45、決戦
この日の最後に特別試合が組まれた。
――「黒き終焉」ウィリアム・ブラッドと、“アンブレイカー”エルドリンの一戦。
皇太子派の調停役を務めるバルドの権限により、この夢の対決は実現した。
観衆の声援は怒号のごとく渦巻いている。
「アンブレイカー! アンブレイカー!」
「黒き終焉を叩き斬れ!」
石造りの闘技場中央。
漆黒の甲冑を纏い、嘲笑を浮かべる男――ウィル。
対するは蒼天を背負うように静かに立ち、ただ一本の剣を握る男――エルドリン。
二人の間に張り詰めた沈黙が走った。
「どうした、アンブレイカー……その名にふさわしい“破壊”を見せてみろよ」
ウィルの挑発は観衆にまで響く。
瞳には余裕と嘲り。
「……俺の剣は、名を売るためのものではない」
エルドリンの声は低く、しかし確かな響きを持っていた。
「剣を穢す者を断つ。ただ、それだけだ」
「なら……俺を断ってみろ!」
ウィルが双剣を交差させた瞬間、開始の号令が轟いた。
両者は疾風のように動いた。
ウィルの振るう黒いクレイモアは稲妻のごとく鋭く、重く。
観客席には、黒い残像しか映らない。
だが――エルドリンは冷静だった。
銀光の剣閃で軌道を見切り、受け流し、身をかわす。
そして反撃の突きが鋭く閃き、ウィルの右肩をかすめた。
二人は一旦、距離を取る。
「チッ……本当に厄介な眼だな!」
舌打ちするウィル。
今度はエルドリンが踏み込む。
刀身に雷光を纏わせ、中段から力強く振り下ろす。
「ぬうッ……!」
受け止めた瞬間、稲妻が黒き甲冑を駆け巡り、ウィルの全身を痺れさせる。
膝が沈み、彼はクレイモアに寄りかかって立つのがやっとだった。
「もう止めるか?」
エルドリンが冷然と問う。
「ふざけるな! これで終わる理由がないだろう!」
激昂し、構え直すウィル。
次の瞬間、地を蹴ったウィルが影のように消え、背後へ回り込む。
「――後の先ッ!」
だが、エルドリンの反応は一瞬早かった。
飛び込みと同時に身を翻し、低い体勢から横薙ぎに剣を振るう。
「ぐっ……!」
漆黒の甲冑が裂け、ウィルの身体がのけぞる。
さらに追撃の突きが繰り出され、ウィルは尻餅をつく無様な格好へと叩き落とされた。
「なめるなァ!」
ウィルが黒い稲妻のような連続突きを繰り出す。
しかし、エルドリンは既に腰を落とし、刀を鞘に収めていた。
右手で柄を握り、静止――射程に入った瞬間。
「――抜刀」
銀閃が走り、ウィルの片腕が宙を舞った。
「ぐぁあああッ!」
悲鳴が場内を震わせる。
エルドリンは剣を収め、背筋を伸ばす。
審判の声が響いた。
「勝負あり! 勝者、アンブレイカー・エルドリン!」
観衆は歓声と怒号を入り混ぜ、闘技場は地鳴りのように揺れる。
ヒーラーが駆け寄り、ウィルに治療を施す。
だが彼は、なお笑っていた。
「……クク、やっぱりお前は“アンブレイカー”だ。
今日は俺の負けだ。だがな――終わったと思うなよ」
敗北の悔しさではなく、敗れてなお「名」を刻んだ満足の笑み。
エルドリンは静かに背を向けた。
その眼差しには、勝利の誇りではなく、剣を穢す者への深い憤りが宿っていた。
「アンブレイカー! アンブレイカー!」
「エルドリン! 英雄だ!」
観衆の興奮は、もはや歓声ではなく嵐そのものだった。
石造りの闘技場が揺れ、声が大気を震わせる。
その中で、漆黒の甲冑を纏ったウィルは治療を受けながらなお嘲笑を浮かべ、
一方のエルドリンは剣を下ろし、静かに観衆の声に背を向けていた。
皇太子派の席で立ち上がったバルドは、唇を噛みしめて呟いた。
「……やはり“アンブレイカー”は本物だ。あれこそが、我らが帝国を支える剣だ」
周囲の廷臣たちも頷き合い、やがて一斉に拍手を送った。
その拍手は、政治的思惑を超え、純粋に一人の剣士の武勇を称えるものだった。
