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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
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49、動き出した"思惑"


闘技場の控室で、バルグは腕を組み椅子に腰を下ろし、静かに思索を巡らせていた。

この御前試合は単なる競技ではない。

各皇太子の代表が勝敗を収めることで、帝都における支持基盤が動き、権力地図が書き換わる。


しかし、一方的な勝利は権力抗争を終わらせてしまう。クランの狙いは逆だ。

――権力抗争を長引かせ、各皇太子の陣営に「必要な存在」として食い込み、最終的にクランを帝国の政治から無視できない勢力として認めさせること。


クランのストーリーに石を投げ込んで波紋を作ったイレギュラーが“アンブレイカー”エルドリンだ。


「……民衆は“勇者”を欲している。」


第三皇太子がそう考え、独断で彼を取り込もうと動いたとすれば――当然、エルドリンは断るだろう。

だが、その動きは他の皇太子陣営にも波紋を呼ぶ。


もし他の勢力に取り込まれるなら、いずれ誰かが「()()()()()()」と考える危険もある。


「……こいつはやっかいだな。」

バルグは低くつぶやいた。


彼はすぐに懸念をメモ用紙に書き留め、それを従者リオに渡す。

「リオ、すまないがこのメモを副マスターのセリスに急いで届けろ。」

「承知しました。」

リオは小走りに控室を出ていった。




一方その頃、エルドリンはガルム、ソレンディル、アシュリーと共に特別観覧席から試合を見ていた。

歓声に沸く闘技場を楽しんでいたその時、黒服の男が近づいてきた。


「初めまして、エルドリン様。

 わたくしは第三皇太子マーシャル・エンペリア殿下の付き人、ワイズと申します。

 殿下がぜひお会いしたいと仰せで……。お時間をいただけますでしょうか?」


エルドリンは即答を避ける。皇太子の誘いを断るのは得策ではない。

「……本日は観覧が目的ですが、時間は取れます。」

「よろしければ、今からでも。」

「構いません。」


エルドリンはワイズの後について歩き出す。


その様子を見たソレンディルは、ガルムと顔を寄せて小声で囁いた。

「ねぇ、あれって……バルグのクランは承知してるの?」

「いや、エルドリンはバルグにはっきり断ったはずだ。殿下の独断だろうな。」

「やっぱり。……となると、第一、第二皇太子も接触してくるんじゃない?」

「その可能性は高い。バルグも気づいているだろう。」

「……もしもの時は、すぐ動ける準備をしておかないとね。」


ソレンディルはアシュリーの方に振り向き

「巻き込んで申し訳ないね。」

そう告げるとアシュリーに今の状況を伝え、身支度を整えるよう忠告した。




ワイズに導かれたエルドリンは、近衛兵に守られた特別観覧席の前に立つ。

「お連れしました。」

扉が開かれると、そこは豪奢だが狭すぎず、まさに皇族の私室といった趣だった。


「おお、よくぞ来てくれた。エルドリン殿!」

緋色の衣を纏う第三皇太子マーシャル・エンペリアが立ち上がり、にこやかに手を広げる。

聡明そうな青年で、その眼差しには誠実さと野心の光が宿っていた。


「どうぞ、こちらへ。」

勧められるまま、エルドリンは隣に腰を下ろす。

殿下は昨日の試合を熱く語り、彼の戦いぶりに感銘を受けたと繰り返した。

エルドリンは相槌を打ちながら、その裏にある思惑を探るように静かに耳を傾けた。





その頃、バルグのメモは幾人もの手を経て、第一皇太子の特別観覧席に控えていた副マスター、セリスの元へ届いた。


メモを受け取ったセリスは内容を確認すると、すぐさま席を立つ。

(やはり動き出したか……!)


彼女は手際よく指示を飛ばす。

「グロム、《赤鉄の壁》を率いてガルムたちの警護につけ。

 ライサは《影走り》を率い、第二皇太子の陣営の動きを監視。

 第一皇太子陣営についても逐次報告を。」


「了解!」


的確な命令が飛び、仲間たちが散っていく。


セリス自身は、すぐにクランマスター・ヴァレンのもとへ向かった。

勢いよく扉を開け放ち、部屋に入る。


ヴァレンはその気配だけで何かが起きたと察し、落ち着いた声で言った。


「セリス、こちらへ。」


彼女はメモを差し出し、事態を報告する。

ヴァレンは無表情で読み終えると、静かに頷いた。


「予想通りだな。昨日の熱狂を考えれば、殿下が動くのは当然だ。

 だが今は取り込みではない。ただ感動を伝えたいだけだろう。

 もし再度会談を求めてきたら……その時は先手を打つ。」


「ヴァレン、問題はそれだけではありません。

 第一、第二皇太子も同じ動きをするでしょう。

 帝都におけるクランの立場はまだ盤石ではありません。

 “アンブレイカー”の争奪戦が権力抗争の引き金となれば……

 最悪、内乱になります。」


「……確かに、大きな石が投げ込まれた。波紋は広がるだろう。」


ヴァレンはセリスを見据えた。


「だが君はすでに動いている。ならば問題はない。」


セリスは短く息を吐き、答えた。


「……はい。エルドリン一行には気の毒ですが、しばらく帝都を離れてもらいます。

 それまでは誰の接触も許さない。」


「それでいい。頼んだぞ、セリス。」


「マスター、了解しました。」


セリスは立ち上がりながら、心中で思った。

(……やはり、この人は私の心の揺らぎさえ見抜いている。)




やがてエルドリンが戻ってきた。

「第三皇太子って、どんな奴だった?」とガルムが尋ねる。

「……誠実を絵に描いたような若者でしたよ。」

「そうか。それならまだ安心だな。」


だが三人の胸には、皇太子の「誠実さ」の裏に潜む計算を拭いきれない思いが残っていた。



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