14、希人
討伐戦の当日を迎えた。
エルドリンは出発に備えてアイテムボックスの食料を整理した。
前回購入した食材はまだ十分残っていた。
整理が終わると、軽装鎧を装着して宿屋に向かった。
ガルム、ソレンディル、ソフィアは準備を済ませて、ロビーでエルドリンを待っていた。
四人揃った所で歩いてギルドへ向かう。
「いい天気だね。」
「そうですね楽しみですね。」
「ソフィアは人気者だね。さっきからすれ違う人がソフィアに挨拶するね。
エルドリンは領主の三男は顔を知られてないのかい?」
「そうですね、長男、次男は年始の挨拶、収穫祭等の式典に出席するので、顔を知られています。
三男にはそういった式典にゲストとして呼ばれませんから。」
「そんなもんなのか?」
「王族ではないですからね。」
他愛のない話しをしながら、冒険者ギルドに到着した。
ギルド前には馬車5台、荷馬車4台が停まっていた。
討伐に参加するパーティーメンバーが既に揃っていた。
副ギルドマスター、エレンディルが同行する。
「馬車は5台ある、それぞれのパーティーに分かれて乗車してくれ。
食料、装備等預ける物があれば、荷馬車に乗せてくれ。」
今回、私エレンディルがキャンプ地まで同行する。
それでは各々方、出発準備は済んだか!」
副マスターエレンディルから号令がかかる。
他のパーティーメンバーから"アンブレイク・ハート"の面々は、値踏するような視線を受けた。
ガルムとソレンディルは、いつもの事だと視線を受け流していた。
エルドリンは冒険者ギルドで、厄災の象徴"アンブレイカー"として有名だ。
不躾な視線に睨み返した。その視線に気圧された者たちは慌てて目を逸らした。
「相変わらず下らない縄張り意識ですか、生き残れるかもわからないのに。」
エルドリンは不快感を隠さない。彼等に向けて皮肉を返した。
ソレンディルとソフィアが、馬車に先に乗り、ガルムが後に続いた。
最後にエルドリンが乗車して扉を閉めた。
「それでは出発!」
隊列は冒険者ギルド前から移動を開始した。
街の住民が隊列を見送った。
ガルムが話しかける。
「他の冒険者、あからさまにお前を敵視してるな」
「噂ですよ。以前、私が参加したパーティーが全滅しました。私は必死で生き延びただけです。救いたい気持ちはありましたが……力が足りなかった」
「それで?」
「『なぜお前だけ生きて帰った』と責められました。状況を説明しても無駄だと思って黙っていました。それから、アイアンゲートでは嫌われ者です」
「……辛かったな」
「“死の国から来た希人”――そんなあだ名まで付けられています」
「俺はそうは思わんがな」
ガルムは静かにそう言った。
一方、ソレンディルとソフィアはエルドリンの幼少期や公爵家の話で盛り上がっている。
隊列は9時に冒険者ギルドを出て、二重の城壁を抜けて街道をウォーデンフォレストに向けて進んでいた。
12時になり、馬車を止めて昼食を取ることになった。
"ファイヤーファイター""ライジングサンダー""大地の守護者""星の導き"のメンバーも馬車から降りて来た。
エルドリンはさっと構成人員を確認した。
彼等は総勢18人、タンクが4人、アタッカーとなる剣士、槍使いが8人、魔術師が4人、治癒師が2人。
「ソレンディル、ソフィアお願いがあります。
魔術師と治癒師に探りを入れて下さい。
二属性の魔法を扱える人員が何人か。属性が分かるとありがたいです。
治癒師は結界魔法も扱えるのか確認して下さい。
ハイエルフと会話出来る事は、そうそう無いので、喜んで受け入れて貰えると思います。」
「わかったよ。」「わかりました。」
「俺は良いのか?」
「ガルムは彼等から見て、歴戦の猛者です。色々と話を求められると思います。
彼等の装備がどれくらいか聞いて来ていただけますか。
私はどうせ彼等に警戒されていますから。」
「分かった。まだ夜食や次の日があるから、他愛のない冒険譚でも聞かせてやるか。」
「すいません。」
ガルム、ソレンディル、ソフィアは、他のグループの集まっているテーブルに向かって行った。
エルドリンは副マスターエレンディルに近づいた。
「参加してくれて感謝するよ、エルドリン」
「こちらこそ、いい機会です」
「そうですか、私は"タイミングが良すぎる"のではと疑っています。
二人の"タンザニアナイト"クラスが街に来た事、あなたとパーティーを組んだ事、そしてS級のレイド。」
「私が災いを招いたと。おっしゃりたいのですか?