一方、控え席に戻った仲間たち。
「さすがだ……あのウィルを圧倒するなんて」
ソレンディルの声には驚嘆と誇りが入り混じっていた。
「やっぱりエルドリンはやるときはやる男だな!」
ガルムが豪快に笑う。
「だがよ、あのウィル……ただやられたって顔じゃなかったぜ。あいつ、また絡んでくるぞ」
「……はい。あの笑みは、まだ戦いが終わっていないと言っていました」
アシュリーが真剣な表情で頷く。若き剣士の胸に、憧れと緊張が同時に刻まれていた。
「フンッ、俺の試合の後に、とんでもねぇ伝説を刻みやがって。負けられねぇな」
バルグは拳を握り、炎のような闘志を燃やしていた。
そして、エルドリンが仲間たちのもとに戻ってきた。
彼は肩の汗を拭いもせず、ただ淡々と口を開く。
「……終わった。だが、奴はまだ諦めていない」
「分かってる。だけどあんたが勝ったことがすべてだ。今日、この帝都に伝説を残したんだぜ!」
ガルムが背中を叩き、豪快に笑った。
エルドリンは苦笑を浮かべるが、その眼差しは決して緩まなかった。
――剣を穢す者がいる限り、戦いは続く。
その静かな誓いを胸に刻みながら、彼らは闘技場を後にした。
そして観衆は語り継ぐ。
この日――帝都の大闘技場で、“アンブレイカー”の名が永遠の伝説として刻まれたことを。
《火竜のあばら屋》の夜
闘技場の熱狂が嘘のように、夜の帝都は涼やかな風に包まれていた。
石畳を踏みしめ、エルドリンたちは馴染みの酒場《火竜のあばら屋》へと足を運んだ。
扉を開けると、木の温もりに包まれた空間と、香ばしい肉の匂いが一行を迎え入れる。
常連たちが「おお、アンブレイカーだ!」と声を上げ、拍手と歓声で迎えた。
「やれやれ……もう名前が広まっているな」
エルドリンは眉をひそめたが、ガルムが豪快に笑って背中を叩いた。
「当たり前だろ! 今日のお前は英雄だ。みんな、お前に酒を奢りたがってるぜ!」
祝杯
席に着くと、店主が大皿に盛られた肉料理と泡立つエールを運んできた。
「今日は特別だ。アンブレイカー様とその仲間たちに!」
「乾杯!」
木製のジョッキがぶつかり合い、笑い声と湯気が立ち昇る。
アシュリーは緊張気味に杯を口に運びながら、真剣な眼差しでエルドリンを見つめていた。
「……今日の戦い、わたし一生忘れません。剣だけじゃなく、心が試されるんだと分かりました」
「忘れるな。剣は勝つためのものじゃない。守り、断つべきものを断つためのものだ」
エルドリンの言葉に、アシュリーは強く頷いた。
仲間たちの反応
ソレンディルはグラスを傾け、しみじみと呟いた。
「しかし……ウィルは恐ろしい男だ。敗北を恥じるどころか、敗北すら名に変えていた」
「ハッ、あんなやつ俺なら殴り倒してる!」
ガルムは豪快に肉を頬張りながら笑う。
「でもよ、あの黒い笑み……また仕掛けてくるぜ、絶対にな」
バルグは黙って酒を飲み干し、低く言った。
「――俺もあの場にいたが、あの勝負は容易ではなかった。
アンブレイカー、今日お前が勝ったことで、クランの名も俺たちの士気も大きく上がった。感謝する」
エルドリンは短く頷く。
「俺は俺の剣を振るっただけだ」
夜の余韻
やがて夜が更け、酔いも回り、笑い声と歌声が店を満たしていく。
だがエルドリンの胸中には、まだ熱が残っていた。
――黒き終焉のウィル。あの男は、必ず再び現れる。
「エルドリン、今日は少し笑ってくれよ」
ソレンディルが穏やかに言う。
エルドリンは一瞬黙したが、不意に口元をわずかに緩めた。
その笑みを見て、仲間たちは安堵し、さらに杯を掲げた。
こうして、彼らの夜は歓声とともに更けていった。
しかしその背後では、敗北してなお笑みを浮かべたウィルの影が、次なる波乱を予兆していた――。




