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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
38/91

38、"金薔薇(きんばら)の館"自慢の魅惑的な夜


馬車に揺られて5時間、帝都ローゼンベルクに到着した。

御者から「着きましたぜ!」と声をかけられる。

都市に入るのに検閲がある。

3人は冒険者としての証である結晶石と冒険者証を用意した。

一度馬車を降りた。


「はい次!」

衛兵に言われて御者は通行証と身分証を確認される。

3人は結晶石と冒険者証を兵士に見せる。


「お、おい!」

3人の結晶石を見た衛兵は別の衛兵を呼ぶ。

「少しお待ち下さい。」

検閲している他の衛兵達に動揺が伝わってざわつき始めた。


「おい!なんやってんだ!」

現場の責任者らしい装備が異なる衛兵が、その様子を見て怒鳴りつけた。

結晶石を見た衛兵が現場責任者に耳打ちした。

話を聞かされた男は一瞬目を見開いてみせたが、深呼吸をすると3人に近づいて来た。

再度3人は結晶石と冒険者証を確認して

「部下が大変お見苦しい事を大変失礼致しました。お通り下さい。」


この反応は無理もない、伝説のアレキサンドライトを見た人間はこの帝都にいない。

一騎当千とも言われる強さを持つと口伝で伝わっている。

衛兵は冒険者であるエルドリン一行に手稲に礼をした。


「いえ、問題なければいいんです。」

エルドリンは儀礼的に挨拶を返した。

「進みましょう。」

御者に声をかけて3人は再び荷馬車に乗り込んだ。


荷馬車は城門を潜りぬけた。

帝都ローゼンベルクは石壁の高い建物が並ぶ荘厳な街並みであり、帝都の名に恥じないとエルドリンは関心した。

御者は荷馬車は宿屋街まで運んでくれるそうだ。

宿屋街は値が張る宿程、大浴室があったり豪華な夕食、朝食ビュッフェがつくそうだ。

その高級の宿屋でも特に"金薔薇きんばらの館"が良いとすすめてくれた。


御前試合を観戦に街の外から来た観衆は、街外れの安宿に泊まっているとの事だ。

余計ないざこざに巻き込まれたくないので、安宿には泊まりたくない。

宿屋街の裏側に居酒屋があるそうだが、客層が良い冒険者が集うのは"青い燭台亭"店内の照明が青い燭台で内装もとても良いそうだ。


ガルムは御者の話を聞きながら、妄想を膨らませていた。

ソレンディルは知り合いの魔法使いに会えるかも知れないと期待していた。

エルドリンは御前試合の話を居酒屋で聞けないかと考えていた。

どんな獲物を使い、どんな技を使うのか。

エルドリンは自国で御前試合に出た事がある。

普段と異なるのは1対1で衆目下で戦う。異質な空間。

人前で緊張を抑えられない者、実力が出せない者がいる一方、観衆の声援により力を増す者もいる。

エルドリンは過去の経験を思い出していた。


今の自分ならという気持ちもある。

しかし、今は旅の目的がある。それは実現しそうにないな、そう思っていた。


「着きましたよ。」

御者の声で一同は宿屋街に到着したと気付いた。

御者が乗り降り用の階段をかける。

3人は石畳の上に降り立った。


「あそこに見えるクリーム色の建屋が"金薔薇きんばらの館"です。」


一同は御者の指した方角を見る。

宿は外壁がクリーム色の大理石で出来ている。壁面にはところどころに金箔をあしらった薔薇のレリーフが彫られており、その数は百を超えるだろう。


三層構造の建物の正面には、半円形の広い階段が優雅に広がり、その先にあるのは真紅の絨毯と、金の蔓薔薇が絡むアーチ状の門扉。

門の中央には、この宿の象徴である「一輪の黄金の薔薇」のエンブレムが誇らしげに輝いている。

門番の制服もまた特別で、黒地に金の刺繍を施した軍装風の装い。


既に日が沈み始めている。門前の街灯が薔薇の花を象ったランタンに火を入れて明かりを灯していた。

宿の屋根には尖塔風の飾り屋根がいくつも立ち並び、ひとつひとつに金の風見鶏が乗っている。


「凄いね!ここにしようよ!」

ソレンディルが興奮して騒いでいる。ガルムもとても驚いている。

「そうしましょう。」

エルドリンはそう言うと宿屋の門を抜ける。

大公の3男はこれくらいでは驚いたりしないようだ。


建屋に入るとルビーを思わせる赤い絨毯が敷かれていた。

カウンターまで進み、今晩の宿を頼む。


