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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
51/91

51、放たれた"殺意"


昼下がりの陽光が頭上に差し込む頃。

エルドリン一行は木陰を見つけ、テント用の敷布を地面に広げた。

その上に簡易テーブルを置き、宿屋から持たされた昼食を丁寧に並べていく。

木々の間を吹き抜ける風が心地よく、野営の昼食とは思えぬほど穏やかな空気が漂っていた。


エルドリンは一人ひとりに皿とカトラリーを渡し、手を合わせる。

「――いただきます。」

「どうぞ、遠慮なく。」


その声を合図に、仲間たちは一斉に食べ始めた。

肉の香ばしい匂いと、焼き立ての黒パンの香りが鼻をくすぐる。


食事が一段落した頃、エルドリンが口を開いた。

「商都ラーデンまでは……確か三日かかると宿屋で聞きました。

 途中の小さな街で宿を取りますか? それとも野宿で進みますか?」


ガルムは咀嚼を終えてから、低く答える。

「街に寄るのは危ういな。俺たちが狙われているとすれば、路地に追い込まれる危険がある。

 それに戦闘になれば街に被害を出すかもしれん。……なら、野宿の方がまだ安全だ。」


彼の言葉に、エルドリンは静かにうなずいた。

「……確かに。狭い場所では魔法も使いづらい。相手が数で押してきたら厄介ですね。」


ソレンディルがパンをかじりながら微笑む。

「それならちょうどいいわ。――この先の森、魔獣が出るって聞いたの。

 少し運動して、鈍った体を慣らしましょうよ。」


「それは賛成ですね。」

エルドリンは即答した。考え込んで陰鬱とするより、剣を振るい体を動かす方が性に合っていた。


アシュリーも嬉しそうに頷く。

「魔獣退治なら経験も積めますし、気分転換にもなりますね。」


ガルムは肩をすくめ、苦笑交じりに言った。

「全員、結局そっちの方が気が楽って顔してやがるな。」


ソレンディルがからかうように笑い返す。

「あなたもね、ガルム。」


仲間たちのやり取りに、木漏れ日が揺れる。

緊張と陰謀の気配が絶えない旅路の中で、ほんの束の間だけ訪れた穏やかな昼下がりだった。


「――食べ終わったら少し休みましょう。休憩後、森に入ります。」

エルドリンの声に、一行は無言でうなずいた。


遠い空の下、確かに次の戦いの気配が待ち構えている。

だが今は、仲間と共に食卓を囲むこの時間が何よりの糧だった。




――重厚な謁見の間に、皇帝ネフィロス・エンペリアの声が轟いた。

「愚か者ども……! 余の許しもなく、王国の使命を帯びし者たちに干渉するとは、帝国の恥である!」


第一皇子アルディン、第二皇子イヴォリー、第三皇子マーシャルの三人は、冷や汗を流しながらひざまずいていた。


アルディンが口を開く。

「父上、我らはただ、闘技場で強さを見せた"アンブレイカー"と呼ばれる者が真に王国の使いであるかを試したまでにございます!

もしや王国の陰謀ではと――」


「黙れ!」

皇帝の一喝に大理石の壁が震えた。


イヴォリーも必死に抗弁する。

「陛下、我らは帝国のためを思い……その、威を――」


「威は余が示すものだ! お前たちが振りかざすものではない!」


皇帝の眼光は烈火のようで、皇子たちは頭を垂れるしかなかった。


そのとき、列の端に控えていた兜を脱いでフルプレートに赤のマントをつけた男が一歩前に出た。

白銀の髪を持つクランマスター、ヴァレン。

帝都では第三皇太子の護衛任務を受け、今では冒険者組合を束ね、皇帝からも信を置かれる存在である。


深く頭を垂れ、静かに口を開いた。

「――陛下、僭越ながら、少しお言葉を挟ませていただきたく存じます。」


皇帝は怒気を残したままも、その声を聞き分けるように視線を落とす。

「申してみよ、ヴァレン。」


「このたびの皇子殿下方の振る舞い、確かに軽挙にございます。

 しかしながら、殿下方は決して帝国を貶める意図などお持ちではなく……

 むしろ、帝国の威を他国に示そうと、若き血に駆られたゆえの行いでございましょう。」


マーシャルが顔を上げ、必死に頷いた。

「そ、そうなのです父上! 我らは……!」


皇帝は睨みを残しつつも沈黙する。ヴァレンは言葉を続けた。


「陛下、"アンブレイカー"を含めた”アンブレイク・ハート”の者たちはアルカディア王国の使命を帯びた存在。これはもはや公爵エドガー殿、宰相アルトリウス殿の書簡により確たるもの。

