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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
20/91

20、夜の捜査線

エルドリンは風の精霊に身をゆだね、雲一つない夜空へと音もなく舞い上がった。

彼の姿はエーテルリウムの遮蔽隠蔽魔法ファラ・フィグメントによって夜闇に溶け、誰の目にも映らない。


眼下に広がるのはグレートレイブ湖――東西約25キロメートル、南北に約64キロメートル。

その広大な水面がアルカディア王国とエンペリア帝国との国境を形づくっている。


アルカディア側には集落もなく人影もない。対する帝国側に住民がいるかは不明であった。

夜の湖は闇に沈み、光ひとつ見えない。エルドリンは夜目の魔法を唱え、さらに高度を上げる。

上空3キロメートル。湖全体を見渡せる高さから、地図に地形を記録していく。


「……湖が広すぎますね。どこから手をつけるべきか」


彼の視界は直径10キロメートルほどの円を描く。

その円を重ねるように南から北へ、時計回りに湖岸を探索していった。

討伐隊の本陣は南東の湖岸から約10キロ離れた地点に設けられている。


やがて、南東の湖岸を5キロ北上した地点で反応を捉えた。

――巨大な魔獣が二体。その周囲に十二の小さな反応。


「成体のディープバイトが二体……。そして幼体が十二。巣かもしれませんね」


目視では確認できないが、地図に印を付ける。

成体の行動範囲は四方5〜7キロと推定。

進軍の際は幼体を氷魔法で封じ、成体を各個撃破すべきかと考える。


さらに北上すること12キロ――湖岸から1キロほど森に入った場所に、ウィズドムウィング十八体の反応を感知。


「……やっかいですね。ディープバイト討伐後には必ず対処が必要でしょう。

 もし戦闘中に気づかれれば、横合いから襲われる危険がある」


胸中に重苦しさが広がる。


続けて十四キロ北上。そこには梟の魔獣ナイトワイズが一羽。

夜行性ゆえ昼間は脅威とならず、討伐対象には当たらない。


「これは王都への承認が必要ですね。勝手に討伐すれば森の均衡を崩す。

 人間への被害が無い以上、今は手を出すべきではありません」


北端に至ったエルドリンは、帝国側の湖岸へと移動する。

アルカディアとエンペリアは表向き友好関係にある。

だが帝国は強大な軍事力を誇り、情報収集に長け、常に開戦理由を探しているとも噂されていた。


「余計な問題を生まぬよう、慎重に……」


帝国側北端から20キロの地点。湖岸に波止場があり、船が一隻係留されている。漁船だろう。そこから2キロ離れた場所には集落が見えた。さらに南下すると、物見櫓と兵舎らしき建物、訓練場、波止場。そして南西には湖から帝国内へと流れ出す川。


「……なるほど。軍の演習場ですか」


兵舎から対岸までは15キロ。ディープバイトとの戦闘が見られることはないだろう。


こうして地図の記録を終え、エルドリンはテントへ戻った。

そこには既に仲間のソフィアとナイトが帰還していた。

彼は自らの得た情報を地図に記し、二人の成果と照らし合わせる。


記録された脅威は膨大だった。


ディープバイト成体2体、幼体12体、卵20個。


ウィズドムウィング18体。


巨大蛇グローサーヴァイパー1体。牛すら丸呑みにする。


さらに硬鱗を持つスケイルヴァイパー1体。通常の剣では刃が折れる。


森にはドレッドジョー20体以上。三メートル級の俊敏な鰐の魔獣。


子育て中のレイジングクロウ。母1体、幼体2体。


そしてナイトワイズ1羽。


エルドリンは眉をひそめる。

「これは討伐隊規模では危険すぎます。森の探索は改めて軍を交えた大討伐とすべきかもしれません」


それでもソフィアとナイトの勇敢な調査に心からの感謝を覚えた。


気を引き締め、彼は公爵である父エドガー・ファルコンハートに《ムーブ・メモリー》で報告を行う。


「父上、夜更けに失礼いたします」


映し出された父に、湖周辺の脅威と帝国の動向を報告した。


「……エルドリン、討伐戦は予定通りだ。

 魔獣の件は冒険者ギルドを王都に召喚して協議する。軍の出動も視野に入れるべきだろう。

 ナイトワイズはお前の言う通り放置せよ。

 だがウィズドムウィングは危険だ。成体が増える前に、ディープバイト討伐の次の目標とせよ。

 それと……ソフィアの従魔契約の件だ。レイジングクロウの親子は生け捕りにできないか?」


「……難しいですが、睡眠魔法なら可能性があります」


「ふむ。だが他の魔獣群も問題だ」


「父上、ウィズドムウィング、グローサーヴァイパー、スケイルヴァイパー、ドレッドジョーの群生……

 それらは私の《アンブレイク・ハート》で討伐してみせましょう」


「なに? 本当に可能なのか?」


「はい。私にはそれを成すだけの装備と力があります」


父は短く考え込み、そして頷いた。

「……よかろう。まずはディープバイトを片付けよ。こちらも王都で会議を開く」


「承知しました」


通信を終えると、ソフィアが微笑んでいた。

「レイジングクロウの保護……本当に試みてくれるのですね」


ナイトも黙って頷く。

ソフィアは慈愛の神アルディアのシスターであり、彼女の想いをエルドリンが汲んでくれたことに心を打たれていた。


「……あの親子も、あなたの従魔のように守られる日が来るといいですね」


夜は更け、三人は翌朝の作戦を練ることを約束し、静かに眠りについた。

グレートレイブ湖の深き闇に、次なる戦いの気配を感じながら――。

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