16、混戦
夜明け。
森を包む淡い霧が光を受けて金色に揺らぎ、静かだった野営地でざわめきが起き始めた。
「おい……あれ、本物か?」
「レイジングクロウ……!なんで生きてるんだ?」
戦士や冒険者たちが口々に騒ぎ立てる。その中心には、巨体の虎――レイジングクロウのナイトが丸くなり、まるで子猫のように静かに寝息を立てていた。
本来ならば出会えば即死もある強敵。だがナイトは、どこまでも悠然とした“王者の風格”を漂わせていた。
「エルドリン、ナイトは洗わないの?」
鍋をかき混ぜるソフィアが無邪気に聞く。
「討伐の最中にはしませんよ。戻ったら湖で洗いましょう。……ソフィアは触れ合いたいんですね?」
「うん、撫でたりしたいじゃない?」
「なるほど。じゃあ討伐後に、たっぷり洗ってあげてください。ソフィアの“ナイト”なんですから」
ソフィアは頬を赤らめ、にっこり笑った。
エルドリンとソフィアが用意した朝食――温かい鶏肉のスープとパン、野菜サラダがテーブルに並ぶ。柔らかな香りが漂い、野営地の緊張感を和らげていた。
「しかし驚いたぞエルドリン。あのレイジングクロウをソフィアの護衛につけるなんて」
ガルムが呆れと感心が混ざった目を向ける。
「昨日の戦いで思ったんです。彼ならソフィアと相性が良さそうだ、と」
「おまえは恐ろしいことをサラッと言うな……」
「でも念話もできるし、彼はソフィアを優先して動くようです」
「それならいい。そこらのプライドだけ高い冒険者より千倍頼りになるな」
周囲の冒険者たちが聞こえるように、わざとガルムは言い捨てた。
ナイトは聞こえていても関係ないと言わんばかりに、尻尾だけゆっくり揺らしていた。
隊列が整い、鬱蒼とした森の奥へ進む。空気は湿り、草の匂いが濃い。
「意志の疎通はどうだ、ソフィア?」
「念話ができるから大丈夫だよ。……ナイトね、すごく自信家なんだけど、ずっと孤独だったみたいなの。家族が欲しかったって」
「それでソフィアを優先して守るのか。いい相性だ」
「エルドリンの電光石火の一撃は“記憶にない”って。プライドが傷つくらしいよ?」
「そりゃ悪かったな」
ソレンディルが軽く笑った。
「ふふ、いい拾い物したじゃない。羨ましいね」
しばし遠征中であることを忘れるほど穏やかな空気が続いた。
森を進むこと二時間。突然、空気が変わった。
ナイトがソフィアに寄り添い、低く唸る。
「……周囲に殺気。多いぞ」
エルドリンが探知魔法を展開し、精霊の視界を森に飛ばす。
「三方向。
ファングロウ六体、グライムファング四十、ウィズドムウィング十……取り囲まれています」
「そいつは豪華なお出迎えだな」
ガルムがニヤリと笑う。
円陣を組むように各パーティーが配置され、武器を構える。
その中心で、ソフィアは静かに息を整え、全員へ強化魔法を施していった。
「スタミナ上昇、スピード上昇、攻撃力上昇、防御力上昇――展開します!」
魔力の波が陣全体に広がり、皆の身体が軽く、力がみなぎった。
ナイトの毛並みが逆立ち、雷光のような気迫を放つ。
まだ敵は攻め込んでこない。
こちらの動きを観察している――知性がある証拠だ。
エルドリンは無音の風をまとい、一気に上空へ跳んだ。
次の瞬間――
ドオオォォンッ!!
敵陣の中心で火球が弾け、森が揺れた。
戦闘が始まった。
ソレンディルが空へ跳び、ガルムが吠える。
「ソフィア、ナイト!行くぞ!」
彼が狙うは、ひときわ巨大なファングロウ。
立ち上がれば五メートル――鎧の隙間に爪が触れただけで命はない。
だがガルムは笑っていた。
「来いよ……!」
突進してくる巨体。地面が揺れる。
ガルムは踏み込み、身をひねって衝撃をかわすと、通りすがりざまに背へ深々と斬撃を刻む。
獣が咆哮し、怒りの眼で振り返る。
「雑な突進だな。もっと楽しませろよ!」
ファングロウが立ち上がり、全身で威嚇する。
ガルムは微動だにせず、逆に踏み込んで距離を詰めた。
「その程度の脅しが効くと思うか!」
右前脚が閃く。
ガルムは一歩横へ滑り、上段から渾身の袈裟斬り――
ズバァッ!!
厚い毛皮を裂き、肉ごと切り裂いた。
「……まだ足りねぇな!」
ファングロウの怒号が森を震わせた。
一方、ソフィアとナイトに四十の狼魔獣が襲いかかる。
ナイトの瞳が細まり、獰猛な獣の本性が滲む。
「グオォォッ!!」
その咆哮だけで敵が怯む。
次の瞬間、雷光のような速度で群れの中心へ飛び込み、二体を同時に薙ぎ倒した。
「今!」
ソフィアが流れるような動きで接近し、手刀で一体の首筋を裂き、もう一体の顎を肘で破壊。
血飛沫が舞い、彼女の頬を赤く染めた。
だが敵は敏い。
狙いをソフィアへ集中させ始める。
「来させない!」
ナイトが横から体当たり――
衝撃で三体が地面を転がり、骨が砕ける音が響く。
ソフィアは倒れかけた一体の頭を蹴り砕き、もう一体の横腹に前蹴りを叩き込む。
肋骨が内臓へ突き刺さり、血を吐いて崩れ落ちた。
――完全に流れはこちらだ。
上空百メートル。
巨大な鳥型魔獣ウィズドムウィングが十体、旋回しながら襲いかかってくる。
ソレンディルの魔法を速さで避け、翼の風圧で弾く。
エルドリンも空中では踏み込みが使えず、斬撃に威力が乗らない。
だが、エルドリンが静かに呟いた。
「……そろそろだな」
風魔法が渦を巻き、竜巻が生まれる。
その中心に氷の魔力が流れ込み、急激に周囲の温度が下がった。
――-2℃。
霧が発生し、敵の視界が奪われる。
「今よ!」
ソレンディルが杖に魔力を集中。
空気が震え、数十の火球が一斉に爆ぜた。
バガァァン! ドガァァァン!!
炎に包まれ、何体かが地上へ落下。
続くは巨大な氷塊――アイスティア(氷流星)。
残った魔獣の翼を砕き、その巨体ごと叩き落とす。
最後にチェーンライトニング。
霧に渦巻く水分が導線となり、空全体が雷光に包まれた。
眩い光、雷鳴、そして黒焦げの肉片。
霧を払うと、ウィズドムウィングは一羽も残っていなかった。
エルドリンとソレンディルは地上へ降り、戦局へ参戦する。