 ゆえに一切の手出しはなりませぬ。

 しかし……殿下方の若き血潮は、帝国の未来にとって決して無駄にはならぬと、私は信じております。」


玉座に沈む皇帝の目は依然として鋭かった。だがその奥に、わずかな考慮の色が宿る。

「……ヴァレン。お前の言葉は理である。だが、理とて軽挙を許す免罪符にはならぬ。」


「無論にございます、陛下。

 殿下方には、この一件を深く胸に刻み、再び同じ過ちを繰り返さぬこと。

 その責は私めも共に負い、帝都の冒険者たちにも徹底して伝えましょう。」


皇帝は長く息を吐き、やがて重々しく頷いた。


「よかろう。余はアンブレイク・ハートへの干渉を禁ずる。

 ……皇子三人は、その命令を以後一片たりとも破ってはならぬ。

 分かったな。」


三人の皇子は震える声で「はっ……!」と答えた。


皇帝は玉座に深く身を沈め、低く告げる。

「若さゆえの血気盛んは許そう。だが、帝国を背負うのはお前たちの驕りではなく、余の威であることを忘れるな。」


静寂の中、ヴァレンだけが深く礼をとり、皇帝の怒りを鎮めた空気を包み込むように閉じていった。



重厚な扉が閉じられ、皇帝の謁見の間を後にした三人の皇子たち。

長い回廊を進む間も、彼らの顔には未だ冷や汗が残っていた。


アルディンが低い声で吐き出す。

「……あのままでは、父上に見限られていたな。」


イヴォリーが苦々しく頷く。

「危うく後継の座どころか、立場そのものを失うところだった。」


マーシャルは若さゆえに未練を隠せず、悔しげに拳を握る。

「だが、父上にまで『余の威を忘れるな』と……屈辱だ。

 あの様な冒険者ごときに……!」


そのとき、背後から足音が響く。

振り返ると、ヴァレンがゆっくりと歩いてきていた。

彼はいつもの穏やかな笑みを崩さず、ただ一言。


「殿下方――余計な言葉は、壁にも耳がある廊下では慎まれることですぞ。」


三人は思わず口を噤む。

だがヴァレンは叱るでもなく、静かに続けた。


「今日、陛下がなぜあそこまでお怒りになったか……お分かりですな?

 帝国の威を軽んじたからではない。

 『皇子が帝国を代弁しようとした』からです。

 それは、皇帝の座を侵すことと同義。……重く心に刻まれよ。」


アルディンが沈黙を破った。

「……助けられたな、我らは。」


イヴォリーも渋々ながら頷く。

「そうだ。父上の怒りを収めたのは、ヴァレン、そなたの言葉だ。」


マーシャルは複雑そうに唇を噛み、やがて小さく呟いた。

「……借りを作ったつもりはない。だが……礼は言おう。助かった。」


ヴァレンは深く頭を下げることもなく、ただ柔らかに微笑んだ。

「礼など不要にございます。殿下方が未来を担うお方である以上、

 私どもは支えとなるのが務めです。」


その声音には、威圧も諫めもない。

ただ、長い年月で磨かれた重みと温かさがあった。


三人の皇子は互いに顔を見合わせ、言葉少なに歩き出す。

その背を見送りながら、ヴァレンは心中でひとり呟いた。


(――これでアホ共の横槍は入らないだろう。しかし既に放たれた刺客には伝わらぬだろう。取り急ぎクランで情報を共有しないとな。)

