姿を見せてくれた。

 その凛々しさは、尊敬の気持ちだけではない……」

そこで彼は少し言葉を探すように間を置いた。

「――それは私の心に宿った恋心なのではないかと、思い始めています。」


焚火が弾ける。

イリスは息を呑み、彼の視線を逸らせなかった。

彼女の瞳には、長い孤独の中で閉ざしていた心の扉が、いま静かに開かれていく光が宿っていた。


少し離れた場所で見守っていたソレンディルは、二人の様子を目にして微笑んだ。

「……ようやく、イリスに春が訪れたみたいだね。」

心の中でそう呟き、彼女は焚火に薪をくべた。



ぱちぱちと火の粉が舞い上がる。

その炎は、イリスとエルドリンの胸に芽生えた温かな想いを、そっと祝福しているかのようだった。



夜の焚火のもとで互いの心を打ち明け合った後も、二人はしばし沈黙の中にいた。

炎がぱちぱちと弾ける音だけが、夜の静けさに溶け込んでいく。



イリスはそっと目を伏せ、唇を噛みしめた。

「……こんなにも心が軽くなるのは、久しぶりです。」

その言葉には、長い孤独を背負ってきた騎士団長の素顔があった。


エルドリンは柔らかく笑みを浮かべ、まっすぐに彼女を見つめた。

「あなたが心を許してくれるなら、私はその信頼に応えたい。

 あなたが象徴である前に、一人の女性であることを……忘れないでください。」


イリスの胸に、じんわりと温かなものが広がった。

「……あなたがそう言ってくれるのなら、私はきっと、強くなれます。」


二人の間に、言葉以上の約束が交わされる。

――必ず、生きて帰る。互いを信じ、背を預け合う。


その静かな誓いを、少し離れた場所で聞いていたソレンディルは、焚火の火影に目を細めた。

「イリス……どうか、この出会いが、お前を縛っていた鎖を断ち切ってくれるものであるように。」

そう願いながら、彼女はそっと目を閉じた。



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