13、討伐会議
陽光が公爵邸の尖塔を照らしていた。
雲ひとつない青空。
エルドリンは久々に家族と食卓を囲み、母と弟たちに笑みを向けた。
「母上、兄上、また出立いたします。王都に戻り次第、報告を。」
母は少し眉をひそめ、しかし息子の瞳を見て微笑んだ。
「行きなさい、エルドリン。――あなたの道を。」
柔らかな別れの言葉を背に、公爵邸を後にする。
今日は忙しい一日になる。
シールドアームズ・ホステルでガルムとソレンディルを拾い、冒険者ギルドへ向かわねばならなかった。
街路の石畳は陽に照らされ、朝露が光っていた。
王都はすでに目覚め、人々の声と馬車の車輪が賑やかに混じり合う。
歩きながらエルドリンは、前夜に公爵エドガーと交わした話を思い出していた――
「お前なら人々を助け、魔を払いさぞや立派な"剣"となるだろう。」
――ホステルのロビーでは、すでにガルムとソレンディルが待っていた。
「おい、遅いぞ、坊ちゃん!」
ガルムが笑いながら肩を叩く。
「母上と朝食を取っていたもので。」
「お前んとこの母ちゃん、怖いんだってな! ソレンディル連れてったら“結婚させる!”って言い出したんじゃねぇのか?」
「やめてください、それは冗談になりません。」
「はははっ!」
ソレンディルが苦笑し、肩をすくめる。
「さて、今日の段取りですが――」
エルドリンは真顔に戻り、二人へ指示を出した。
「お二人は昨日の鍛冶屋へ行き、装備と新作の魔道具を受け取って下さい。
私はソフィアを迎えに“鋼の契約堂”へ行きます。
冒険者ギルドで合流しましょう。」
「了解。」「りょーかい。」
エルドリンは軽く手を上げて別れを告げ、陽光の中へと歩き出した。
その頃、ギルドの会議室では、ギルドマスター・アルバートと副長エレンディルが厳しい表情で地図を広げていた。
「標的は“ディープバイト”――全長六メルト。水魔法を操る大型魔獣だ。」
「筋肉と鱗が厚く、物理も魔法も通りにくい。
恐らく重力魔法で体重を抑え、素早く動く個体でしょう。」
「……相当な強敵だな。」
アルバートが呟く。
エレンディルが頷く。
「王国からの指名依頼です。ギルド最強のパーティーを動員します。」
地図の上に小さな駒が置かれていく。
「ファイヤーファイター」「ライジングサンダー」「大地の守護者」「星の導き」――
そしてアルバートが一枚の札を最後に置いた。
「……『アンブレイク・ハート』。彼らも加えよう。」
室内の空気が一瞬ざわついた。
ベテラン冒険者の一人が眉をひそめる。
「ギルマス、それはどういうつもりです?
“アンブレイカー”を連れて行くなんて縁起でもない。
あの男が関わった依頼は、いつも死人が出る。」
「ふん……またその話か。」
アルバートは椅子にもたれ、冷ややかな目を向けた。
「嫉妬混じりの噂を信じるほど、私は愚かではない。
エルドリン・ファルコンは単独でB級クラスの群れを殲滅した。
“アンブレイカー”という呼び名は侮蔑の証であると同時に――畏怖の証だ。」
「ですが……!」
「文句があるなら、直接彼に言え。
それができぬ臆病者が、戦場で誰を守れる?」
静まり返る室内。
誰も何も言い返せなかった。
アルバートは短く息を吐き、告示を指差した。
「決定だ。――以上。」
筆が走り、冒険者ギルド全体に告示が張り出される。
瞬く間に、街中の早刷りにもその名が載った。
『6メートル超の魔獣ディープバイトを討て!
