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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
61/91

61、怪物


「皆、聞いてください。」

エルドリンが右手を上げ、全員の注意を惹きつけた。


「なんだぁ、エルドリン。」

大盾を抱えたガルムが答える。


「万一の事を考えて、まず装備に上級付与魔法をかけます。身体強化も上級で行います。

 そして精神を強靱にする魔法も――脚が竦んでは生きて帰れませんから。」


「そりゃいいな。エルドリン、やってくれ。」

ガルムが豪快に笑う。


「それと……グリフォンとの近接戦闘について効果的な作戦を思いつきました。

 ガルムは体当たりを受け止める。身体強化すれば、あの巨躯でも単騎で耐えられるはずです。

 アシュリーとイリスは両脇を固め、私は中央から斬り込む。

 そこから至近距離で傷口に《氷槍アイスランス》を差し込みます。

 ソレンディル、タイミングを図って爆裂魔法を頼みます。

 それで敵の体力を削りましょう。」


「わかったわ。」

「了解した。」

ソレンディルとガルムが即答する。


一方でイリスとアシュリーは目を見合わせ、驚愕に息を呑んでいた。

常識外れの戦術に圧倒されたのだ。


「それでは、行きましょう。」

エルドリンの号令で一行は動き始めた。


冷たい風が山肌を撫でていた。尾根へ続く道は岩肌がむき出しで、日が差し込むと銀色に光り、

どこか氷の世界に似ていた。足場は不安定で、ひとたび滑れば谷底へと真っ逆さまだ。


エルドリンは先頭を進みながら、ちらりと後ろのイリスを振り返る。

彼女は長槍を背に負い、軽装の鎧を着けてはいるが、普段の優雅さからは想像できないほど

険しい表情をしていた。足取りは確かだが、その額には汗が浮かんでいる。


(まだ見えない敵に対して焦りを感じているのかな……?)

エルドリンの胸にわずかな不安がよぎる。だが彼女は仲間に弱みを見せぬよう、黙って険しい

尾根を踏みしめ続けていた。


やがて、尾根の向こうに巨大な巣が現れた。

枯れ木や岩を組み上げた粗野な塊の中に、灰色の雛が蠢いている。


索敵の魔法で確認すると、巣には雛鳥が三羽。


エルドリンがソレンディルに目配せをする。


「アイスランス。」


エルドリンが無詠唱のまま、氷槍が雛の周囲に出現し、一瞬後に「ドシュッ」と肉を貫いた。


「爆砕!」

ソレンディルが続けざまに詠唱し、氷槍は内部から炸裂した。轟音が山々に響き渡る。


絶命した雛を、エルドリンは火炎魔法で焼き払い、巣ごと灰に変えた。


その光景にイリスは呆然と立ち尽くす。

(無詠唱……あの氷槍は飛ばしたのではなく、雛の体に直接配置した……?)

