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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
15/91

15、夜警


休憩を終え、討伐隊は再び森の奥へと足を進めた。

時間と共に濃い霧は少しずつ薄れ、視界は明るさを取り戻していく。

その後しばらくは魔獣の気配はなく、一行は警戒体制を保ちながらも問題なく進軍できた。


やがて木々が途切れ、ぽっかりと開けた草地へと抜けた。

午後三時を過ぎていたため、その場を第二野営地とし、キャンプの準備が始まる。


女性用・男性用の就寝テント、そして食堂用の大テントが手際よく建てられていく。

エルドリンはマジックボックスから風呂桶を取り出すと、土魔法で周囲に高い土塀を築き、即席の風呂場を作り上げた。


怪我は治癒魔法で癒せるが、

――スタミナだけは魔法では回復できない。


50キロに迫る武装を一日中身に着け、常に敵を警戒して歩くのだ。

精神的にも肉体的にも、確実に疲労は蓄積していく。

目的地に到達する前に疲弊しては本末転倒である。


エルドリンは意図的に「入浴」を組み込んだ。

体温を上げ、副交感神経を働かせて休息の質を上げるためだ。

魔術師たちも、精神疲労の軽減のために順番に湯へ入れた。


風呂上がり、食事の用意が始まる。

食欲のない者にはほぐし肉と刻み野菜を入れた雑炊やスープを配り、

食欲のある者にはホワイトシチューと肉料理が振る舞われた。


魔獣を寄せ付けないため、焚火は最小限に抑えられた。

食後は早めに就寝し、体力回復を最優先とする。


周辺警護は各パーティーから一名ずつ担当し、交代で夜を過ごす。

夜の森は危険そのものだ。

夜行性の魔獣は多く、視力も聴覚も桁違いに鋭い者が多い。

ソフィアが結界魔法でテント周囲を保護してはいるが、油断はできない。


やがて周辺警護の順番がエルドリンに回ってきた。


同じ頃、休息用テントではガルム、ソレンディル、ソフィアが、今日の戦闘を振り返っていた。


「今日何度も思ったけど……このままで大丈夫なのか?」

ガルムが眉をひそめる。


「まずいね。」

ソレンディルも同意する。


「でも、あのパーティーの人たちって、街じゃ有名なんですよ?」

ソフィアが不安そうに言う。


「本当か? そうだとすると深刻な問題だな。」

ガルムが腕を組む。


「本当です。……エルドリンは以前、有名パーティーと高難度依頼に参加したことがあります。

 でも全滅して、彼だけが生き残りました。

 状態異常や深手を負った仲間を、戦いながら治癒するなんてできるはずがありません。

 脅威判定を誤って命を落とす冒険者もいました。

 ……それなのに、彼だけが生きて帰ったせいで、

 『厄災を持ち込むアンブレイカー』なんて陰口まで言われるようになってしまって」


ソフィアの声には悔しさが滲んでいた。


「なるほどな。……簡単に言えば“実力差のミスマッチ”ってことだ」

ガルムが低く言う。

「エルドリンは判断が早くて、迷いがない。攻撃も治癒もできる。」

「確かに。剣技から瞬時に魔法に切り替えたり、周囲の状況を冷静に見てる」

「普通の冒険者には絶対にできない動きだよ。驚いた。」


ソレンディルが静かに続けた。


「まだ話していないことがあります。彼……“並列思考”ができるのよ。

 だから、常に俯瞰した視点で状況を把握して、剣技と魔法を同時に扱えるの。」

『並列思考……!?』


「四重詠唱の魔法剣士で、並列思考持ち……」

「もう人間を超えてるね。」

「ソフィアの体術も尋常じゃなかったな。安心して背中を任せられる。」

「……ありがとうございます。」


三人は苦笑しつつも、どこか安心したような空気が流れた。


「まったく……エルドリンには驚かされっぱなしだ。

 人間じゃないと言われても驚かないよ。」


そう話しながら、夜は更けていく。


一方、エルドリンは夜警として周辺の警戒にあたっていた。

静かな夜。森を渡る風の音だけが耳に入る。


「よう」


後ろから声がかかった。

振り向くと、“ファイヤーファイター”のリーダーだった。


「どうしました?」

「今日は世話になったな」

「気にしないでください」

「いや……礼を言っておきたかった。

 ……俺は、あんたのこと誤解してたよ」

「噂の件ですか? 慣れています」

「それでも、失礼な態度をとって悪かった。本当に申し訳ない」


エルドリンは一歩、距離を置いた。


噂を鵜呑みにする人間は、信頼に値しない。

討伐隊として協力はするが、馴れ合うつもりはない。

心の澱は簡単に晴れるものではなかった。


そのとき――

索敵に強い反応が走った。


大きい。

近い。

しかし、こちらにはまだ気付いていない。


(夜行性の魔獣……?)


エルドリンは夜目を利かせ、音を殺して森の奥へ進む。


「ガルム、聞こえますか?」

《ムーブメモリー》で囁く。


『どうした?』

「魔獣。こちらに接近中です。夜警を交代してください。」

『わかった』


エルドリンは遮蔽・隠蔽魔法をかけ、完全に気配を断つ。


他の夜警へ知らせる余裕はない。

一人で対処するしかなかった。


木の陰に隠れながら距離を詰める。


索敵に映った魔獣――

レイジングクロウ。

体長三メートルの虎型魔獣。

反射神経、嗅覚、聴覚に優れ、強力な前脚の一撃は岩を砕く。

夜間の森では最悪の遭遇相手と言える。


(斬りかかれば殺気を読まれる……正面戦闘は不利)


殺気を感じられて、警戒されたら叶わない。

戦うのではない、生け捕りにする。


そう判断した。


エルドリンは敵の背後五メートルに、マッチの火ほどの小さな火球を、

三秒ごとに、等間隔で「点火」していった。


「ポッ」と空気の弾ける微かな音。

魔獣が振り返る。

警戒して火をじっと観察している。


その隙――。


縮地で一気に距離を詰め、殺気のない蹴りを鼻先へ叩き込む。

虚を突かれた魔獣はよろめいた。

続けて二撃目。

脳を揺らし、レイジングクロウは崩れ落ちた。


エルドリンは即座に魔獣を空間魔法へ収容し、テントへ戻る。


従魔にできれば、ソフィアの護衛・ガルムの前衛補助として大きな戦力増強となる。


《片付きました。夜警、お願いします》

「了解した」


テントに戻ると、ソレンディルとソフィアが起きていた。

エルドリンは空間魔法を開き、二人を招き入れる。


「どうしたの?」

「ちょっと、大物を……捕まえまして」

「なっ……レイジングクロウ!?」

ソレンディルの声が裏返った。


ソフィアには危険度の高さがぴんと来ていないようだ。


「これほど若く、立派な成体ならソフィアの護衛に最適です」

「……本当に夜警で必ず何か起こすわね、あなたは」

「まあ、今回は良いことですよ」


ソレンディルはレイジングクロウとソフィアの従魔契約を行う。

契約が成立すると、魔獣の意識がソフィアへ重なり、思考が伝わる。


ソフィアは魔獣に名を与えた。


「――あなたは『ナイト』。よろしくね」


ナイトは従順に頭を下げ、ソフィアの横に静かに横たわる。


エルドリンはガルムと交代し、事の顛末を説明した。

ガルムは思わず頭を抱えた。


「……お前、常識破りにも程があるだろ」


しかし、戦力が一気に拡充されたことに、ガルムは内心で胸を撫で下ろした。


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