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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
30/91

30、決戦前夜

夜が更け、酒場の空気は一層の重みを帯びていた。

「案内人」バジル率いる元軍隊調査団の仲間たちが戻ってくると、丸テーブルに街の地図が広げられ、場の緊張は最高潮へと高まった。


金髪を束ねた女斥候が静かに報告を始める。


教会が拠点。


ネクロマンサーは六名。リッチ三体、人間二人、ダークエルフ一人。


各々が二百体のアンデッド軍団を率い、昼間は北端の牧草地で模擬戦を行っている。


人間は男女一人ずつ、ダークエルフは女。


模擬戦はリッチ側に対し、人間とダークエルフ側が共闘する形で行われている。


その戦いを黒いローブを纏った観測者が一人、陰から監視していた。


「以上が確認された情報です。」

女の声が途切れると、蝋燭の火が揺れ、沈黙が落ちた。


「……君たちはどう思う?」

バジルが問いかける。


ソレンディルが視線を鋭く光らせた。

「リッチが二百もの軍団を使役できる時点で、人間やダークエルフに模擬戦をさせる意味が薄い。あれは訓練だわ。術者を鍛えている。黒衣の観測者……指導者じゃないかしら。」


「高位リッチを召喚し、なお“死者の魂を操る魔法”を教えられる者に、心当たりは?」

エルドリンの問いに、場の視線がバジルへと集中する。


宵闇の中、バジルの顔が険しく歪む。

「……“亡国”のネクロマンサー、マルセル・デルース。そう言わせたいのか?」


「挑発ではありません。ただ、諜報の目からどう映るのか知りたいだけです。」

エルドリンは真っ直ぐに言い返す。


その名を聞いた途端、ソレンディルが小さく笑った。

「なら間違いないわね。あいつの趣味よ。アンデッドを直接ぶつけるより、“死者の魂を操る魔法”を撒き散らし、世界を歪めて楽しむ方が似合ってる。」


「面識があるのか!?」

バジルが思わず立ち上がる。


「あるわよ。六十年前、既に不死者だった。オーバーロード。生死にも国家にも興味はない。愉快犯。腐れ縁の魔術師仲間ね。」


「どうやって依頼を? どこに潜んでいる!?」


「聞いても無駄よ。知っても不幸になるだけ。触れれば呪いと同じ。だから知らない方がいい。」

ソレンディルの声音には、珍しく重苦しい響きが宿っていた。


場を切るようにエルドリンが言葉を継ぐ。

「――今回の任務は相手の目的を知ることです。戦いの中で掴むしかない。」


その言葉に、場の空気が引き締まった。


ガルムが拳で地図を叩く。

「ならこうだ。リッチを狙撃して混乱を起こす。俺とエルドリンが軍団を叩き割り、混乱の隙に術者を奪う。ソレンディルは……マルセルの相手を頼むしかないな。」


「了解。」

エルドリンが力強く頷いた。


「いい? マルセルの魔法は特別。死者の記憶や技術を引きずり出す。生前の剣豪や魔術師が相手になると思いなさい。」

ソレンディルの警告に、エルドリンの眼差しが鋭くなる。


作戦は決まった。


バジル隊がリッチを牽制し、演習を崩す。


その隙にエルドリンとガルムが軍団を切り裂く。


術者の人間またはダークエルフを確保。


ソレンディルは“亡国”を引き受ける。


地図の上に刻まれた線が、命運を分ける戦略へと変わっていった。


会議が終わり、静寂が落ちる。

エルドリンは外に出て、公爵へ報告の魔法を送った。マルセル・デルースが“首班”であること。だが、ソレンディルの過去を伏せ、ただ冷徹に事実だけを伝える。


「……全滅の恐れもある。」

公爵の返答は震えていた。


同じ頃、教会の奥深く。

マルセル・デルースは膝に肘をつき、思案していた。


リッチの軍団には限界がある。

彼が編み出した“死者の魂を操る魔法”は、未だ術者たちに習得されない。

自立した意識を持つ操者が必要――しかしそれは容易には得られない。


「……あいつがいればな。」

ふと、彼の脳裏に浮かぶ一人の顔。

金色の髪、エメラルドの輝きをたたえた瞳。

教えることにかけて右に出る者のいなかった、あのハイエルフ。


マルセルの口元に、微かな笑みが浮かぶ。

「無いものねだりか……。だが、愉快だな。」


闇の奥で、不気味な蝋燭の炎がゆらめいた。

嵐の前の静けさは、長くは続かない――。

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