36、静かな鼓動
3人が街を出て北上して1週間ほど経った。ようやく国境の街、アイラ・ソルタンに到着する。
この街は人口500人ほどの小規模な街だが、隣国へ向かう商人が行き交うため賑わっている。商人たちはここで交易品を扱い、隣国で栽培された果物や野菜、特産品が露店街で手に入る。
エルドリンは露店街を抜けながら、隣国の情勢や噂を探れるのではないかと思案していた。
「今夜はベッドでゆっくり眠れそうだな……」
ガルムが伸びをしながら呟く。
「まずは宿屋に荷物を下ろしてください。その後、夜の酒場で情報収集しましょう。私は市場で食材を仕入れつつ、噂話も探ってきます」
「1人で行くのか?」
「美形のエルフや巨躯のオーガを連れていたら、相手が萎縮しますからね。今でもちらちら見られていますし」
「仕方ないな……大人しく待ってろ、ソレンディル」
ガルムは周囲の好奇の視線に気づき、肩に手を置いてソレンディルに首を振る。
露店商からの情報
エルドリンは露天商に宿屋の場所を尋ねると、商人は興味深げに訊ねてきた。
「あんたらも御前試合目当てなのかい?」
「御前試合はどこで行われるんですか?」
「隣のエンペリア帝国の帝都ローゼンベルクでな。かなり大きな興行らしい。商人がこぞって向かってるよ。冒険者の間でも、出場するかどうかで噂になってる」
「ありがとうございます。宿屋はこの先直進して中央広場に出ればすぐ看板がある、と聞きましたが」
「そうだ。大きな街じゃないから迷わないさ」
エルドリンは礼を述べてガルムとソレンディルの元に戻った。
宿屋「赤錆の杯亭」
中央広場に抜けると、2階建て木造の宿屋「赤錆の杯亭」の看板が目に入る。扉は開いていた。
店主は白髪の老人で、がっしりした体格に白い顎ひげを生やしている。
「今晩、泊めてもらえますか?」
「大丈夫だ。後ろのオーガは? 部屋は別々でいいか?」
「ええ、構いません」
ベッドと朝食付きで1人銀貨30枚。エルドリンは金貨1枚を置き、釣りはいらないと告げた。
「近くで美味しいご飯が食べられる店も教えてくれますか?」
「広場向かいに『黒金の角杯亭』がある。主人は友人だから安心して飲食できる」
さらに店主は元軍人であることを告げ、夜間の裏通りには入らぬよう忠告する。治安の悪さや、街が国境に近い地政学的リスクを踏まえた助言だった。
部屋はそれぞれに割り当てられ、ソレンディルは女性専用区画、ガルムは1階の大きなベッド、エルドリンは2階の角部屋。
「この宿は仲間で運営しているので警備は安心だ。聞き耳を立てる奴もいない」
3人は鍵を受け取り、それぞれの部屋へ向かった。
ムーブ・メモリーでの連絡
エルドリンは部屋に入るとムーブ・メモリーを起動し、2人に話しかける。
「聞こえますか?」
「聞こえる」「聞こえるわ」
「私は露店街に行ってきます。時間を持て余すなら、私を待たずに黒金の角杯亭に行っても構いません」
「俺は少し眠る」「私もやることがあるから大丈夫。いってらっしゃい」
こうしてエルドリンは露店街へ向かい、買い物と情報収集に勤しむ。
帝都ローゼンベルク、剣闘場控室
その頃、エンペリア帝国の帝都ローゼンベルクでは、若者が剣闘場の控室で出番を待っていた。名はアリュリー・ランデル、18歳。
彼の村は野党に襲撃され、一晩で壊滅。両親は殺され、妹と2人で逃れた過去を持つ。希望も考えも定まらぬまま、街角で立っていた。
その前に、白髪の長髪を後ろで束ねた老人が立ち止まる。
「君は生きたいのかい?」
彼は思わず「あ……!」と返す。咄嗟の声だった。
老人は頭を撫で、「ついて来なさい」と告げる。彼は妹の手を引き、老人についていく。
街外れの大きな屋敷に着くと、風呂と着替えを勧められ、屋敷に招かれる。少女アリス・グルーバー、13歳が案内役だ。
老人の名はアレクセイ・ランデル、元騎士団団長。引退後、孤児の保護と教育を屋敷で行っている。
剣の才能を見出されたアリュリーは、アリスと共に稽古を受け、16歳で旅立つことを許された。2年の歳月を経て、今ここに立つ。
「アイアンズ・ゲートには“アンブレイカー”と呼ばれる冒険者がいる。どんな苦境でも諦めず、生きて帰る男だ。お前も後ろを見ず、前を向いて歩きなさい。ここはお前の家だ。思いっきり生きろ」
アリュリーは控室でその言葉を思い出しながら、緊張と期待に胸を高鳴らせていた。
情報収集を続けるエルドリン
一方、エルドリンは露店街で買い物をしつつ、危険な賭場や酒場の場所を探り、近寄らない方が良い場所を把握する。
日が沈む頃、買い物を終え、ムーブ・メモリーでガルムとソレンディルに「黒金の角杯亭」で落ち合うことを伝えた。




