19、エルドリンの変化
夜が明け、薄い靄が森を包んでいた。
エルドリンたちは起床後、手際よく支度を整える。朝食はホワイトシチューに焼きたてのパン、桃を添えた簡素なデザート。ナイトにはファングロウの肉を与えた。
静かなひととき――そこへ、昨日と同じように「ファイヤーファイター」のリーダーが姿を現す。
「おはよう」
「おはようございます」
「今日は二隊に分かれて進む。アンブレイク・ハートは遊軍として後方を頼む」
「了解しました」
彼の顔は昨日より晴れやかで、確かな自信が漂っていた。昨日の教練が無駄ではなかったことを、エルドリンは感じ取った。
「明日には湖に着くだろう。逃げた魔獣は通り過ぎたが、成体や群れが残っている可能性がある。気を抜くな」
その言葉に、仲間たちは黙って頷いた。
テントを畳み、討伐隊は湖への行進を開始した。
討伐隊の布陣
この日は二隊編成。各隊九名、二人組で五列を組み、四列目にヒーラーを配置。列間は前後一メートル、左右二メートル。奇数列と偶数列をずらし、前線が崩れても二列目が即座に加勢できる陣形だ。
先頭には気配探知に優れるナイト。ソフィアはヒーラー列に加わり、ナイトの念話を伝える役を担う。殿にはガルム、ソレンディル、エルドリンが横一列に並んだ。
森での交戦
進軍中、討伐隊は数度の戦闘に遭遇した。ファングロウの親子、ブラッドファングの群れ――。
だが今回は違った。
ナイトの早期警戒で全員の動きが速く、タンクが敵の攻撃を受け止め、アタッカーは数的優位を保った。魔法による撹乱も効果を発揮し、攻撃と防御が自然にかみ合う。
ナイトは鋭い爪で敵を翻弄し、ガルムは盾を構えて最前線に立つ。
ソフィアは強化と回復で味方を支え、ソレンディルは的確に魔法を指揮。
エルドリンはデコイとなって敵の注意を引き、仲間に隙を作らせた。
討伐隊は、昨日とは比べ物にならないほど組織だった動きを見せた。
エルドリンの想い
戦闘の合間、エルドリンは思う。
軍隊には役割があり、訓練された連携がある。だが冒険者は個人の集団であり、パーティー間の協力は脆弱だ。そこに統率を求めても意味はない。
「余計なことは考えず、自分の役割を果たせ」
ガルムとソレンディルの言葉が胸に響く。
個が強ければ、集団は足し算ではなく掛け算となる――。
彼らが今なお生き残り、最上位冒険者として名を連ねているのはその証だ。
だから湖に着くまでは、無理に策を示すつもりはなかった。ただ、討伐隊が全滅しては本末転倒だ。エルドリンは義理として彼らを守る。副ギルドマスター・エレンディルに疎まれていても、それは変わらない。
そして、昨日の成果をもたらしたガルムとソレンディルに、心からの感謝を覚えていた。
ソフィアの視点
一方ソフィアは、休息中にナイトの傍らでエルドリンを見つめていた。
冒険者は個人主義の集団。体調も装備も自己責任。パーティーは互いの不足を補うが、敵は必ず弱点を突いてくる。無理をすれば守勢に回り、体力を削られて全滅する。
エルドリンは常に仲間を救おうとしてきた。だが他者の未熟さまで肩代わりするのは間違いだった。その結論に至ってから、彼は無理な救出をやめた。
しかし今――ガルムとソレンディルの存在によって、彼は変わりつつある。
討伐準備の提案に同意したこと。ナイトをテイムし戦力に加えたこと。かつての彼にはなかった柔軟さだ。
「これは歓迎すべき変化だわ」
ソフィアはそう信じ、静かに微笑んだ。
夜の会議
その夜、ガルムとソレンディルは簡易テーブルで語り合っていた。
「今日の動きはどう見た?」
「悪くない。だが……明日の相手はディープバイトだ」
二人は真剣な顔で討議する。
六メートル級の成体。厚い皮膚、強力な尾、吐き出す水鉄砲、そして重力魔法の可能性。
単独か、つがいか、あるいは群れか――最悪の想定も視野に入れねばならない。
「やはり索敵が必要だな」
「ええ。巣や幼体の有無を確かめなければ」
そこへエルドリンが現れる。ガルムが説明すると、彼は即座に頷いた。
「夜のうちに行いましょう。空からの索敵は昼だと他の魔獣を引き寄せる。闇に紛れて索敵魔法を使い、成体・巣・幼体を割り出す。地上はナイトとソフィアに任せ、ソレンディルの遮蔽魔法を掛けていただきたい」
「なるほど……夜襲で調べるのね」
「明日の朝には作戦会議が開ける。ガルム、伝達を頼めますか?」
「任せろ。攻撃手順も併せて伝えてくる」
三人は役割を分担し、各々の持ち場へ散っていった。
――こうして、夜の索敵が始まろうとしていた。