彼は一筋縄ではいかない男である。



――一方、鬱蒼とした森に足を踏み入れたエルドリン一行。

昼なお薄暗く、木々の間を抜ける風がざわめきを運ぶ。

鳥の声も絶え、獣の気配すらない――。


「……出るな、これは。」

ガルムがバスターソードを肩に担ぎ、獣じみた勘で空を見上げた。


次の瞬間、風を切る轟音。

影が差し込み、枝葉が裂け飛んだ。


「来たぞ――ウィズドウィングだ!」


巨大な黒翼を広げた怪鳥が降下してきた。赤く光る瞳、鋭いくちばし。

鎧ごと穿つ鉤爪がきらめき、森の空気が一瞬にして血なまぐさく変わる。


ガルムが大地を蹴り、豪快にバスターソードを振り上げる。

「上から来るなら叩き落とすまでだァッ!」


だが怪鳥は翼を翻し、爪で大木を裂きながら高く舞い上がる。

「速い……!」とソレンディルが目を細め、杖を構える。


「《氷槍アイスランス》!」

氷の槍が幾本も放たれ、空を裂く。しかし怪鳥は紙一重でかわし、爪を振り下ろす。


「くっ……!」

ソレンディルが木陰に飛び退き、爪が大地を抉る。


エルドリンが仲間に声を飛ばす。

「俺が引きつける! アシュリー、突きで狙え!」


「了解!」

アシュリーの瞳は鋭く光り、片手剣を構えた。彼の呼吸が敵の動きを読む。


エルドリンは片刃の刀を抜き、並列思考で抜刀と魔法を同時に展開する。


「――《雷閃ライトニング》!」


雷光が刃を包み、怪鳥の突進と正面から激突した。

爪と刀が火花を散らす。

重圧で押し潰されそうになるも、エルドリンは一歩も退かない。


「今だ、アシュリー!」


アシュリーの体が地を蹴り、風を切った。

怪鳥の死角に滑り込み、その眼を射抜くように鋭い突きを放つ。


「――穿てぇっ!」


剣先が黒い羽毛を裂き、怪鳥の肩口を貫いた。


「ギャアアアアッ!」


凄絶な悲鳴と共に怪鳥が暴れ狂う。


ソレンディルが次の詠唱に入る。

「《雷鎖ライトニング・チェイン》!」


雷の鎖が放たれ、傷口から走った電撃が怪鳥の翼を痺れさせる。


「ガルム! 今だ!」

「任せろォッ!」

オーガの巨体が跳び上がり、バスターソードが振り下ろされる。

轟音と共に怪鳥の片翼が叩き折られ、血飛沫が森を染めた。


羽ばたきを失い、怪鳥はバランスを崩して墜落。

大地を揺らす衝撃の中、エルドリンが止めを狙う。


「これで終わりだ……!」

雷光をまとった片刃の刀が、怪鳥の首筋を閃光のごとく走った。

黒翼の魔獣は断末魔をあげ、やがて沈黙した。



荒い息を吐きながらも、全員が立っていた。

アシュリーは剣を収め、額の汗を拭った。

「……やっと、倒せましたね。」


ソレンディルは枝に寄りかかり、疲れ笑いを浮かべる。

「やっぱり私、素早く飛ぶ相手は苦手だわ……雷魔法を使っても、やっぱり厄介。」


ガルムは豪快に笑い声を上げ、バスターソードを地面に突き立てた。

「だが、こういう戦いこそ血が騒ぐ!上から来ようが、ぶっ叩けば同じだ!」


エルドリンは仲間たちを見渡し、静かにうなずく。

「全員無事で何よりです。……森は、これからもっと険しくなります。

 気を引き締めて進みましょう。」


風に乗って羽毛が散り、森は再び静寂を取り戻した。



怪鳥の死骸を背に、エルドリンたちは息を整えていた。

しかし、森の静寂は長くは続かなかった。


――カサリ。


微かな衣擦れの音。気配を読んだエルドリンの目が鋭くなる。


「……来るぞ!」


その声と同時に、木々の影から漆黒の影が次々と飛び出した。

全身を黒装束で覆う、暗殺ギルドの刺客。


「暗殺ギルド……!」


ソレンディルが杖を握り締める。


最初に動いたのはアシュリーだった。

黒影の一人が投げ放った暗器を弾き返し、喉元へ鋭い突きを突き込む。

黒装束の男が呻き声を上げる間もなく血を吐いて崩れた。


だがその直後、別の影が背後に迫る。


「後ろッ!」

エルドリンが刀を振り抜き、間一髪で黒小刀を弾いた。

火花と共に腕ごと裂き飛ばす。

血が木の根に散り、赤黒い染みを広げる。


「ぐっ……麻痺毒か!」

ガルムの腕に刺さった短剣が紫に光り、筋肉を痺れさせる。

しかし、オーガは豪快に吠えた。


「小細工が通じるかァッ!」

片腕が動かぬまま、もう片腕だけでバスターソードを薙ぎ払う。

三人の暗殺者がまとめて両断され、血しぶきが霧のように舞った。



ソレンディルは前に出ると詠唱を叩きつけた。


「《氷結のブリザード》!」


白い嵐が森を包み、影たちの動きを封じる。

そこへ追撃するように雷光を走らせた。


「《雷槍ライトニング・スピア》!」


凍りついた暗殺者たちが雷撃で次々と焼かれ、焦げた匂いが広がる。



しかし数は多い。

残り十人以上が木々を縫うように走り、四方から同時に襲いかかる。

毒霧の小瓶が破裂し、視界が霞む。


「下がれ! 毒だ!」


エルドリンは口布を引き上げ、並列思考で毒霧の流れを読み切る。


「突破する!」


雷を纏った片刃の刀で霧を裂き、飛び込んでくる刺客の胴を一閃。

血が霧に混じり、紅に染まる。


アシュリーは冷静に敵の動きを見切り、喉、心臓、関節――急所のみを正確に突き貫く。


「次、次……! どこからでも来い!」


彼の周囲には血溜まりが広がり、黒装束の屍が累々と重なっていく。


ガルムは毒で動きが鈍るも、なお咆哮し剛力で敵を潰す。


ソレンディルの魔法が後方から援護し、氷と雷の轟きが森に響いた。


そしてエルドリンは仲間の盾となり、刀で繰り出される無数の刃を受け流し、斬り伏せ続ける。


「……鋭いが、襲う相手を間違えたようですね!」



最後の一人が木陰に身を隠し、毒の短刀を投げ放った。

それをアシュリーが見切り、一瞬の突きで刃ごと相手の喉を穿つ。


「……終わったか。」

息を切らし、仲間たちは辺りを見渡す。


森の地面は赤黒く濡れ、屍と血が散乱していた。

死臭と鉄錆の匂いが風に乗り、戦場の冷たい静寂が戻ってくる。


「暗殺ギルド……やはり、狙いは俺たちか。」


エルドリンは血の付いた刀を振り払い、険しい眼差しで森の奥を睨んだ。


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