Phobia
自分の名を呼ぶ声にルキリオは目を開ける。
『ルキ!』
冷たくて柔らかいものが顔に張り付いた。
「ルル?」
それが自分の使い魔だと分かったルキリオは体を起こす。
目の前に広がるのは灰色の世界。
「ここは?…俺は?」
『ルキは、ショーンを庇って吸い込まれたの!』
泣いているルルの涙を拭う。
「ショーくんや皆は無事だったかな。」
たぶんと頷く使い魔がいつものようにスヌードよろしく首に巻き付く。
「出られそう?」
ルルが頭を上げてキョロキョロする。
『特殊な結界の中にいるみたい。』
と言うことは、何か特別なことをしないと出られないのかもなとルキリオは立ち上がる。
一人は不安だけど、ルルがいれば大抵のことは成し遂げられるとルキリオは思う。
とりあえず、ショーンを庇えたのは僥倖と歩き出すルキリオ。
恐らく両親や兄弟達が自分を助けるために動いてくれているだろうとルキリオは思った。
「行くよ、ルル。」
ケイリルが持ってきたアイテムの正体を中から探ってみようと灰色の世界を進んでいく。
「ケイリル、怒られてるだろうな。」
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「お前と言うやつは!」
普段穏やかな父の声がケイリルに落ちる。王家の私室で報告を受けた国王陛下を始めとした王族一同と宰相、副宰相、騎士隊長、魔道具研究所署長を前に正座したケイリルは泣き顔でぐしゃぐしゃのまま父親の言葉を受け止めた。
「で、どうなっている。」
国王ラインハルトが魔道具研究所署長アークランドを振り返る。
「魔道具研究所の鑑定士達が結界を張った状態で懸命にドロップ品の鑑定を行っております。」
鑑定をしようとした時に現れた霧に襲われたショーンの例を踏まえドロップ品は結界の中に入れたままの鑑定が推奨された。
しかし、結界を通してのため難航しているとのことだった。
「ショーンは?」
王太子ショーンはルキリオに突き飛ばされ無事だったが、黒い霧に捕まれた手から何かの攻撃を受けたのか昏倒し未だに目を覚ましていない。
「ケイリル、そなたの好奇心は、民達の暮らしを良くする魔道具の開発には欠かせぬが、短慮であると理解はしているか?」
王妃ミライアの言葉に大きく頷くケイリル。
ボス級の魔物からドロップされた物は特殊な魔法袋に入れられて魔道具研究所に送られる。
研究所の結界倉庫で暫く保管され、魔道具を取り巻くダンジョンの瘴気がダンジョン外の魔素量に達した段階で結界倉庫から出され、より詳しく鑑定がされる。
その順番待ちの倉庫からケイリルは持ち出した。
「とにかく、ルキリオの捜索のためにはドロップ品の鑑定、解析が急務である。アークランド、頼んだぞ。」
国王の言葉に頭を下げた魔道具研究所署長が部屋から出ていく。
「使い魔ルルも共にあるなら、大抵のことは乗り切れるはずだ。」
ルキリオの実母アヤカ妃が言う。すぐ傍らに十四歳になったタクリオが嗚咽を抑えながら座っている。
「母上ぇ、」
「泣かんでえぇ、ルキを信じろ。」
目の前でドロップ品に吸い込まれていった兄を見てしまったタクリオのショックは計り知れなかった。
公務に忙しい国王、宰相、副宰相が部屋を出ていく。
「私も公務に戻る。マルティナ、頼んだぞ。」
ミライア妃、サヤカ妃、アヤカ妃も部屋から出ていった。
「はぁい、」
残されたのは子供達と子供達の教育担当の第四妃マルティナだった。
「マルティナ母様、ごめんなさい。」
再度しゅんとなったケイリルが頭を下げる。そんなケイリルのアタマをポンポンするのはレンリルだ。
「ケイリルの軽率さは、この際置いといて。ルキが帰ってきたら、ルキにちゃんと怒られろよ。オレもショーくんだけしか助けられなかったのは反省しなきゃと思ってる。」
「それを言うんやったら、オレかて、ルキに届かへんかった、」
自分の掌を見つめながら言うジュンリル。
「ボ、ボクは、ほんまに何も出来へんかったぁ!」
再び泣き出しそうなタクリオを抱き締めるマルティナ。
「はいはぁい、反省は後でゆっくりね。とりあえずぅ、母様は年下組に事情を説明してくるわねぇ、あなた達もぉ、通常の予定に沿って過ごしなさいね、いいこと?」
ニコニコとした笑顔で言うマルティナ妃の瞳には反論は許さないと語っており、子供達は頷くしかなかった。
今回の騒動時、タクリオの一つ下の四つ子と呼ばれる四人と末っ子のイッセーは、魔力コントロールが不安定だったことに加えて家庭教師からの宿題が不十分だったことで居残り学習をさせられており中庭に居合わせて居なかった。
緊急招集の場にも来ることは許されなかったのだ。
「宿題をサボった罰ですぅ!」
見張り役のマルティナ妃からの言葉に正直に従うしかなかった子達は今頃、ソワソワしているだろう。
マルティナ妃が出ていった部屋に残された王子達は予定なら魔力操作か武術鍛練の時間だったが、ルキリオのことを考えると気もそぞろだった。
「心配なのは分かるが、怪我するぞ。」
第二王子レンリルは師匠に指摘され項垂れた。
恐らくどの王子達も同じことを師匠に言われているだろう。
「鍛練場を十周したら下がっていいぞ、」
不甲斐ないと思いながらレンリルは走り出した。走ってる途中で弟達と合流する。
「……ごめん………。」
師匠に叩きのめされたであろうケイリルが兄弟に告げる。
「もう、言わんでいい。俺達に出来ることを考えよう。」
走り込みは今までにないスピードで終わった。