自分のパーティーの実力を計りたくて、難易度の高い依頼を探していただけです。」
「6メートルもある大口鰐が、お試しですか?
死人が出るかも知れない難易度の合同レイドですよ?」
「私のパーティーメンバーは、この死線を乗り越えられる実力があると自負しています。」
「そうですか、"アンブレイカー"は死の国からやって来た"希人"と噂されていますが。
今回は何人死傷者が出そうですか?"また"全滅"しそうですか?」
「敵の数も規模も分からない、こちらの戦力もまだ分からないのに難しい質問ですね。
私はパーティーメンバーを見捨てた事はありません。
その噂もデマでしょうね。6メートルの大口鰐と相対して逃げ出す冒険者なら、総崩れも起こり得ると思いますよ。」
「そうですか、噂がデマなら良いんですが。」
「我々はニューフェイスなので、邪魔しないようにサポートに徹しますよ。」
「私はあなたのそういう所が、気に食わないのです。」
突き放しながらも、エレンディルもまた冒険者を死なせたくないだけなのだ。
しかし、エルドリンを疑う者との溝は深く、埋める術はまだ見えなかった。
昼食を終えて、片付けが終わるとまた街道を馬車で進んだ。
夕日が落ちる前にテントを張りキャンプをした。
エルドリンが建てた天幕にアンブレイク・ハートの四人が揃った。
まだ夕食の前の時間だ。
「ソレンディルどうでしたか?」
「魔道士四人は二属性を持っているね。
氷と火属性がという組み合わせが多いね。」
「そうでしたか、ありがとうございます。
ソフィアはどうでしたか?」
「治癒師はシスターだね、結界魔法も使えると聞きました。」
「大口鰐は水辺の怪物ですからね。
そういう構成なのか、ガルムの方はどうでしたか?」
「エルドリンの見立て通りだな、装備は鋼鉄合金製の鎧だな。
魔法付与もされていない。普通の鎧だな。」
「わかりました。明日も時間がある時に話しかけて下さい。
後々それが役に立ちます。」
「お前がそれでいいなら、分かった。」
こうしてパーティーは夕食の用意されたテントに向かって解散した。
天幕にはエルドリンとソフィアが残った。
「エルドリンは、いつも慎重だね。」
「貴族の出なもので、背後から襲われる可能性を、排除しておきたいんです。
そして、目的地にたどり着くまでに魔獣に襲われる可能性があります。
森の力関係を損なう強力な個体が現れた、逃げ出した魔獣と遭遇するでしょう。
とても困難な冒険なんですよ。」
「そういう事を積み重ねるから、まだ生きているのかも知れないね。」
「そうかも知れません。ソフィアを無傷でお返しすると司教と約束しましたからね。」
「そうだね。よろしくねエルドリン。」
ソフィアは他の人と話す時は丁寧な話し方をする。
だが、エルドリンの前でだけ、幼馴染の感覚で言葉遣いもくだけている。
二人は夜少し遅くまで話しをして、ゆっくりと眠った。
そこから2日後、街道が森にさしかかった。
副マスターエレンディルが発令した。
「今日のキャンプ地をベースキャンプとします。
明日からグレートレイブ湖に向かい、討伐に向かって下さい。」
そして、自分達のテントにアンブレイク・ハートの四人が集まった。
「明日から森に入ります。
ディープバイトに縄張りを追われた魔獣と遭遇するでしょう。
森なので火魔法は、火災を引き起こし、自分達も巻き込まれる恐れがあるので使わないように。
ソレンディル、氷槍、土魔法法で対処願います。
多勢に囲まれた場合は、氷槍をぶっ放して下さい。
ガルムの後ろに着いて移動して、抜けて来た敵を倒して下さい。
