32、旧知の仲
ソレンディルが硬い表情で一同を見渡し、口を開いた。
「今から指示を出す。反対せずに聞いてほしい。」
その声音に、ざわついていた空気がすっと静まり返った。
皆が会話を止め、彼女の言葉を待つ。
「……マルセルのアンデッド軍団を半数減らし、さらに弟子を攫った。
プライドの高いマルセルは、間違いなく探査魔法で追跡を始めている。
こちらの陣営の者が見つかれば……殺されるだろう。
そこで私は、直接マルセルと交渉する。
弟子の尋問には、どれくらい時間が要る?」
「最低でも一週間は必要だ。捕虜にして縛り続けることはできんのか?」
渋い声で問い返したのは、バジルだった。
ソレンディルは即座に首を振った。
「無理よ。時間をかけて育てた弟子を捕虜に?
そんな真似をすれば、都市がいくつか消し飛ぶわ。
あなた達はマルセルを狂気のネクロマンサーだと思っているかもしれない。
でも違う。あれは“死者の魂を操る魔法”に優れた、かつて賢者と呼ばれた魔術師。
外見と術だけを見ていると、本質を見誤るわ。」
彼女は息を整えて告げる。
「――弟子は七日間拘束。その後、戻す。
悪いけどエルドリン。皆を商隊まで移動させて。
飛行艇を遮蔽隠蔽魔法で包んで隠してほしい。
エーテリウムの魔法なら、マルセルも検知できないはず。頼んだわ。」
「了解しました。」
エルドリンは頷くと、即座に転移で消えた。
◆
商隊に現れたエルドリン達に、人々は驚き声を上げた。
だがバジルの姿を認めるや否や安堵し、駆け寄ってくる。
「作戦は成功だ!」
バジルの低く響く声が、広場にこだました。
「詳しい説明をしている時間はない。すぐに飛行艇に入れ!
敵の魔術師の目を逃れるためだ!」
ダンディな男の一喝に、商隊の者たちは一斉に動き出した。
テントを畳み、荷を抱え、次々と後部ハッチへ。
混乱はなく、統率の取れた避難はさすがだった。
その間、エルドリンは捕虜とした弟子を王都へ送ろうと、公爵に《ムーブメモリー》で連絡する。
「父上。捕虜を連れて公爵別邸地下会議室へ。よろしいですか?」
「受け入れは整っている。軍調査団の団長も来ているぞ。」
「では、捕虜三名とこちらの責任者を連れて向かいます。」
通信を終えると、エルドリンはバジルに耳打ちし、捕虜を伴って転移した。
◆
王都・公爵別邸地下会議室。
エルドリンが姿を現すと、公爵と三名の人物が待っていた。
「ただいま戻りました、公爵。」
「よくやった、エルドリン。」
中央に立つ壮年の軍人が一歩前に出る。
「私は王都軍調査団団長、カスパー・イヴォリー。
無茶な要望にも応え、負傷者もなく作戦を成功させたこと、深く感謝する。」
「恐縮です。ですが、現地は依然として危険です。
仲間が対応中につき、私はすぐ戻ります。詳細はバジルに。」
エルドリンは礼を述べ、再び転移した。
◆
一方その頃――
ソレンディルは姿を隠さず、マルセルの前に降り立った。
土魔法で作られた椅子に肘をかけ、待っていたのはオーバーロードの男。
「戻って来ると思っていたぞ、ソレンディル。」
「……怒ってはいないのかい?
大事な軍団を半分失い、弟子を奪われて。」
「先ほどまでは怒っていた。だが、お前の話を聞くつもりでいた。
興味深い現象があっただろう?探究心には抗えん。
弟子は――戻してくれるのだろう?」
不気味な笑みを浮かべ、両腕を広げるマルセル。
「60年も経てば丸くなるものかな……まあいい。
ところで、あの弟子は依頼主から与えられたのかい?」
「弟子にした覚えはない。求められたから魔法を教えただけだ。」
ソレンディルは納得しつつ話を進めた。
「そうか。では七日預かる。それより――あの魔法、どうだった?」
「あれは……?ファイアボールを飛ばしてはいなかった。多重詠唱か?」
ソレンディルは得意げに炎を生み出してみせる。
「失われたエーテリウムの技術だ。
火球を飛ばしたんじゃない。あの位置に“出現”させた。発動の時点を操っただけさ。」
「なに……!?エーテリウムだと……!どこでその技術を!」
「若い神聖魔法使いがいただろう。彼からだ。」
「ば、馬鹿な!剣技を振るいながら神聖魔法を詠唱していたぞ!
あり得ん!あの若造は何者だ!」
マルセルが椅子から立ち上がるほど動揺する。
ソレンディルは肩をすくめて笑った。
「エルドリン・ファルコン。今は私の仲間“アンブレイク・ハート”の一員。
前世はエーテリウムの民らしい。“アンブレイカー”の異名を持つ冒険者さ。」
「……聞いたことがある。仲間が全滅しても生還する、不死身の男……。
まさか、あの若造が……!」
「会いたいかい?」
「会いたい!技術を知りたい!」
「多分、すぐ来るよ。」
その瞬間、転移の光が揺らぎ、エルドリンが現れた。
「ソレンディル!無事でしたか!」
「八つ裂きにされてると思った?」とソレンディルは笑う。
「若造、私はそれほど短絡ではない。」
マルセルの声に、エルドリンは目を見開いた。
「……敵対しているのでは?」
「腐れ縁さ。いがみ合うこともあれば、協力することもある。」
ソレンディルが紹介する。
「こちらが賢者マルセル・デルース。マルセル、こちらが“アンブレイカー”エルドリン・ファルコン。」
「噂は聞いているぞ。……タフな男だな。これからも顔を合わせるだろう。よろしくな。」
「こちらこそ。」
エルドリンは拍子抜けしながらも深く礼をした。
マルセルの探究心と熱意を知り、ただの狂人ではなく、知を追う者であると理解する。
「エーテリウムについて何か情報は?」とソレンディルが問うと、
マルセルは思い出すように言った。
「遺跡の街に碑文が多く発見されている。最後に落ち延びた村の伝承も残る。
遠いが……行く価値はある。」
「感謝します。」
エルドリンは深く頭を下げた。
ソレンディルとエルドリンは転移の光に包まれ、飛行艇へと戻っていった。




