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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
45/91

45、決戦

この日の最後に特別試合が組まれた。

――「黒き終焉」ウィリアム・ブラッドと、“アンブレイカー”エルドリンの一戦。


皇太子派の調停役を務めるバルドの権限により、この夢の対決は実現した。


観衆の声援は怒号のごとく渦巻いている。


「アンブレイカー! アンブレイカー!」

「黒き終焉を叩き斬れ!」


石造りの闘技場中央。

漆黒の甲冑を纏い、嘲笑を浮かべる男――ウィル。

対するは蒼天を背負うように静かに立ち、ただ一本の剣を握る男――エルドリン。


二人の間に張り詰めた沈黙が走った。


「どうした、アンブレイカー……その名にふさわしい“破壊”を見せてみろよ」

ウィルの挑発は観衆にまで響く。

瞳には余裕と嘲り。


「……俺の剣は、名を売るためのものではない」

エルドリンの声は低く、しかし確かな響きを持っていた。

「剣を穢す者を断つ。ただ、それだけだ」


「なら……俺を断ってみろ!」

ウィルが双剣を交差させた瞬間、開始の号令が轟いた。


両者は疾風のように動いた。


ウィルの振るう黒いクレイモアは稲妻のごとく鋭く、重く。

観客席には、黒い残像しか映らない。


だが――エルドリンは冷静だった。

銀光の剣閃で軌道を見切り、受け流し、身をかわす。

そして反撃の突きが鋭く閃き、ウィルの右肩をかすめた。


二人は一旦、距離を取る。


「チッ……本当に厄介な眼だな!」

舌打ちするウィル。


今度はエルドリンが踏み込む。

刀身に雷光を纏わせ、中段から力強く振り下ろす。


「ぬうッ……!」

受け止めた瞬間、稲妻が黒き甲冑を駆け巡り、ウィルの全身を痺れさせる。

膝が沈み、彼はクレイモアに寄りかかって立つのがやっとだった。


「もう止めるか?」

エルドリンが冷然と問う。


「ふざけるな! これで終わる理由がないだろう!」

激昂し、構え直すウィル。


次の瞬間、地を蹴ったウィルが影のように消え、背後へ回り込む。


「――後の先ッ!」


だが、エルドリンの反応は一瞬早かった。

飛び込みと同時に身を翻し、低い体勢から横薙ぎに剣を振るう。


「ぐっ……!」


漆黒の甲冑が裂け、ウィルの身体がのけぞる。

さらに追撃の突きが繰り出され、ウィルは尻餅をつく無様な格好へと叩き落とされた。


「なめるなァ!」

ウィルが黒い稲妻のような連続突きを繰り出す。


しかし、エルドリンは既に腰を落とし、刀を鞘に収めていた。

右手で柄を握り、静止――射程に入った瞬間。


「――抜刀」


銀閃が走り、ウィルの片腕が宙を舞った。


「ぐぁあああッ!」

悲鳴が場内を震わせる。


エルドリンは剣を収め、背筋を伸ばす。

審判の声が響いた。


「勝負あり! 勝者、アンブレイカー・エルドリン!」


観衆は歓声と怒号を入り混ぜ、闘技場は地鳴りのように揺れる。


ヒーラーが駆け寄り、ウィルに治療を施す。

だが彼は、なお笑っていた。


「……クク、やっぱりお前は“アンブレイカー”だ。

 今日は俺の負けだ。だがな――終わったと思うなよ」


敗北の悔しさではなく、敗れてなお「名」を刻んだ満足の笑み。


エルドリンは静かに背を向けた。

その眼差しには、勝利の誇りではなく、剣を穢す者への深い憤りが宿っていた。



「アンブレイカー! アンブレイカー!」

「エルドリン! 英雄だ!」


観衆の興奮は、もはや歓声ではなく嵐そのものだった。

石造りの闘技場が揺れ、声が大気を震わせる。

その中で、漆黒の甲冑を纏ったウィルは治療を受けながらなお嘲笑を浮かべ、

一方のエルドリンは剣を下ろし、静かに観衆の声に背を向けていた。


皇太子派の席で立ち上がったバルドは、唇を噛みしめて呟いた。

「……やはり“アンブレイカー”は本物だ。あれこそが、我らが帝国を支える剣だ」