私も一緒にガルムの後ろに着いていきます。
もし森ではぐれた場合は"ムーブ・メモリー"で呼んで下さい。」
「わかった。」「了解しました。」「任せておけ!」
「存分に暴れて、魔獣を撃退しましょう。」
こうして事前の打合せを済ませた。
楽しい夕飯を食べて、早々に就寝した。
いよいよ討伐戦が始まるのであった。
森の朝霧に包まれた夜明け方、討伐隊は森に入った。
先頭を行くパーティーが、地図で方向を確認し森に入った。
アンブレイク・ハートは最後尾を務めることになった。
「目的地の湖までは徒歩で5~7日かかる。
湖周辺の魔獣が逃げてくるだろう。
それら全て根絶する。」
事前説明を頭に入れ、霧に包まれた森の中を慎重に進んでいく。
木々が高く生い茂り、隙間から差し込む光は限られていた。
エルドリンは索敵を展開し、常に周囲の警戒をしていた。
数時間が過ぎた頃、魔獣の気配が感知された。
「前方から敵!数は10体以上だ!来るぞ!
脚が早いな。」
先頭のパーティーが交戦に入った。
閃光が立ち上るのが見えた。
次々と後続のパーティーが戦闘を始める。
周囲に無数の殺気が立ち込める。
敵の正体はグライムファングだ。
全長2メートルを超える狼型魔獣で、黒い毛並みに背中の中央が薄灰色。
群れで狩りを行う。雷や嵐の自然魔法を使い、前足の爪と噛みつきが非常に危険だ。
木々が密集しているため、範囲魔法は使えない。
ソレンディルは氷槍で複数体を貫いた。
その場で倒れる音がする。
ガルムはバスターソードを構える。
「こうも視界が悪いんじゃな。」
そう呟くが、彼の勘が冴え渡る。
襲いかかってきた個体に豪快に剣を振るった。
敵は真っ二つに分かれて倒れた。
血飛沫が舞って、周囲に血の匂いが漂う。
ガルムは興奮して来た。体が赤く、筋肉が盛り上がった。
オーガ特有の戦闘態勢に入った。
ソフィアとエルドリンはガルムの背後を左と右に着いていた。
ガルムの脇を抜けて襲いかかるグライムファングに、ソフィアは右に交わして鼻先に手刀を落とした。
「ギャワン!」
突然の痛みに敵がたじろいでいる。
肉体強化したソフィアの突きが入った。敵の肋骨が折れる。
もう一発、同じ箇所に鋭い手刀を差し込んだ。
その一撃は敵の心臓を貫いていた。
敵は絶命し、その場に倒れた。
エルドリンは飛びかかってくるグライムファングの股下に滑り込み、刀を突き刺した。
そのまま敵の体を斬り裂いて、素早く立ち上がって、次の敵に斬り込んでいた。
そうしている間に第二波が襲来した。
4人は10体に囲まれた。
ソフィアは光魔法で、グライムファングに目眩ましをかけた。
ソレンディルは冷静に氷槍で敵を駆逐した。
残った敵をガルム、ソフィア、エルドリンが追撃し、確実に群れを根絶していく。
第三波が到来した。
ガルムは背中に装着していた盾を構えて展開し、グライムファングの突進から後ろの三人を守った。
エルドリンが素早く、ガルムの前に出て、敵の首を素早く落とした。
ソフィアも両手突きで敵の喉笛に突き刺し、敵を倒した。
ソレンディルは後方から襲われないように、土魔法で壁を作る。
そして氷槍をトラップとしてガルム、ソフィア、エルドリンと壁の間に設置した。
敵がソフィアとエルドリンを抜けて来ると、ソレンディルが氷の槍で迎撃する。
ガルムの展開したタワーシールドに阻まれ、敵は噛みつき、ひっかき、体当たりが通じないので焦っていた。
集団で狩りをしているのは彼等だったのに、逆に良いように狩られている。
