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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
54/91

54、エテルナ・グレイシャーへ


翌朝


宿の前に豪華な馬車が迎えに来ていた。

昨日会ったのと同じ使えの者が来ていた。

「申し遅れました私はアルフォンス・グラナードと申します。

 今後よろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくお願いします。」


翡翠色の空が白んでいく頃、エルドリンたちは迎えの馬車に揺られて領主館へと向かっていた。

舗装の石畳に蹄鉄の音が響き、朝靄の中に重厚な館の輪郭が浮かび上がる。


館の前には四人の衛兵が槍を携え、無言で立ち塞がるように控えていた。

その姿は厳格で、訪れる者に領主の威厳を思い知らせる。

やがて館の扉が開き、中からは濃紺の礼装を纏った案内役が現れた。


「お待ちしておりました。領主様が朝食の席をご用意されております。

 どうぞこちらへ。」


石造りの階段を登り、大扉を潜れば、光あふれる長い廊下が広がる。

磨かれた床石は朝の光を反射し、壁には歴代領主の肖像画が並んでいた。

案内人に従い進むと、扉の向こうに温かな香りと談笑が待ち受けていた。


広々としたダイニングホール。

長いテーブルの上には銀の燭台に灯が揺れ、焼きたてのパン、香り高いハーブスープ、山鳥のローストが彩りを添えている。


席の上座には領主コンラット・メルヴィンが腰を掛けていた。

五十路に差し掛かりながらも背筋はまっすぐで、その眼差しは民を護る気概に満ちている。


「──ようこそ、勇敢なる冒険者たちよ。」

領主は立ち上がり、両手を広げて迎えた。


エルドリンたちは深々と礼を取り、各々が席についた。

食前の挨拶を交わした後、コンラットは柔らかい声で問いかける。

「卿らがこのラーデンを訪れた目的、それを聞かせていただけるか。」


エルドリンは正面から視線を受け止め、静かに答えた。

「我らは《アンブレイク・ハート》。大陸中央に眠る古代遺跡の街を目指す旅の途上にございます。

 その道すがら、貴地を経由いたしました。」


領主は一度目を細め、考え込むように頷く。

「なるほど……遺跡の街へか。」


その時、扉が勢いよく開かれた。

「領主様──っ! 失礼いたします!」


駆け込んできたのは、冒険者ギルドマスター、グラントであった。

額には汗を浮かべ、荒い息を整えながら声を張る。

「《アンブレイク・ハート》の皆様が……すでに領主様のもとへと参られていたとは!」


静謐な朝の食卓に、一転してざわめきが広がった。

領主コンラットは苦笑を浮かべつつも、落ち着いた声でグラントを制した。

「よい。彼らはすでに我が客人だ。腰を落ち着け、話を共に聞くがよい。」


その一言で場は静まり返り、蝋燭の炎が再び穏やかに揺れた。

やがて、宿命を告げるような本題が、この食卓に落とされるのだった。


グラントの席も用意され朝食を食べた。

そして食事が終わるとテーブルが片付けられて、紅茶が並べられた。


「我が領ラーデンにも深き憂慮がある。西の山脈、エテルナ・グレイシャー。

 そこより、異形の巨影が現れ、我が民を脅かしておる。」


領主は重く息を吐き、沈痛な面持ちで言葉を続けた。


「……既に三度、冒険者ギルドに依頼を出した。だが、戻った者は誰ひとりおらぬ。

 まるで霧の中に消えたように、消息は絶たれておる。」


「領主様、恐れながら調査の依頼を《アンブレイク・ハート》に託してはどうでしょうか。」


領主コンラットはしばし考え、静かに頷いた。

「しかし、危険な依頼だ。それに自らの使命の旅路に立ち寄った地で、命をかける必要はあるまい。」


「その異形の巨影はどれくらいの大きさで何色だったの?」

ソレンディルがグラントに問いかける。


「大きさは大体10メートル程、色は雪山のそれと同じ、氷のようだったと聞いております。」

グラントが依頼時に麓にあるグルジア村からの報告書を読み上げる。


「それは多分、フロスト・ジャイアントかもね。」


「な・なんと正体を知っておるのか?」

ソレンディルの答えに領主は驚いた。


「私の国の伝承に古代の知を持つフロスト・ジャイアントが伝わっているわ。

