15、夜警
休憩を終え、討伐隊は再び森の奥へと足を進めた。
時間と共に濃い霧は少しずつ薄れ、視界は明るさを取り戻していく。
その後しばらくは魔獣の気配はなく、一行は警戒体制を保ちながらも問題なく進軍できた。
やがて木々が途切れ、ぽっかりと開けた草地へと抜けた。
午後三時を過ぎていたため、その場を第二野営地とし、キャンプの準備が始まる。
女性用・男性用の就寝テント、そして食堂用の大テントが手際よく建てられていく。
エルドリンはマジックボックスから風呂桶を取り出すと、土魔法で周囲に高い土塀を築き、即席の風呂場を作り上げた。
怪我は治癒魔法で癒せるが、
――スタミナだけは魔法では回復できない。
50キロに迫る武装を一日中身に着け、常に敵を警戒して歩くのだ。
精神的にも肉体的にも、確実に疲労は蓄積していく。
目的地に到達する前に疲弊しては本末転倒である。
エルドリンは意図的に「入浴」を組み込んだ。
体温を上げ、副交感神経を働かせて休息の質を上げるためだ。
魔術師たちも、精神疲労の軽減のために順番に湯へ入れた。
風呂上がり、食事の用意が始まる。
食欲のない者にはほぐし肉と刻み野菜を入れた雑炊やスープを配り、
食欲のある者にはホワイトシチューと肉料理が振る舞われた。
魔獣を寄せ付けないため、焚火は最小限に抑えられた。
食後は早めに就寝し、体力回復を最優先とする。
周辺警護は各パーティーから一名ずつ担当し、交代で夜を過ごす。
夜の森は危険そのものだ。
夜行性の魔獣は多く、視力も聴覚も桁違いに鋭い者が多い。
ソフィアが結界魔法でテント周囲を保護してはいるが、油断はできない。
やがて周辺警護の順番がエルドリンに回ってきた。
同じ頃、休息用テントではガルム、ソレンディル、ソフィアが、今日の戦闘を振り返っていた。
「今日何度も思ったけど……このままで大丈夫なのか?」
ガルムが眉をひそめる。
「まずいね。」
ソレンディルも同意する。
「でも、あのパーティーの人たちって、街じゃ有名なんですよ?」
ソフィアが不安そうに言う。
「本当か? そうだとすると深刻な問題だな。」
ガルムが腕を組む。
「本当です。……エルドリンは以前、有名パーティーと高難度依頼に参加したことがあります。
でも全滅して、彼だけが生き残りました。
状態異常や深手を負った仲間を、戦いながら治癒するなんてできるはずがありません。
脅威判定を誤って命を落とす冒険者もいました。
……それなのに、彼だけが生きて帰ったせいで、
『厄災を持ち込むアンブレイカー』なんて陰口まで言われるようになってしまって」
ソフィアの声には悔しさが滲んでいた。
「なるほどな。……簡単に言えば“実力差のミスマッチ”ってことだ」
ガルムが低く言う。
「エルドリンは判断が早くて、迷いがない。攻撃も治癒もできる。」
「確かに。剣技から瞬時に魔法に切り替えたり、周囲の状況を冷静に見てる」
「普通の冒険者には絶対にできない動きだよ。驚いた。」
ソレンディルが静かに続けた。
「まだ話していないことがあります。彼……“並列思考”ができるのよ。
だから、常に俯瞰した視点で状況を把握して、剣技と魔法を同時に扱えるの。」
『並列思考……!?』
「四重詠唱の魔法剣士で、並列思考持ち……」
「もう人間を超えてるね。」
「ソフィアの体術も尋常じゃなかったな。安心して背中を任せられる。」
「……ありがとうございます。」
三人は苦笑しつつも、どこか安心したような空気が流れた。
「まったく……エルドリンには驚かされっぱなしだ。
人間じゃないと言われても驚かないよ。」
そう話しながら、夜は更けていく。
一方、エルドリンは夜警として周辺の警戒にあたっていた。
静かな夜。森を渡る風の音だけが耳に入る。
「よう」
後ろから声がかかった。
振り向くと、“ファイヤーファイター”のリーダーだった。
「どうしました?」
「今日は世話になったな」
「気にしないでください」
「いや……礼を言っておきたかった。
……俺は、あんたのこと誤解してたよ」
「噂の件ですか? 慣れています」
「それでも、失礼な態度をとって悪かった。本当に申し訳ない」
エルドリンは一歩、距離を置いた。
噂を鵜呑みにする人間は、信頼に値しない。
討伐隊として協力はするが、馴れ合うつもりはない。
心の澱は簡単に晴れるものではなかった。
そのとき――
索敵に強い反応が走った。
大きい。
近い。
しかし、こちらにはまだ気付いていない。
(夜行性の魔獣……?)
エルドリンは夜目を利かせ、音を殺して森の奥へ進む。
「ガルム、聞こえますか?」
《ムーブメモリー》で囁く。
『どうした?』
「魔獣。こちらに接近中です。夜警を交代してください。」
『わかった』
エルドリンは遮蔽・隠蔽魔法をかけ、完全に気配を断つ。
他の夜警へ知らせる余裕はない。
一人で対処するしかなかった。
木の陰に隠れながら距離を詰める。
索敵に映った魔獣――
レイジングクロウ。
体長三メートルの虎型魔獣。
反射神経、嗅覚、聴覚に優れ、強力な前脚の一撃は岩を砕く。
夜間の森では最悪の遭遇相手と言える。
(斬りかかれば殺気を読まれる……正面戦闘は不利)
殺気を感じられて、警戒されたら叶わない。
戦うのではない、生け捕りにする。
そう判断した。
エルドリンは敵の背後五メートルに、マッチの火ほどの小さな火球を、
三秒ごとに、等間隔で「点火」していった。
「ポッ」と空気の弾ける微かな音。
魔獣が振り返る。
警戒して火をじっと観察している。
その隙――。
縮地で一気に距離を詰め、殺気のない蹴りを鼻先へ叩き込む。
虚を突かれた魔獣はよろめいた。
続けて二撃目。
脳を揺らし、レイジングクロウは崩れ落ちた。
エルドリンは即座に魔獣を空間魔法へ収容し、テントへ戻る。
従魔にできれば、ソフィアの護衛・ガルムの前衛補助として大きな戦力増強となる。
《片付きました。夜警、お願いします》
「了解した」
テントに戻ると、ソレンディルとソフィアが起きていた。
エルドリンは空間魔法を開き、二人を招き入れる。
「どうしたの?」
「ちょっと、大物を……捕まえまして」
「なっ……レイジングクロウ!?」
ソレンディルの声が裏返った。
ソフィアには危険度の高さがぴんと来ていないようだ。
「これほど若く、立派な成体ならソフィアの護衛に最適です」
「……本当に夜警で必ず何か起こすわね、あなたは」
「まあ、今回は良いことですよ」
ソレンディルはレイジングクロウとソフィアの従魔契約を行う。
契約が成立すると、魔獣の意識がソフィアへ重なり、思考が伝わる。
ソフィアは魔獣に名を与えた。
「――あなたは『ナイト』。よろしくね」
ナイトは従順に頭を下げ、ソフィアの横に静かに横たわる。
エルドリンはガルムと交代し、事の顛末を説明した。
ガルムは思わず頭を抱えた。
「……お前、常識破りにも程があるだろ」
しかし、戦力が一気に拡充されたことに、ガルムは内心で胸を撫で下ろした。




