21、本番
エンペリア帝国・とある執務室
重厚な机と六人掛けのソファが置かれた執務室。その中には二人の男がいた。
一人は机に座る男、もう一人は報告をしている男である。
「グレートレイブ湖の湖畔に出現した魔獣の討伐に、アルカディア王国が人を派遣しているというのは本当か?」
「はい。王都に潜伏している“見物人”からの確かな情報です。現地に向かった探索者は、アイアンゲートの冒険者五つのパーティー、総勢二十二名とのこと。」
「……奴らの目的は討伐のみか?湖畔周辺の探索ではないのか。」
「討伐で間違いないようです。ただし、魔獣の捜索は当然行うでしょう。」
「そうか。もっとも、あの場所ではせいぜい“村”と兵舎程度しか掴めまいがな。……いかんせん場所が悪い。」
「はい。我らの“施設”まで気付くことはないでしょう。」
「ならば杞憂で終わればいいが。“見物人”には討伐の結末まで見届けるよう伝えろ。――それと、現地には“村人”以外を近づけるな。」
「承知しました。施設の存在を知る者が動けば、すぐ露見しかねませんから。」
「そうだ。徹底しろ。以上だ。」
――どうやら帝国側の湖畔には、アルカディア王国に知られてはならない秘密があるらしい。
だが、そのことをエルドリン一行は知る由もなく、翌朝の討伐に備えていた。
翌朝
夜が明け、冒険者たちは普段通り朝食を取った。
死地に赴く日であろうと、人は腹が減る。だからこそ、当たり前のことを当たり前にこなすのが肝要だ。
騎士団仕込みのエルドリンは、その姿勢を崩さない。
「昨日の夜はどうだったの?」
ソレンディルが尋ねる。
「収穫は多かった。ただ、同時に現地だけでは判断できない謎も生まれました。」
エルドリンは前夜の捜索結果を簡潔に伝えた。ただし、帝国側に不審な気配がなかったことだけを述べ、政治的な火種になりかねない要素は伏せた。
「まずはディープバイトの巣からですね。そこで他のパーティーがどれほど消耗するかで、次の一手を考えましょう。」
エルドリンはそう締めくくった。
作戦会議
朝食を終え、全パーティーが集合する。
エルドリンは昨夜の調査結果を報告した。
南東の湖岸から約五キロ北に、体長六メートルのディープバイト成体二体と、幼体十二体、さらに卵二十個が確認されたという。
場がどよめく。
つがいの成体二体――同時攻略は避けられない。さらに幼体が加われば、全滅の危険もある。
ソレンディルは魔法隊の作戦を再確認する。四組に分け、ディープバイトを水に入れさせないこと。得意な魔法を最速で放ち、前衛を援護する――当初の方針に変更はない。
ガルムは言い切った。
「成体一体は他の二チームに任せろ。もう一体は俺たち〈アンブレイク・ハート〉が受け持つ。幼体十二匹は気にするな。」
作戦はこうだ。
囮役としてナイトとエルドリンが成体二体を引き離す。幼体はソレンディルが氷結魔法で一網打尽にする。
余計な情報は与えない。目の前の目標を揺るがすだけだからだ。
ガルムもソレンディルも、エルドリンの考えに同意した。
「よし!準備だ!」
「おーっ!」
威勢のいい声が各テントへと消えていった。
出陣
〈アンブレイク・ハート〉も自陣に戻る。
「私はどういう役回り?」ソフィアが問う。
「身体強化を全員に施したあと、ガルムと二人で前衛だ。」
「……後方支援かと思っていました。」
「向こうには回復役が二人いる。ソフィアは前線で頼む。」
「信用されてるんですね、私。」
「もちろんだ。ガルムも同じ気持ちだろう。」
「……照れますね。」
ソレンディルが微笑んだ。
「ここまでの働きで十分わかったよ。胸を張りな、ソフィア。」
「さあ、行くぞ!」
ガルムの声で、一同は装備を整えた。エルドリンは軽装を脱ぎ捨て、ガルムと同じ鎧に身を固める。囮役にふさわしい重装備だ。
森を進む
討伐隊は森を北上。開始時刻は朝八時。
エルドリンは遮蔽隠蔽魔法で姿を消し、先行偵察に出た。
五百メートル後方に討伐隊が待機。ディープバイトは聴覚に優れるため、これ以上の接近は危険だ。その間にソフィアが強化魔法を全員に施す。
戻ってきたエルドリンは、地図に成体二体と幼体の位置、周辺の岩場を書き込む。ソレンディルは魔法隊の配置を記入した。
時刻は九時過ぎ。気温も水温も低く、ディープバイトの動きは鈍い。幼体は巣からやや離れている。好機だ。
作戦開始。
エルドリンはアイテムボックスから牛肉の塊を取り出し、撒き餌として成体を誘導する。ナイトはもう一体を別方向へ引き離す手はずだ。
誘導
《ファラフィグメント》で匂いも音も遮断し、ディープバイトの鼻先まで接近。
三メートル先に肉を置き、さらに数メートル下がって次の肉を置く。
巨体が匂いに釣られて動いた。
一体が肉にがっつく。もう一体も匂いを嗅ぎつけ、二体は徐々に距離を取る。ナイトが姿を現し、一体を引き受けた。エルドリンはもう一体を攻撃地点へ誘導していく。
幼体たちは鈍く動かない。だが、ナイトと獲物の姿は途中から見えなくなった。
エルドリンは決断した。
《ファラフィグメント》を解き、姿を現す。
目の前に現れた人影に、ディープバイトは驚愕したが、すぐに顎を開いて噛みつく。エルドリンは身を翻してかわす。そこへ雄叫びと共に仲間の攻撃隊が突撃してきた。
風精霊の力を借り、エルドリンは空へ舞い上がる。
氷結の裁き
その頃、上空のソレンディルは杖に魔力を込め、範囲を定めていた。幼体十二体と卵二十個――まとめて葬る。
「……もう少し……」
炎や爆裂系は使えない。上空を巡るウィズドムウィングに感づかれるからだ。
だからこそ氷結。過剰なまでの魔力を注ぎ込んだ。
そして、エルドリンが現れた瞬間――。
「――《フリージング・フィールド》!」
凍結の波が一瞬で湖岸を覆い尽くす。銀白に染まる世界。幼体も卵も、絶対零度の静寂に閉ざされた。
激闘
一方、ナイトは別の成体と渡り合っていた。噛みつきに合わせて後方へ飛び退き、空を噛ませる。まるで追いかけっこだ。
「すげぇな……よくあんな怪物を相手にできるもんだ。」
「ナイト、遊んでるみたいですね!」
「よし、行くぞ!」
ガルムとソフィアが尾の方へ突撃する。
ガルムの大剣が皮を裂き、ソフィアの手刀が肉を貫く。だが厚い脂肪と筋肉が阻む。二人の攻撃は致命打にならない。
そこでソレンディルが幻術を放ち、多数の敵を見せる。ディープバイトは混乱し、動きが乱れる。
「そんな暇はねぇんだ!」
ガルムが再び斬り下ろす。重力石の力を込めた一撃が尾を両断。血飛沫が舞う。
同時にソフィアの手刀が横腹を貫き、血が噴き出した。
ソレンディルが捕縛魔法で顎を縛る。
その瞬間――エルドリンが空から舞い降りた。
剣が閃き、首筋を一閃。
巨体の首が断ち切られ、ディープバイトは絶命した。
「よし!」
血まみれの顔でガルムが吠えた。
「……他の連中が無事か、確認に行くぞ!」
〈アンブレイク・ハート〉は走り出した。