常識では説明のつかない光景に、彼女の心は揺さぶられた。


「よし、次に移動だ。」

何事もなかったように歩き出すエルドリン。その背中を見つめ、イリスの胸はざわついていた。


巣を一つずつ潰していき、残りは最後の一つとなった。


「最後になりましたね……何も起こらなければいいけど。」

アシュリーが低く呟く。


その時だった。


「警戒!」

エルドリンの声が響く。


「頭の上だ!」

ガルムが叫んだ。


空を裂くように、巨影が降下してくる。


それは他の個体よりも倍近く巨大な怪物だった。

嘴は鋼鉄をも砕き、鉤爪は巨岩を粉砕する。羽ばたきの風圧だけで岩屑が吹き飛び、見上げた仲間の

足が思わず竦む。


「まさか、こんな奴が……当たりを引いたな!」

ガルムが皮肉を吐き捨て、タワーシールドを正面に構えた。


突進してきた怪物の体当たりを全身で受け止める。


「ドォン!」


大地を揺るがす衝撃。しかし身体強化と付与魔法で強化された盾と鎧は、なお耐えた。


「今だ!」


ガルムの影から、エルドリン、アシュリー、イリスが飛び出す。


エルドリンは風の精霊に乗って跳躍し、脳天に向けて斬馬刀を振り下ろす。

だが怪物は首をひねり、刃は紙一重で逸れた。


その隙を突いて、アシュリーが縮地で間合いを詰める。

渾身力で振り下ろしたクレイモアが羽根を裂き、鮮血が飛び散った。


「グアッ!」


苦鳴に振り向いた怪物の横腹を、イリスの槍が突き貫く。


「ドシュッ!」


槍で横薙ぎに傷口を広げる。彼女の瞳に、戦意と高揚が灯る。


エルドリンは巨体を蹴って宙返りし、傷口の至近距離から氷槍を2本突き刺した。


「ドスッ!」


さらに刀に氷結魔法をまとわせ、背中に深く突き刺した。


「開放!」


エルドリンは氷結魔法を開放して氷の槍を突き刺した。


エルドリンは風の精霊に乗って跳躍し背中から飛び出した。


「……爆裂。」


一連の動きを見ていた、ソレンディルが氷の槍を爆裂魔法で砕く。


「ギャオオーー!」


内側から爆砕され、怪物がもがき苦しむ。


しかし、怪物はそれでも倒れない!