コンシェルジュはガルムを見ても驚いた様子がない。

「3人ご一緒の部屋でよろしいですか?」

と聞かれる。

「ええ、それでお願いします。」

「3人で一晩1200ギルとなります。」


昨日の宿の10倍を超えている。流石は帝都でも名だたる宿屋である。

エルドリンは金貨12枚で支払いを済ませた。

その上で金貨1枚をチップとしてコンシェルジュに渡した。


「夕飯は夜22時までとなっております。大浴場は24時間入れます。

 朝食は6時半からになります。チェックアウトされる場合は10時までにお願い致します。

 貴重品の預かり承ります。」


コンシェルジュはそう言いながら館内の案内表と注意事項が記載されたビラを3本の子鍵と一緒に渡して来た。


「夜間、居酒屋に出たいのですが、門限はありますか?」


「門番は交代制で24時間体制です。コンシェルジュデスクは夜23時でクローズになりますが、門限はございません。」


エルドリンの質問に丁寧に返答してくれた。


「それではお部屋までご案内致します。」

脇で立っていた案内係が、3人を部屋までエスコートしてくれた。

部屋は3階、部屋の鍵を開けると案内係が生活魔法で光を灯してくれる。


「では、ごゆっくり。」


そう言うと案内係は部屋を出て行った。

部屋は20畳あろうかというリビングと寝室が3つ付いている。

浴室があり洗面台兼着替え室になっている。


リビングのソファに3人は座った。


「少しゆっくりしましょうか。ソレンディルとガルムは大浴場で汗を流すと良いでしょう。

 ランドリーがあると思うので洗い物を出して置くと明日の朝には部屋に届けてくれますよ。

 私は部屋の浴室を使います。部屋に入って来るような無粋な人間はいないと思いますが念の為に部屋に残ります。」


「そうか悪いな。ひとっ風呂浴びてくるか」「そうね。でもエルドリンはこの雰囲気に浮かれてないのね。」


「大公の子供ですから、高級なホテルに慣れています。

 ここは建物のしつらえ、部屋の趣向、どれをとっても凄く良くてお安い方だと思いますよ。」


「「そうなの?」」2人は顔を見合わせながら同時に言葉を発した。


長い旅路で色々な宿に泊まって来たが、ここ程の宿屋はなかった。

ソレンディルはソファから立ち上がって、寝室を見て回った。

3つのベッドルームはそれぞれ部屋のコンセプトが異なっていた。


「寝室はどこでも良いの?」


「もちろん、レディーファーストですから、どうぞ。」


ソレンディルは淡いピンク壁紙に金の刺繍で、太古の物語が描かれたベッドルームを選んだ。


「ガルムはどちらにしますか?」


「どっちでもベッドが俺の体に足りてりゃ文句はないよ。」


「わかりました。」


ガルムとソレンディルはランドリーバックに洗い物を入れて、宿屋のバスローブに着替えると大浴場に向かった。


エルドリンは1人部屋に残された。


騎士団の遠征行軍や合同演習以外で国を出るのは何年ぶりだろうか、自分は今冒険者として目的を持って旅に出ている。感慨深い。

御前試合か、若い時に何度となく試練だと出た事がある。

余計な緊張は夢に出てくる程、反芻した剣捌きを閉じ込めてしまう。

思うように結果が出せなかった過去の自分を顧みる。

今ならどこまで行けるだろうか。そんな気持ちも心の隅にある。

明日は御前試合を見物するのも良いな。

大体、自国開催以外の御前試合を見るのは初めてだ。

どんな武芸者がいるのか想像すると気分が高揚するのを感じた。

ふとテーブルに広げられた、市街マップを見ながらエルドリンは考えていた。


闘技場の名前は"金獅子の回廊"帝都ローゼンベルクに似つかわしい名前だ。

居酒屋通りを見ながら店の名前をながめる。

"王冠の獅子""黄金杯""火竜のあばら屋""雷鳴角"どれも色々と気を引く名前だ。"雷鳴角"はドワーフっぽい名前だなと思っていた。そろそろソフィアと母上に連絡するか、壁にかかった時計を見ながら思案していた。





同時刻、居酒屋"火竜のあばら屋"のカウンターにて


「くっそ~!」


腹の底から悔しくて、そんな言葉しか出せない自分に()()()()と悔しがるアリュリー・ランデルが肩ひじをついていた。今日の御前試合の出来事を思い出していた。


緊張が体を縛り付けて、日頃の剣捌き一つまともに出せなかった。

高まる緊張感に飲まれて、力の強弱もバランスもスタミナを無駄に消費して焦りが募るだけだった。

()()()()()()()()