周囲の廷臣たちも頷き合い、やがて一斉に拍手を送った。

その拍手は、政治的思惑を超え、純粋に一人の剣士の武勇を称えるものだった。


一方、控え席に戻った仲間たち。


「さすがだ……あのウィルを圧倒するなんて」

ソレンディルの声には驚嘆と誇りが入り混じっていた。


「やっぱりエルドリンはやるときはやる男だな!」

ガルムが豪快に笑う。

「だがよ、あのウィル……ただやられたって顔じゃなかったぜ。あいつ、また絡んでくるぞ」


「……はい。あの笑みは、まだ戦いが終わっていないと言っていました」

アシュリーが真剣な表情で頷く。若き剣士の胸に、憧れと緊張が同時に刻まれていた。


「フンッ、俺の試合の後に、とんでもねぇ伝説を刻みやがって。負けられねぇな」

バルグは拳を握り、炎のような闘志を燃やしていた。


そして、エルドリンが仲間たちのもとに戻ってきた。

彼は肩の汗を拭いもせず、ただ淡々と口を開く。


「……終わった。だが、奴はまだ諦めていない」


「分かってる。だけどあんたが勝ったことがすべてだ。今日、この帝都に伝説を残したんだぜ!」

ガルムが背中を叩き、豪快に笑った。


エルドリンは苦笑を浮かべるが、その眼差しは決して緩まなかった。

――剣を穢す者がいる限り、戦いは続く。


その静かな誓いを胸に刻みながら、彼らは闘技場を後にした。


そして観衆は語り継ぐ。

この日――帝都の大闘技場で、“アンブレイカー”の名が永遠の伝説として刻まれたことを。


《火竜のあばら屋》の夜


闘技場の熱狂が嘘のように、夜の帝都は涼やかな風に包まれていた。

石畳を踏みしめ、エルドリンたちは馴染みの酒場《火竜のあばら屋》へと足を運んだ。


扉を開けると、木の温もりに包まれた空間と、香ばしい肉の匂いが一行を迎え入れる。

常連たちが「おお、アンブレイカーだ!」と声を上げ、拍手と歓声で迎えた。


「やれやれ……もう名前が広まっているな」

エルドリンは眉をひそめたが、ガルムが豪快に笑って背中を叩いた。

「当たり前だろ! 今日のお前は英雄だ。みんな、お前に酒を奢りたがってるぜ!」


祝杯


席に着くと、店主が大皿に盛られた肉料理と泡立つエールを運んできた。

「今日は特別だ。アンブレイカー様とその仲間たちに!」


「乾杯!」

木製のジョッキがぶつかり合い、笑い声と湯気が立ち昇る。


アシュリーは緊張気味に杯を口に運びながら、真剣な眼差しでエルドリンを見つめていた。

「……今日の戦い、わたし一生忘れません。剣だけじゃなく、心が試されるんだと分かりました」


「忘れるな。剣は勝つためのものじゃない。守り、断つべきものを断つためのものだ」

エルドリンの言葉に、アシュリーは強く頷いた。


仲間たちの反応


ソレンディルはグラスを傾け、しみじみと呟いた。

「しかし……ウィルは恐ろしい男だ。敗北を恥じるどころか、敗北すら名に変えていた」


「ハッ、あんなやつ俺なら殴り倒してる!」

ガルムは豪快に肉を頬張りながら笑う。

「でもよ、あの黒い笑み……また仕掛けてくるぜ、絶対にな」


バルグは黙って酒を飲み干し、低く言った。

「――俺もあの場にいたが、あの勝負は容易ではなかった。

 アンブレイカー、今日お前が勝ったことで、クランの名も俺たちの士気も大きく上がった。感謝する」


エルドリンは短く頷く。

「俺は俺の剣を振るっただけだ」


夜の余韻


やがて夜が更け、酔いも回り、笑い声と歌声が店を満たしていく。

だがエルドリンの胸中には、まだ熱が残っていた。

――黒き終焉のウィル。あの男は、必ず再び現れる。


「エルドリン、今日は少し笑ってくれよ」

ソレンディルが穏やかに言う。


エルドリンは一瞬黙したが、不意に口元をわずかに緩めた。

その笑みを見て、仲間たちは安堵し、さらに杯を掲げた。


こうして、彼らの夜は歓声とともに更けていった。

しかしその背後では、敗北してなお笑みを浮かべたウィルの影が、次なる波乱を予兆していた――。

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