一旦3人は距離を取る。


怪物は鋼鉄を砕く嘴でガルムの大盾をついばむ。


ガルムは右腕を前に出し、身体を大盾に対して直角に向けて、脚を広げて

攻撃を受け流した。


ソレンディルは怪物の目眩ましにファイヤーボールを放った。


それを合図にエルドリンが雷光を刀に宿して上段に構え、怪物の後ろから

強い踏み込みで力強く斬りかかる。


「ギョエーェェ!」


刀は怪物の硬い表皮を切り裂き体内に雷が走った。


イリスは槍の刀身に火炎を纏わせ、左前脚に鋭い一撃を差し込んだ。

「爆ぜろ!」

その言葉に応じて傷口が爆散した。

この攻撃で左前脚の鉤爪の攻撃を抑えられるはず。

しかし怪物はイリスを槍ごと振り回し、吹き飛ばした。


アシュリーが右前脚をクレイモアで狙うが、怪物は攻撃を読み鉤爪で

クレイモアを受け止めて、薙ぎ払った。


長い事無敵で生きてきた強者の勘が怪物に備わっているようだ。


エルドリンは縮地で怪物に自分の幻影を追わせた。

野生の魔獣は時に強い殺意を目でなく肌で感じ取る事がある。


ならばとエルドリンは殺意を抑えて、ひたすら回避してイリスと

アシュリーの戦線復帰の時間を稼ごうと考えた。


怪物は殺意のないエルドリンを眼で追い、嘴や鉤爪を使って攻撃するが

それをさらりと回避して見せた。


ソレンディルはエルドリンの目的を理解してアシュリーの元に風の精霊に

より瞬時に移動した。

「アシュリー生きてるか?」

「大丈夫です。凄い一撃に面食らってしまいましたが、身体強化で

 どこにも傷はありません。」

「わかった。」

アシュリーは怪物に向かって縮地で向かって行った。


ソレンディルはイリスの元に飛んで行く。

「イリス、生きてる?」

「生きてる。いったーい。」

イリスはアシュリーと違い軽装備の為、岩場で転がったせいで切り傷が

体中について、血が滲み出ていた。

ソレンディルは上級の治癒魔法でイリスの傷を癒やした。


「無理はしないように。」

「大丈夫、骨は折れてないから。まだ戦える。」

「わかったよ。今エルドリンとガルムが時間稼ぎをしている。

 アシュリーとイリスが揃うのを待ってる。」

「2人で?大隊で苦戦したのに……信じられない。」

「でも確実に怪物の体力は削られてると思う。」

「そうだよね、戦略は間違ってない。行くね!」

イリスは怪物に向かって走り出した。


ソレンディルはエーテリウムの雷撃魔法の奥義"トゥラント"を唱える。


エルドリンはソレンディルの様子を見ながら、ひたすら攻撃を回避する。


「みんな離れろ!」

エルドリンが叫ぶ。


怪物の周りにいる3人は一斉に後ろに回避した。


「雷光!怪物を射抜け!"トゥラント"」


凄まじい光の柱が怪物を貫く。怪物は一瞬動きを止めた。


「ガルム!今だ!」

「おうよ!」

大盾を捨てたガルムがバスターソードに持ち替える。

上段に構えながら魔石にマナを集める。

刃には炎の紋章と"炎の誇りを忘れるな"と文字が浮かび上がる。


上段から一閃する。怪物の肩口に刃が入り深く切り裂いた。

切られた部分に火焔が立ち上る。


怪物は消えない火焔に身を捩る。

「……ッ!」

声にならない叫びを上げた。


エルドリンが縮地で音もなく怪物の後ろについて斬馬刀で

右後脚を切断した。


アシュリーが脇腹をクレイモアでVの字に斬り裂き、イリスが切り口に

槍の刀身に火炎を纏わせ体内深く貫いた。

「爆ぜろ!」

「ドゥン!」

大きな音を立てて怪物の内臓が破裂した。


エルドリンが風の精霊によりふわりと怪物の上に飛び上がった。

前転しながら怪物の首を切断した。


巨躯の首が宙を舞い、轟音と共に地に倒れた。


「よっしゃー!」

ガルムが勝鬨を上げる。


「怪我はないか?」

エルドリンが皆に確認する。幸い致命傷を負った者はいない。


イリスは荒い息をつきながら、なおエルドリンの姿に目を奪われていた。

(あの戦いぶり……私の知る常識を、軽々と超えている……)


「どうだい? すごいだろ、エルドリンは。」

ソレンディルが笑みを浮かべ、横から声を掛ける。


「あ……うん。」

イリスは答えるのがやっとだった。

胸の奥で熱い何かが湧き上がるのを、抑えきれずに。


こうして、規格外の怪物を見事少人数で討ち果たした。


夕暮れが迫る中、一行は山を下り、バルグとヴァレンの待つキャンプ地へ戻った。

赤く染まった空に煙が漂い、兵たちが焚火を囲んで傷の手当てをしている。

所々に血の臭いが混じり、戦の緊張を物語っていた。



司令部の天幕には各部隊から隊長格が集まっていた。


バルグが大きな腕を組みながら待っていた。

「よく戻ったな。報告を聞かせろ。」


エルドリンが前に出る。

「巣は全て焼き払い、雛も全て片付けました。最後に規格外の個体に強襲されました。」

「何だと!」

「我々で斬り伏せました。遺体は私が収納しています。」

「死傷者は出なかったのか?」

「幸い全員無事です。」

「な……」

エルドリンの答えにバルグは言葉を無くしてしまった。

この2日間でどれほどの死傷者を出したと思っているんだ。

しかも、規格外の個体をたった5人で倒しただと!


「やはりな。お前は面白い!あれ程辛酸を与えられた相手に我らのクランメンバー

 でさえ死傷者が出たと言うのに、さすがだな"アンブレイカー"」

ヴァレンがエルドリンに言葉の刃を向ける。


場の空気が凍りつく。

「何がおっしゃりたいのか、私には分かりません。"被害を最小限に抑える"この命題を最優先に私は行動しました。相手の力量も知らない時点で、よもや始めからそうすべきだった等とは考えていないでしょうね。」

エルドリンが返し刀で答えた。


「そのような無粋な事、考えてないさ。君が我々の総力で出来なかった事を見事やり遂げたと、正直な感想を述べたまでだ。他意はない。君への嫉妬だ。」

ヴァレンは表情一つ変えずに答える。


「そうですか、それでしたら私は治療に当たります。失礼。」


エルドリンは振り返り、怪我人の集まるテントに向かって歩いて行った。

イリスとソレンディルが一緒についていった。


「エルドリンいつもああいう嫌がらせを受けてるの?」

「一々本気で対応してられませんよ、気にしていません。」


イリスはこのレイドで一番活躍しているのは、エルドリンではないのか。

しかも彼は、自分の手柄を自慢したりしない。

戦っている姿も良いが、こういった政争に巻き込まれても、相手の土俵にのらない大人な姿勢にも心地よさを感じた。


その夜は死傷者の生き残りを治療した。

全てが終わった時に既に12時を超えていた。

アシュリーは疲れて眠ってしまった。


焚火を囲みエルドリンとイリヤが並んで座っていた。


エルドリンは火を見つめながら、何気なく炎を見ていた。


彼は、ふと隣に座るイリスを見た。

彼女は槍を抱いたまま、炎の揺らめきに視線を落としている。

普段は毅然としている彼女が、今夜はどこか柔らかく見えた。


「どうでしたか?今日は無理をさせてしまいましたね。」

エルドリンの問いに、イリスは一瞬驚いたように顔を上げた。

「……そんな事ないです。でも、あなたがいるから。」

小さな声だったが、その言葉は焚き火の熱よりも強く、彼の胸を温めた。


エルドリンは何も言わず、ただ微かに笑んで頷いた。

イリスはその横顔を見つめ、心が少しずつ溶けていくのを感じていた。



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