師匠は何で自分が旅立つ事を許可してくれたんだ。

俺は何者でもない。そんな自虐的な事が自分を支配する。


「クソッ、クソッ」


彼のそんな姿を見ても誰も声をかけたりしない。

御前試合のブックメイカーでひと稼ぎしたい者は、星を1つ落とした人間に、バッドラックが移ると声をかけたりしない。


それでも彼を見つめる大きな影があった。

「若いな。」

男は同じ御前試合に出ているオーガのバルグだ。

大きなバスターソードを両手持ちで構える、攻撃にも防御にも剣を使う彼は、一振りで山を削る程の豪快な一撃を持っている。


バルグはアシュリーの戦いを闘技場で見ていた。

剣の構え、振り、踏み込み。どれを取っても、若年の彼には似つかわない動きだと関心していた。


バルグの見立てでは()()()()()()()()()()()のではないかと思った。

どんなに優れた剣技をもっていたとしても、相手を崩し、自分の好機を作る動き、隙を作って相手を誘って、攻撃後の隙を素早く狙うのか、彼に足りないものは、それを指摘する存在だと思った。

緊張感で空振りしていた感じは否めない。1人で挑戦する事のマイナス面が出てしまっていた。

彼に声をかけて導く手があれば、伸びるのではないかと思いジョッキを煽っていた。




エルドリンは風呂から上がってきた2人と一緒に、レストランフロアに向かった。1階の別棟にレストランがある。

受付で「個室にしますか?ホールのデーブル席にしますか?」と聞かれたので個室を選んだ。


フロアには薄いピンク色の絨毯が敷いている。案内について廊下を歩いた。

ソレンディルは室内の凝ったレリーフや木彫の飾りに目を奪われていた。


「こちらになります。」


個室の扉を開けて、3人を案内する。

部屋は白いシルクの壁紙に金の刺繍で美しい帝都ローゼンベルクの城を表現している。

その美しさにソレンディルは感激していた。

真っ白なテーブルクロス、白く塗装された椅子、座面の布地には金の薔薇が刺繍されている。


椅子を引いて個室の部屋付きウェイターが待っている。

3人は席について、食前酒にシードルで乾杯する。

ゴールドに輝くグラス、冷たいシードルが火照った体にスーッと入り、清涼感が喉を通りすぎていく。


「本日この"金糸雀のかなりあのま"を担当させていただきます。

 エルビスと申します。よろしくお願い致します。」


料理が運ばれて来てそれぞれの前に皿が並ぶ

エルビスが料理の説明をしてくれる。

「1品目〈薔薇香るアミューズ〉です。

 黒胡椒で軽く燻した《鳩胸肉のロゼ仕立て》を一口サイズでお楽しみ下さい。

 花弁を模した金色の塩と薔薇オイルで、まずは香りの祝福を、これは歓迎の一品となります。」


ガルムは肉を噛み締め、鳩胸肉の弾力を楽しみながら絶妙な塩加減に

「これは中々黒胡椒が効いていて酒に合うな。」と感想を漏らした。

ソレンディルもうっとりした表情を浮かべている。


3人のお皿が空いた所で2品目が運ばれて来る。


「2品目前菜〈双月の狩人盛り〉です。

 猪のリエットと赤茂みベリーのチャツネです。それと仔鹿のタルタル金薔薇の花酢ジュレ添えになります。二色の月を思わせる二種盛りとなっています。甘酸と野趣の対比を愉しんで下さい。」


ガルムは猪肉のリエットに挑戦した。

いったん猪肉を煮崩し、香辛料ブイヨン等で整えた練り物のリエットは、豚肉より癖があるが、ベリーのチャツネが醸し出す酸味で猪肉の癖を殺さず、旨味を引き立てていた。

ソレンディルは仔鹿のタルタルを一口サイズにカットして口に入れた。

味の薄い仔鹿を燻製仕上げ、酸味が少しあるタルタルで旨さを引き出していた。彼女は十分に咀嚼して飲み込むと「フーッ」っと息を吐いてこの味を記憶に留めるように目を瞑った。


「続けて3品目スープ〈深紅の澄まし〉となります。

 帝国の近衛が愛飲する《赤鹿コンソメ》です。48時間煮出した骨髄の滋味を、赤ワインと薔薇胡椒で引き締めております。冷めない内にどうぞ。」


ガルムとエルドリンはスープをスプーンで1口入れて飲み込む。

エルビスがさっとワイングラスに赤ワインを注ぎ、彼らはワインを飲み込んだ。


「これ凄く好きかも!止まらないよ!」

ソレンディルから歓喜の発声が漏れ出す。

「ソレンディルまだ続きますよ。」

エルドリンがそう言いながらスープを飲み干すと次の料理が運ばれて来た。


「ゆっくり慌てずに、料理は逃げません。」

エルビスの合図でワゴンに乗った料理が運ばれて来た。


「ここで4品目温菜〈鴨腿肉の低温コンフィ 黒薔薇ソース〉となります。低温で6時間ゆっくり火を入れ、外は香ばしく中はしっとり仕上げました。ソースは黒薔薇の蜜・黒酢・焦がしバターを合わせた艶やかな甘苦をアクセントとして付けました。お好みのソースでお楽しみ下さい。」


