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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
50/91

50、帝都を去る


エルドリンが特別席に戻ると、場の空気が一変した。

重装備に身を固めた兵団が堂々と入場してきたのだ。


先頭に立つ大柄なオークが声を張る。

「クラン《ファイヤクラフティ》第一部隊・重装歩兵隊《赤鉄の壁》。

 我が名はグロム・アイアンハイド。以後、エルドリン様御一行の警備を任ずる!」


その重々しい声に、場内の観客席もざわめきを抑えた。


ソレンディルは小さく息を吐く。

「対応が速いね……。宿に戻って外部との接触を絶たれると思っていたが……」


「残念だが、バルグの戦いは見られん。宿に戻るとしよう。」

ガルムが立ち上がると、他の仲間も自然と立ち上がった。


「エスコートをお願いします。」

エルドリンの言葉に、グロムは短く頷く。

「了解。」


その簡潔な返答だけで、エルドリンは兵団の規律の高さを感じ取った。


――闘技場の外、既に馬車が用意されていた。

六頭の赤い軍馬が鎧をまとい、騎兵がきらびやかに控えている。


一行が乗り込むと、馬車はゆるやかに動き出す。

その中でエルドリンはアシュリーに向き直った。


「アシュリー、巻き込んで済まない。しばらく《アンブレイク・ハート》の一員として同行してほしい。仲間として共にいれば、安全を保証する。」

「いいえ、エルドリン。未熟な私を拾っていただいたことこそ光栄です。……よろしくお願いします。」


その言葉に、仲間たちもわずかに緊張を解いた。


宿《金薔薇の館》。

部屋に通されると、グロムは低い声で告げた。

「建物からの外出は禁ずる。クランの許可なく外部の者と接触することも……心得ていただきたい。」


「……大人しくするしかないか。」

ガルムが腕を組み、ソレンディルは肩をすくめる。


エルドリンは静かにアシュリーへ目を向けた。

「疑問があるようだな。」

「……やはり権力闘争に巻き込まれた、と考えて間違いないですよね?」

「その通りだ。」


エルドリンはため息を一つつき、バスルームに向かった。

湯を張り、音を遮ると、腰袋から魔道具ムーブ・メモリーを取り出し、魔術通信を起動する。


映し出されたのは、アルカディア王国公爵――エルドリンの父、エドガーであった。


「父上、よろしいでしょうか。」

「……エルドリック。どうした?」


父が本名を口にしたのは、ただならぬ気配を察したからだ。

エルドリンは昨日からの経緯を一気に説明した。


「……そうか、大変であったな。」


エドガーの声は重いが、息子をねぎらう温かさも含んでいた。


「それで、隣国の内通者の件は?」

「すでに手は打った。情報を漏らした貴族に誤報を流し、軍を“森林調査”と偽って出立させた。それに釣られた裏切り者――ギリアム卿、ダミアノ卿、ニコルス卿は蜂起した。だが王都には半数の軍を残していたため、すぐに鎮圧。三家は一族・配下ごと捕縛した。」


「……さすがです。」


「さらに国境には伏兵を置いた。皇帝軍が雪崩れ込まぬようにな。――そしてこの結果をもって皇帝に伝えた。『アルカディアは裏切らぬ』とな。」


エルドリンは静かに頷いた。

「ならば、《アンブレイク・ハート》への手出し無用と警告を出してください。それで行動の自由が得られるはずです。」


「お前が政争を嫌っていたのは知っている……。巻き込んで済まぬ。」

「いいえ。仲間に良い報告ができそうです。……では。」


通信を終えると、エルドリンは簡潔な報告を紙にまとめ、アシュリーへ渡した。

「仲間に回してくれ。監視がある。余計な会話は避けるべきだ。」


三人は頷き、無言で茶を口にした。

沈黙だけが、彼らの決意を守る盾となった。



同じ頃、帝都《鋼獅子の牙》クラン支部。


夜更けの会議室に、重苦しい空気が漂っていた。

幕僚たちが並ぶ中、クランマスター・ヴァレンが姿を現す。

銀髪を束ね、冷徹な眼光を持つその男は、一声で場を制した。


「……報告は受けた。皇太子たちは“アンブレイカー”を奪い合うつもりだと。」

「はい。第一は排除を、第二は強制的な勧誘を。第三は……勇者に仕立て上げようとしています。」


「愚かだ。」ヴァレンの指が机を叩く。

「抗争を長引かせれば、帝国全体の火種となる。だが――良い知らせもある。」


「……?」


「皇帝の策は不発に終わった。アルカディアの裏切り貴族は捕縛され、諜報拠点も潰された。そして皇帝は“アンブレイク・ハート”への手出しを禁じた。つまり……“手出し無用”だ。」


場に安堵の息が漏れる。


「とはいえ、監視は続ける。セリス、ライサの影走りに監視を引き継がせろ。」

「了解しました。」


「……バルグ、お前はどう見る。“アンブレイカー”にそれほどの価値があるか?」

「あるな。あのガルムを破り、誰もが手を焼いた黒き終焉のウィルに勝利した。

 あれは本物の“剣”になるだろう。」


「ははっ、ガルムに勝ったのか!

 ふむ……。ならば私も会ってみたいものだ。」


そう言い残し、ヴァレンは明日の警備計画に話題を移した。



翌朝。


帝都の南門を抜け、エルドリン一行は商都ラーデンへ向かう街道を進んでいた。

ガルムは黙々と前を行き、ソレンディルは背後を警戒し、アシュリーは息を整えながら歩を速める。


「……やっと出られましたね。」

「だが油断はできん。」ガルムが低く答える。

「帝都は陰湿すぎたわね。」ソレンディルが空を仰ぐ。


エルドリンはただ黙して前を見据えた。

その背には仲間を守る覚悟と、帝都の闇を背負った重みが宿っていた。


――しかし、彼らは知らない。

すでに第一皇太子と第二皇太子の密偵が尾を引き、

行く先々で試練が待ち受けていることを。


帝都を離れた旅は、自由への道であると同時に、権謀術数の渦中への入口でもあった。



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