参加パーティー:ファイヤーファイター、ライジングサンダー、大地の守護者、星の導き、アンブレイク・ハート
報奨金:200万ギル(王国・ギルド共同支給)』
人々のざわめきの中に、ひときわ冷笑混じりの声が聞こえた。
「“アンブレイカー”だと? 死人を呼ぶ死神じゃねぇか。」
「よせ、聞こえるぞ。」
「構うもんか、どうせ気にしやしねぇ。」
――確かに、エルドリンは一切気にしなかった。
その呼び名を、ただ無言で受け入れ、歩みを止めることはなかった。
その頃、エルドリンは“鋼の契約堂”の扉を押し開けていた。
硝子越しに陽が差し込み、工房には鉄と油の匂いが満ちている。
ソフィアが振り返り、微笑む。
「遅かったわね。」
「少し公爵邸で足止めされました。」
「公務絡みね、仕方ない。」
彼女の白銀の髪が光を受けてきらめく。
軽く笑みを交わし、二人は街のレストラン《ガチョウの胃袋亭》で昼を取った。
やがてガルムとソレンディルも到着し、テーブルには四人分のランチが並ぶ。
「これが例の魔道具です。」
エルドリンがマジックバックから小箱を取り出し、各人に渡した。
箱の中には小さな水晶の四角錐ペンダント――“ムーブ・メモリー”。
「これで離れていてもリアルタイムに連絡が取れます。音声と映像、どちらも可能です。」
「スクロールより手軽だな!」
「エルドリンの発明なんですよ。」
「……また妙なもんを造ったな。あんたは。」
ガルムが笑い、場が和やかに包まれた。
午後三時
冒険者ギルド二階の会議室には、選ばれし五つのパーティーが集っていた。
重い扉が閉じられ、静寂が訪れる。
「アンブレイク・ハートのリーダー、エルドリン・ファルコン。」
アルバートの呼びかけに応じ、エルドリンが静かに席に着く。
周囲からの視線には、あからさまな軽蔑が混じっていた。
「“アンブレイカー”……まさか本当に来るとはな。」
「死人を招く男が、また戦場にか。」
――エルドリンは、微動だにしなかった。
その無表情が、逆に場を凍らせる。
アルバートが議題を進める。
「討伐対象はディープバイト。生息地はグレートレイブ湖。
行動は明朝出発、報酬は総額二百万ギル。――各隊は役割を明確にせよ。」
ガルムが低く笑った。
「で、こいつら……大型レイドの経験は?」
一人のリーダーが顔を赤らめ、「当然だ!」と声を張る。
だが言葉に力はなかった。
「ならいいさ。死ななけりゃな。」
重い沈黙が落ちた。
エルドリンはただ一言だけ告げた。
「我々は後方遊撃として支援に回る。必要なら前線に出る、それだけです。」
その淡々とした言葉が、不思議と会議全体を締めた。
エレンディルが静かに頷き、「了解」と答えた。
作戦会議の後、夕暮れの王都に橙色の光が落ちる。
エルドリンたちは居酒屋に入った。
木の梁が剥き出しの広い店内、樽の香りと笑い声が満ちていた。
ガルムが懐かしげに言い、ジョッキを掲げる。
「二十年前の話だがな。ドラゴン討伐帰りで、命からがら戻ってきた夜だった。」
「そのときはね、ガルムが“もう酒は二度と飲まねえ”って言ったの。」
「言った覚えねえな!」
「言いましたとも。」
ソレンディルの冷ややかなツッコミに、全員が笑った。
エルドリンも静かにグラスを傾けながら、二人のやりとりを見つめる。
仲間の笑顔――その温もりを、かつての自分は知らなかった。
“アンブレイカー”と呼ばれた日々は、ただ孤独の戦いだった。
だが今は違う。
隣には、戦いを共にする仲間がいる。
「……エルドリン?」
ソフィアが問いかける。
「なんでもない。ただ、良い夜だと思ってな。」
「ふふ、そうね。」
ジョッキがぶつかる音が響く。
窓の外では月が昇り、王都の灯が瞬いていた。
――明日、彼らはグレートレイブ湖へ向かう。
新たな戦いの夜明けを前にして。