低温で長時間煮込み、食材の旨味を凝縮させたコンフィにソレンディルがナイフを入れる。

彼女は一口大に切って黒薔薇の黒酢を付けて口の中に入れた。咀嚼する度に鴨肉の濃縮された旨味を感じた。黒薔薇の黒酢によって肉の熟成された旨味が強調されている。噛めば噛むほど旨味が溢れて来る。

鴨の油をワインで流す。


「こりゃ酒が進むな~」

ガルムはご満悦の様子だ。エルドリンはガルムの様子を見ながら楽しい夕飯になったなと微笑んだ。


エルビスがその様子を見ながら合図を出す。


「本日のメインディッシュ〈“黄金騎士”特選ローストビーフ〉です。

 国章にも使われる《金毛牛》のリブロースを大胆に丸ごと炭火焼きしております。肉汁を閉じ込める薔薇水のブレイズで、ルビー色の断面が輝いています。付け合わせには、白トリュフで和えた根菜グラッセを合わせております。ブレイズされてトロトロのリブロースをお楽しみ下さい。冷やした白のワインをご用意しております。」


エルビスはワインクーラーからワインのボトルを取り上げて、シャンパングラスに似た縦長のグラスに白ワインを注いだ。


エルドリンがスプーンを使ってトロトロのリブロースをすくい上げて口に運んだ。口の中で溶けていくリブロース、そして旨味たっぷり詰まった油の甘みに「素晴らしい。」と一言漏らした。

エルドリンは生まれてこれほどのメインディシュを食べた事がなかった。ジーンと感動が体を駆け巡る。帝都おそるべし。確かにこの濃い味にはさっぱりする白ワインが良い。

3人の皿が空いた所を見てエルビスが合図をだした。


「お口直しは〈雪山の息吹〉です。

 羊乳ヨーグルトとハッカのグラニテに、山羊プロシュートのチップを散らしました。冷涼な甘味と塩気で、お口直しして下さい。」


ソレンディルがスプーンですくって口に入れる。

グラニテの甘みがジワーっと広がるとハッカが爽やかに清涼感を与えてくれる。

そこに山羊プロシュートの塩気を感じる。これは大人向きのデザートだと思った。グラスの白ワインを

飲み干した。スプーンは止まらずあっという間に食べてしまった。


「ご満足いただけたようで大変喜ばしく感じます。

 それでは次の7品目、〈火竜の鉄鍋煮込み〉になります。

 炎竜椒で辛味を立てた《仔山羊すね肉》と麦焦がし味噌の土鍋仕立てです。ぐつぐつと音を立てて運ばれ、卓上で仕上げる烈火の逸品になります。」


エルビスの言葉で、土鍋に炎竜椒をまぶして味付けを完成。取り皿に取り分けた。


ガルムは堪らず仔山羊すね肉に齧り付いた。仔山羊のすね肉は長時間煮込まれて、コラーゲンが溶け出して肉がホロホロとした食感がたまらない。後から炎竜椒の辛味がガツンと来る。


「から~、うま~い!」

ソレンディルが声を上げた。

メインディシュのトロトロのリブロースとまた異なり、素晴らしいの一言しか浮かばない。

夢中で食べていた3人はかなり満腹に近づいていた。


エルビスはその様子を確認しながら

「それでは最後に〈黄金薔薇の蜜菓子〉になります。

 雌鹿のミルクで作った濃厚プリンの上に、金薔薇シロップとキャラメリゼした豚背脂の“琥珀キャンディ”をトッピングしてあります。甘味とほんのり塩味が最後の余韻を深める一品です。

 本日は本館"金薔薇きんばらの館"にお泊りいただきありがとうございます。これにてコース料理は終了をなります。ご滞在をお楽しみ下さい。」


白磁のお皿に可愛いプリン、一つすくって口に入れると濃厚なプリンの味がして、金薔薇シロップとキャラメリゼの甘みと塩味がちょっぴりしてとても美味しいデザートだ。

ドリンクにはアイスティーが用意されていて、デザートの甘みをスッキリ流してくれる。良いマリアージュだとエルドリンは思った。


3人は食事を済ませると部屋に戻った。


"金薔薇きんばらの館"の贅を尽くしたおもてなしだった。



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