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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
16/91

16、混戦


夜明け。

森を包む淡い霧が光を受けて金色に揺らぎ、静かだった野営地でざわめきが起き始めた。


「おい……あれ、本物か?」

「レイジングクロウ……!なんで生きてるんだ?」


戦士や冒険者たちが口々に騒ぎ立てる。その中心には、巨体の虎――レイジングクロウのナイトが丸くなり、まるで子猫のように静かに寝息を立てていた。

本来ならば出会えば即死もある強敵。だがナイトは、どこまでも悠然とした“王者の風格”を漂わせていた。



「エルドリン、ナイトは洗わないの?」

鍋をかき混ぜるソフィアが無邪気に聞く。


「討伐の最中にはしませんよ。戻ったら湖で洗いましょう。……ソフィアは触れ合いたいんですね?」

「うん、撫でたりしたいじゃない?」

「なるほど。じゃあ討伐後に、たっぷり洗ってあげてください。ソフィアの“ナイト”なんですから」


ソフィアは頬を赤らめ、にっこり笑った。


エルドリンとソフィアが用意した朝食――温かい鶏肉のスープとパン、野菜サラダがテーブルに並ぶ。柔らかな香りが漂い、野営地の緊張感を和らげていた。


「しかし驚いたぞエルドリン。あのレイジングクロウをソフィアの護衛につけるなんて」

ガルムが呆れと感心が混ざった目を向ける。


「昨日の戦いで思ったんです。彼ならソフィアと相性が良さそうだ、と」

「おまえは恐ろしいことをサラッと言うな……」

「でも念話もできるし、彼はソフィアを優先して動くようです」

「それならいい。そこらのプライドだけ高い冒険者より千倍頼りになるな」


周囲の冒険者たちが聞こえるように、わざとガルムは言い捨てた。


ナイトは聞こえていても関係ないと言わんばかりに、尻尾だけゆっくり揺らしていた。




隊列が整い、鬱蒼とした森の奥へ進む。空気は湿り、草の匂いが濃い。


「意志の疎通はどうだ、ソフィア?」

「念話ができるから大丈夫だよ。……ナイトね、すごく自信家なんだけど、ずっと孤独だったみたいなの。家族が欲しかったって」

「それでソフィアを優先して守るのか。いい相性だ」

「エルドリンの電光石火の一撃は“記憶にない”って。プライドが傷つくらしいよ?」

「そりゃ悪かったな」


ソレンディルが軽く笑った。

「ふふ、いい拾い物したじゃない。羨ましいね」


しばし遠征中であることを忘れるほど穏やかな空気が続いた。




森を進むこと二時間。突然、空気が変わった。


ナイトがソフィアに寄り添い、低く唸る。


「……周囲に殺気。多いぞ」


エルドリンが探知魔法を展開し、精霊の視界を森に飛ばす。


「三方向。

ファングロウ六体、グライムファング四十、ウィズドムウィング十……取り囲まれています」


「そいつは豪華なお出迎えだな」

ガルムがニヤリと笑う。


円陣を組むように各パーティーが配置され、武器を構える。

その中心で、ソフィアは静かに息を整え、全員へ強化魔法を施していった。


「スタミナ上昇、スピード上昇、攻撃力上昇、防御力上昇――展開します!」


魔力の波が陣全体に広がり、皆の身体が軽く、力がみなぎった。


ナイトの毛並みが逆立ち、雷光のような気迫を放つ。


まだ敵は攻め込んでこない。

こちらの動きを観察している――知性がある証拠だ。


エルドリンは無音の風をまとい、一気に上空へ跳んだ。


次の瞬間――


ドオオォォンッ!!


敵陣の中心で火球が弾け、森が揺れた。


戦闘が始まった。




ソレンディルが空へ跳び、ガルムが吠える。


「ソフィア、ナイト!行くぞ!」


彼が狙うは、ひときわ巨大なファングロウ。

立ち上がれば五メートル――鎧の隙間に爪が触れただけで命はない。


だがガルムは笑っていた。


「来いよ……!」


突進してくる巨体。地面が揺れる。

ガルムは踏み込み、身をひねって衝撃をかわすと、通りすがりざまに背へ深々と斬撃を刻む。


獣が咆哮し、怒りの眼で振り返る。


「雑な突進だな。もっと楽しませろよ!」


ファングロウが立ち上がり、全身で威嚇する。

ガルムは微動だにせず、逆に踏み込んで距離を詰めた。


「その程度の脅しが効くと思うか!」


右前脚が閃く。

ガルムは一歩横へ滑り、上段から渾身の袈裟斬り――


ズバァッ!!


厚い毛皮を裂き、肉ごと切り裂いた。


「……まだ足りねぇな!」


ファングロウの怒号が森を震わせた。



一方、ソフィアとナイトに四十の狼魔獣が襲いかかる。


ナイトの瞳が細まり、獰猛な獣の本性が滲む。


「グオォォッ!!」


その咆哮だけで敵が怯む。

次の瞬間、雷光のような速度で群れの中心へ飛び込み、二体を同時に薙ぎ倒した。


「今!」


ソフィアが流れるような動きで接近し、手刀で一体の首筋を裂き、もう一体の顎を肘で破壊。

血飛沫が舞い、彼女の頬を赤く染めた。


だが敵は敏い。

狙いをソフィアへ集中させ始める。


「来させない!」


ナイトが横から体当たり――

衝撃で三体が地面を転がり、骨が砕ける音が響く。


ソフィアは倒れかけた一体の頭を蹴り砕き、もう一体の横腹に前蹴りを叩き込む。

肋骨が内臓へ突き刺さり、血を吐いて崩れ落ちた。


――完全に流れはこちらだ。




上空百メートル。

巨大な鳥型魔獣ウィズドムウィングが十体、旋回しながら襲いかかってくる。


ソレンディルの魔法を速さで避け、翼の風圧で弾く。

エルドリンも空中では踏み込みが使えず、斬撃に威力が乗らない。


だが、エルドリンが静かに呟いた。


「……そろそろだな」


風魔法が渦を巻き、竜巻が生まれる。

その中心に氷の魔力が流れ込み、急激に周囲の温度が下がった。


――-2℃。

霧が発生し、敵の視界が奪われる。


「今よ!」


ソレンディルが杖に魔力を集中。

空気が震え、数十の火球が一斉に爆ぜた。


バガァァン! ドガァァァン!!


炎に包まれ、何体かが地上へ落下。

続くは巨大な氷塊――アイスティア(氷流星)。

残った魔獣の翼を砕き、その巨体ごと叩き落とす。


最後にチェーンライトニング。

霧に渦巻く水分が導線となり、空全体が雷光に包まれた。


眩い光、雷鳴、そして黒焦げの肉片。


霧を払うと、ウィズドムウィングは一羽も残っていなかった。


エルドリンとソレンディルは地上へ降り、戦局へ参戦する。


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