第十章「平和な世界のために」3
アンナマリーが爆弾魔の男から得た情報を基に次なる犯行場所とされる地点に俺と奈月はやってきた。
「リリスは現れるかな?」
次なる標的にされた市バスの営業所(市バス車庫)にはまだ擬態しているリリスの姿はない。奈月は警戒しながら俺の腕を掴み聞いた。
俺はリリスがどれほど危険な敵か知っているので慎重だった。
「来なかったとしても事件は未然に防ぐことは出来た。作戦は成功している」
「そうじゃないでしょ? 先生は。リリスが手段を選ばなくなる可能性だってある。ここで仕留めないと」
「早まるのは良くない、向こうは能力者でも狩れなかったゴーストだ。危険だぞ」
「あたしとマリーちゃんで相手をすればイージーだよ。先生は信じてくれないの?」
「頼もしいな。だが、相手が上位種である以上、そう楽観的に見るものでもないさ」
神話の世界から現世に舞い降りたようなリリスの底知れぬ恐ろしさ。楽観視できる相手ではない。
俺は奈月からの視線を感じながら空を仰いだ。
ゆっくりと心を落ち着かせ、風を感じながら気配を探る。
遠くに僅かな魔力の波長を感じ取った。
「先生……?」
「気配を殺しておけ、間もなく戦闘になる」
「先生! 何だかんだやる気満々じゃないっ!」
俺の低い声で発した言葉に敏感に飛び上がって反応する奈月。
奈月は俺の言葉に握りこぶしを作り、嬉しそうに声を上げた。
既に過去に記憶していたリリスの気配がすぐ近くまで来ていた。
「マリーちゃんには盛大に暴れてもらわないといけないので、ここはあたしがファイアウォールを展開します!」
威勢よく奈月が俺に言った。俺が静かに頷くと奈月は両手を広げ、ファイアウォールを広域展開した。
運転手たちがまばらにまだこの営業所にいる状況で戦闘になるのは避けたかったが、このタイミングを逃せばリリスを取り逃がしてしまう可能性があった。
早朝にも関わらず結界が張り巡らされた営業所。これで結界を張っている間は物理的な損害はなくなるが、憂慮すべき人命に及ぼす危険や、運行状況に影響が出るのは必至だろう。
そのため、出来るだけ早急に決着を付けなければならない。
一般人にとって集団催眠に掛けられたようなこの状況で、ついにターゲットであるリリスの姿を捕捉した。
擬態を得意とする上位種のゴーストの特徴通り、スーツ姿で帽子を被り、女性運転手の変装をしている。
だが、その身から滲み出る霊気は消せてはおらず、俺の目を掻い潜れるものではなかった。
リリスが視界に入った俺は、二人に向けて冷淡に「やれ」とテレパシーで伝える。
気配を殺していたアンナマリーがバスとバスの間から飛び出し、両利きである特性を生かして左手に握った槍の鋭い切っ先をリリスに向ける。
不意打ちとなるはずの決死の一撃だったが、瞬時にリリスが左手を槍の切っ先に伸ばしシールドを展開したことで勢いよくアンナマリーは弾き返された。
集中力を切らさなかったことでアンナマリーは倒れることなくしっかり両足で立っていたが、不意打ちとはならなかった。
「いきなり襲い掛かってる来るなんて、まるで獣のようね」
その声は聞き覚えのあるリリスの声そのものだった。
アンナマリーの攻撃を防いだ時点で疑いようがなかったが、擬態した女性運転手はリリスに間違いなかった。
「覚悟しなさい! あんたがいいように利用してた爆弾犯はもういないわよ!」
初撃を防がれ、さらに獣扱いされたことでより一層憎しみを露わにするアンナマリーが強気にリリスに向かって威嚇する。
リリスはそれに動じず嘲笑すると、アンナマリーに視線を向けた。
「それがどうしたって言うの? あなただって邪魔な人間はいらないって思っているくせに。一体何のために戦うのかしら?」
「好き勝手暴れ回ってるあんたに言うことはないね!」
「そう……でも、実にあの男は扱いやすかったわ。少し快楽に溺れさせてしまえば、なんでもするんだから。
人間って本当に愚かよね? あなたもそう思わないかしら? 正義感で戦っているわけではないのでしょう? あなたは特に」
「ゴーストのくせに、随分お喋りなのね……。気に食わないのよ! あんたみたいに何でも自分の思い通りになると思ってる、お遊び気分の奴は!!」
アンナマリーがレッグホルダ―から黄金銃を抜き目にも止まらぬ速度で引き金を引いた。
銃声を鳴らした弾丸がリリスの首筋を掠める。もう少しのところで回避したリリスの姿を鋭い瞳で確認すると、アンナマリーは一気にリリスに駆け寄って長い槍による一閃を繰り出した。
リリスが手を伸ばし、槍を突き刺さる寸前のところで握ったことで鼻先で切っ先が止まる。
そして、リリスは本格的にこの場でアンナマリーと戦うことを決めたのか、迷うことなく擬態を解き、悪霊の姿へと変化させると、強いオーラを展開させて正体を現した。