 身長は 10〜12メートルほど、岩山のように屹立する巨躯。肌は氷の大地そのもののように蒼白い。」


「人に仇をなす存在か!?」


「彼等は短い命を生きる小さい存在に興味はないわ、領域を侵さない限り手を出して来ないでしょうね。」


「フロスト・ジャイアントかぁ、そりゃでかいな。ガッハッツハ!」

ソレンディルの言葉に開き直ったガルムが大きく笑った。


「ならば冒険者達は生きている可能性がありますね。」

エルドリンが付け加えると、領主とグラントは眼を合わせる。

既に死亡の覚悟と、厄災の危機的状況に巻き込まれていると思い至っていた

領主の希望の光が見えたようだった。


「そなたらが……。我が領の希望を託すに値しよう。」


そして重々しく言い放つ。

「──《アンブレイク・ハート》よ。エテルナ・グレイシャーに潜む脅威の真実を暴き、我が民を安寧へ導いてはくれぬか。」


その声は広間に響き渡り、蝋燭の炎がわずかに揺れた。

冒険者たちの次なる試練が、いよいよ姿を現したのであった。

重々しい依頼の言葉に、四人は静かにうなずいた。


「それでは急ぎ行動を起こしましょう。」

「何か必要な物がありますか?」

「ありません。」

「それなら馬車を使ってくれないか。馬車であれば4~5日で行ける。我が民を頼む。」

エルドリンは頷くと案内係に連れられて館の入口に案内された。

馬車に乗り込み麓の村グルジアに向かった。


「ソレンディル、フロスト・ジャイアントについて教えて下さい。」

「わかったわ。」

伝承によると氷雪魔法の極致まで行使出来る。太古より世界を見つめ、文明の興亡や神々との戦を記憶している。叡智の継承者である。数千年を生きるとされ、死に際すら氷山となって眠り続ける。

世界を「永劫の循環」と捉え、人間や小種族の争いを「一過の熱狂」と見下しつつも、真に価値あるものには敬意を払う。嘘や裏切りを最も嫌い、誠実さを持つ者にだけ協力する。

神々に抗った巨人種の末裔でありながら、戦を嫌い「氷壁の奥」に退いた存在。

無闇に攻撃を仕掛けて来たり、好戦的ではない事は確かだ。

話し合う余地は残されていた。しかし、数千年を生きる種族の言語が分かるだろうか。

エルドリンは不安を残しながら、馬車に揺られていた。


エルドリン一行は領主館を後にし、与えられた馬車で北へと進んだ。

街道を離れ、山裾をかすめる細い道を行けば、やがて視界の先に小さな集落が見えてきた。


そこが、件のグルジア村であった。


木造の家々は雪に削られたかのように風雨に晒され、煙突から立ち上る煙もまばら。

村全体に怯えの影が覆っていた。

子どもたちは旅人の姿に驚いて家の影へと駆け込み、大人たちは不安げにこちらを伺う。


村長と思しき白髪の老人が、杖をつきながらゆっくりと歩み寄ってきた。

「……冒険者殿か。ラーデンの領主様から聞いておる。わしは、この村の長、ゲルハルトじゃ。」


エルドリンは一礼し、低い声で応じた。

「我ら《アンブレイク・ハート》。依頼を受けて参上しました。

 詳しい話を伺ってもよろしいでしょうか。」


老人は深く頷き、震える手で村の北方を指差した。

「……あれは三月ほど前じゃ。山の白霧が濃く降りた日に、村の狩人が見たそうな。

 氷壁のような巨人が谷を渡ってゆく姿を……。その姿は恐ろしいものだった。」


ソレンディルが目を細める。「恐ろしいもの?」


「人の形をしておったが……背丈は10メートル位だったかの。

 その瞳は深海の氷層のような蒼光に見えたと……。

 狩人は恐れおののき、命からがら逃げ帰った。」


老人は声を潜める。

「それ以来、山に近づいた者は戻らぬ。三度、冒険者が来たが……

 皆、音沙汰なし。わしらは、もう祈るしかないのじゃ。」


その言葉を聞き、アシュリーは唇をかみしめた。

「……ここで止まるわけにはいきませんね。」


ガルムは肩を回し、大剣を背に担ぎ直す。

「巨人だろうが化け物だろうが、叩き斬れば済む話だ。」


ソレンディルは険しい表情で続ける。

「フロスト・ジャイアントに魔法が効かない可能性が高い。」


エルドリンは仲間を振り返り、静かに言った。

「恐怖が村を縛っている。ならば、俺たちがその鎖を断ち切る。

 行こう──エテルナ・グレイシャーへ。」


その言葉に、仲間たちは頷いた。

山脈の頂に潜む「真実」へ向け、彼らの歩みは止まらなかった。



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