攻撃が止んだ。グライムファングの集団を殲滅させた。
「グライムファングの群れは潰えました。」
エルドリンの言葉に、パーティーは緊張を解いた。
互いの無事を確認した。
グライムファングの死体を、そのままにして置くわけに行かないのでマジックボックスに収納した。
ソフィアが浄化魔法で返り血で染まった装備を洗い流してくれた。
ソレンディルが水魔法で地面の血をそして風魔法で血の匂いを飛ばした。
エルドリンは前を行くパーティーの状況確認に向かった。
前を行くパーティーは噛まれたり、体当たりされたりで怪我人が出ていた。
「ソフィア、聞こえるか?」
ソフィアの胸に下がっている魔道具からエルドリンの声がした。
「聞こえるわ。エルドリン」
「前のパーティーに怪我人が出ている。治癒を手伝って欲しい。」
「分かった。」
ソフィアは怪我人を治癒すべく、走って向かった。
ガルムとソレンディルは、この状況を快く思っていなかった。
「たかがグライムファングの群れだろう。
これで怪我人が出てるって、大口鰐に遭遇したら死人が出るな。」
「そうだね。脆い。目的地に辿り付くまでに、他のパーティーは全滅もありうるね。」
エルドリンとソフィアは治癒魔法により怪我人を治していった。
幸いな事に死者は出ていない。
怪我をしている最後の一人の治療を終えると、エルドリンは先に進むように促した。
こうして再び索敵しながらグレートレイブ湖に向かって侵攻が再開した。
2時間ほど進むと、またも小さな魔獣の気配がした。
「敵の数が多い!獲物は小さい!」
現れたのはスピアバックだった。
ハリネズミ型魔獣で、針を飛ばす。
針には麻痺毒があり、刺さると麻痺により一定時間動けなくなる。
土魔法も扱う。隠れたり、すばしっこく動く。
ガルムは盾を前面にして、ソフィアとエルドリンを守る。
ソレンディルは雷魔法をガルムの前方に打ち込んだ。
雷が地表をは這い、スピアバックをショック死させた。
エルドリンもそれに習い、雷魔法を打ち込む。
ガルムの盾、鎧は雷魔法を防いでくれた。
ソフィアは怪我を負うことがなかった。
スピアバックはおよそ50匹いた。
ソレンディルとエルドリンの雷魔法により、敵の数は徐々に減っていった。
襲撃が収まった。敵を殲滅したようだ。
ソレンディルが前方にいるパーティーの様子を伺った。
「何だか混乱が起きているみたいだね。」
エルドリンとソフィアが他のパーティーの様子を見に行った。
スピアバックは小さくてすばしっこい。
小さな体でありながら大きな獲物を集団で襲う事がある。
通常これほどの数に出会う事はない。
やはり逃げて来たのだろうか。
エルドリンはそう考えながら歩いていた。
パーティー"星の導き"では魔法使いが、詠唱中に針に刺されて麻痺状態に陥った。
"大地の守護者"では剣士が麻痺状態で横になっていた。
それ以外のパーティーにも針に打たれた者がいた。
エルドリンとソフィアは状態異常を癒やす魔法を掛けて回った。
「すまない。世話をかける。」
「合同レイドですから、お互い様です。
少し休憩したら進みましょう。」
「ああ」
エルドリンとソフィアはアンブレイク・ハートの場所に戻ってきた。
「少し休憩になります。お茶でも飲んで、おやつの時間にしますか。」
「やったね。」
エルドリンの提案にソレンディルが喜んだ。
敷物を引いて4人はスコーンと冷たいお茶を飲んだ。
ガルムは何か言いたそうな顔をしていた。
(おい!こんなんで目的地に辿り着くのか?)
エルドリンも同じ思いだった。
不安の中の初日を迎えた。




