31、作戦開始
夜が明け、空気はまだ冷たい。
バジルのチームは敵より先んじて配置につき、遮蔽と隠蔽の技術で気配を消した。さすが元王国調査団、動く影一つ残さない。
ガルムとエルドリンも遮蔽魔法の中で息を殺し、獲物を待つ狩人のように気配を研ぎ澄ませていた。
――時間が過ぎる。二時間ほどだろうか。
やがて、地の底を揺らすような重い足音が近づく。
アンデッド軍団が陣営ごとに集結し、整然と整列を始めた。
エルドリンは岩陰からその様を凝視する。生者では考えられない、規律正しい動き。
左にはリッチが率いる軍団、右には人間の術者が操る軍団。黒衣の指導者らしき姿は見えない。
角笛が「ブオォォォ」と鳴り響いた。
前列に盾と槍の兵、後列に両手剣の剣士、そのさらに後ろにはマジックキャスター。規則正しい陣形に空気が張り詰める。
「もうすぐだな。」
ガルムが低く呟く。
エルドリンは無言で頷いた。
再び角笛が鳴り、両軍が前進を開始。
リッチ側が火球を一斉に放ち、炎の雨が敵陣を覆う。
だが盾兵たちが身を張り、炎を受け止めた。槍兵が前進し、反撃の火球が飛ぶ。剣士たちが吠え声をあげて突撃し、両軍は正面で激突した。
「――行くぞ!」
ガルムの声が雷鳴のように響き、二人は岩陰から飛び出す。
ガルムの大剣が赤熱し、刃に炎の紋章と「炎の誇りを忘れるな」の文字が浮かぶ。
一振りで烈風の火焔が走り、前列のアンデッドが焼け崩れた。
「うおおおおっ!」
ガルムが猛牛のように突進する。その背を狙って剣士たちが迫るが、エルドリンの剣が閃いた。
「縮地――」
瞬間移動のような踏み込みで袈裟斬り。だが剣士は両手剣で受け止めた。火花が散る。
「ほう……動きが速い。」
エルドリンは舌打ちしつつも感嘆する。生前の技を引きずり出す“死者の魂を操る魔法”。まるで熟練剣士そのものだ。
次の瞬間、フェイントの突きから小手を切断、兜ごと頭を割る。倒れた剣士の代わりに別の影が迫るが、エルドリンは縮地で背後を取り、首を次々と刎ね飛ばす。
並列思考で神聖魔法を詠唱しながら、刃でアンデッドをなぎ倒していった。
一方、後方二百メートル。
バジルの手が弦を引き絞る。魔宝石が紅く脈動する。
「燃え上がれ――爆ぜろ!」
放たれた矢は空で百に分裂し、炎の雨となって軍団を覆う。爆裂と炎で戦列は乱れ、アンデッドの動きに亀裂が走った。
「花火は上げたぞ、エルドリン!」
バジルが吠える。
――その頃、戦場を見下ろす丘。
土魔法で作った椅子に腰掛けていたマルセル・デルースは、突如の襲撃に眉をひそめた。
「……何者だ?」
だが思考の前に、雷撃が空を裂いた。
咄嗟に身を翻すが、電流が右腕を焼き痺れさせる。
「くっ……!」
見上げれば、そこには漆黒の外套を翻す魔女の姿。
「ソレンディル……!」
ファイヤーボールが四方から爆ぜ、壁も結界も次々に砕かれる。
マルセルは愚痴るように叫んだ。
「チッ……遊ばれているだと!?」
飛翔の術で空へ逃れる。
だが待ち構えていたソレンディルが冷ややかに笑った。
「久しぶりだね、マルセル。」
「やはりお前か……敵に回る気か?」
「いいや。ただの挨拶だよ。」
雷撃が奔り、二人は六十年ぶりの邂逅を炎と稲妻で飾った。
――地上。
ガルムの大剣が盾を砕き、灼熱の刃が槍兵を焼き斬る。
エルドリンは神聖魔法を込めた突きで剣士を貫き、風魔法で跳躍。
「――レクイエムッ!」
天空に展開した光輪から聖なる光が降り注ぐ。
触れたアンデッドは鎧を残して塵と化し、数百の兵が一瞬で消え去った。
その光景に、後方で弓を構えていたバジルが息を呑む。
「あいつ……やるな。」
戦場は完全に混乱。
そこへ信号弾が上がる。――捕縛成功の合図。
「ガルム、退きます!」
「おう!」
二人は転移魔法で酒場の拠点へ退却。
ソレンディルも爆裂魔法を囮にマルセルを振り切り、後を追った。
やがて、猿轡をかけられ布袋を被せられた人間二人とダークエルフ一人を引き連れ、バジルの部隊が帰還する。
「……三人だけの援軍で、よくここまでやったな。」
バジルが感嘆混じりに言う。
エルドリンは疲労の中、ソレンディルが“亡国”の怪物を足止めしてみせたことに胸を打たれていた。
「やっぱり……すごい人だ。」
ガルムは彼の肩を叩いて笑う。
「お前もよくやったさ。」
外ではまだ戦場の余燼が空を赤く染めている。
だが酒場の中は、不思議な静けさに包まれていた。
作戦は成功――だが、“亡国”のネクロマンサーを敵に回した代償が、どれほど重いものになるかは、まだ誰も知らなかった。




