第一章「黒炎の煌めき」3
「ファイアウォールの展開は済んだよ! 茜!
援護するから、一騎当千でよろしく!」
続いて覇気のある望月麻里江の声が聞こえた、私はコソコソと木々の影に隠れながらギリギリまで接近し様子を伺う。真剣な三人の少女の姿と気味の悪いこの世のものとは思えない歪な黒い影がいくつも立ち昇っているのが視えた。
「今なら向こうが戦闘態勢に入る前に攻撃できるよ!
このまま放置してたら呪いを巻き散らされちゃう。
危険だけど指示通り慎重にお願い、茜!」
一歩先頭に立つ茜の背後から二人が状況を見極めて声を掛ける。
三人が互いを信頼し合い、信じ合っていること、それにこれが初陣ではなく、戦闘慣れしている事まで様子を見れば把握することが出来た。
息を吞みながら、三人に気付かれないよう状況を伺う。
ここから三人がどんな戦いぶりを見せてくれるのか、不謹慎ではあるが、興味が尽きなかった。
「はぁ……それじゃあ、魔物退治といこっか!!
魔法戦士の秘密のお仕事始めるよ!」
気合十分に息を吐いて意気込む茜は背筋を伸ばし、前面に立って腕を横にまっすぐ伸ばすと、瞳を閉じて意識を集中させた。
魔物という用語にも魔法戦士という用語にも聞き覚えがない、彼女たちなりの独自のルールによってそういう呼び方をしているのだろうと推測した。
そして、何もない空間から唐突に大剣が姿を現した。
茜は黒いフィンガーレス手袋を着けた左手で重量感のありそうな大剣をがっちりと掴む。
華奢な少女の手に収まるには迫力ある大剣は銀色に輝く刃が真っ直ぐに先端まで伸び、穢れを知らない美麗な輝きを放っている。
聖騎士のような立ち振る舞いで両手に大剣を真っ直ぐに持ち構えると、怪しげな黒い影に向かって、臆する様子もなく飛び掛かっていった。
スタイルが良く、適度に筋肉の付いた可憐な騎士が黒い影に向かって一閃を放つ。ふわりと短いスカートを揺らし斬りかかるその勇敢な姿は今日の朝自己紹介をしていた片桐茜と同一人物とは思えないほどだった。
回避する間もなく命中した黒い影は低い呻き声のような断末魔を上げると、虚空へと影が伸び、そのまま幽界に旅立ったのか姿を消した。
「まず一体っ!!」
魔力を身体に帯びたまま自身を強化して戦っていると分かる、目にもとまらぬ素早い攻撃。
自信を持って向かっていく茜の姿は勇敢な戦士そのもので、身体もしなやかで彼女自身、身体能力が優れている事が見ているだけで十分に伝わって来た。
自然と戦闘する姿に目が離せなくなり、応援する気持ちへと変化していく中、茜は静止することなく次の標的を捉え、飛び掛かっていく。
「はぁぁぁぁぁ!!」
あの大剣には霊体であるゴースト、あの黒い影を浄化する力が備わっているのだろう。
次の標的となった影も難なく茜は仕留めると、次々に刃を標的に向けていく。
「二つ!! 三つ!! 四つ!!」
ただ後方から見守っているだけで、続けざまに仕掛けていく茜の果敢な剣捌きによって黒い影が祓われ姿を消していく。
「動き出しが遅いから大きいのは後回しにしていいよ! 先に小型の魔物から片付けて!」
「分かってる! 安心して! 今日は手を煩わせない! あたし一人で仕留めて見せるから!!」
緊迫した状況を観察し、正確に声掛けをする雨音を安心させようと茜は自信を覗かせて笑顔を見せた。
今の雨音は後方から冷静に状況を見極め、指示を出す参謀のような役回りなのだろう。
心配性であるが故の慎重さで、茜の無事を第一に考え指示を出す、少女たちらしい戦い方と言えるかもしれない。
茜と雨音の二人が魔法少女のようなカラフルな派手で動きやすい薄着の衣装に身を包んでいるのに対し、麻里江は神社で暮らす巫女を務める長女という情報が前もってあったが、丈の長い巫女装束を身に着けている。
ここまでの彼女らの姿を考察する限りでは、魔法戦士と自分たちを呼んでいることから、これがゴーストと戦う際に着用する戦闘服なのかもしれない。
麻里江の神職としての巫女装束姿は初めて見るが、漫画やアニメなどで見る巫女服と見た目には大差なく、白い小袖に腰から下に着用する和服の一種、緋の袴を用いているようだ。
ほとんど素足を露出することのない足元まで伸びた巫女装束は動きやすいものには見えないが、しっかりと白足袋を着用の上、草履まで履いていて、完全にイメージと合致する出で立ちであった。
敵はまだ反撃する様子を見せない、それだけ茜の速攻が功を奏しているのだろう。
茜は息を切らす様子なく、次の黒い影に向かって立ち止まらず大剣をおおきく振りかぶって斬りかかっていく。
気配が大きく変わる様子は見えないが、黒い影も身の危険を感じ取ったのだろう。本体は見えないが茶色い触手を黒い影から伸ばし、茜に狙って勢いよく襲い掛かっていった。
茜はそれに動じる様子もなく、集中を切らさずその反撃を素早い動作で躱し、そのまま刃を突き刺すようにして黒い影を浄化させた。
五つ目の黒い影を消滅させ、次の標的に向け真っ直ぐに立ち向かっていく最中、立ち塞がって来る触手を次々に連続で斬り落としていく。
紫色の気味の悪い血液を噴き出しながら、地面に落ちそのまま消えていく野太い触手たち。
あれが一般人に襲い掛かったらと想像すると恐ろしくなる。
しかし、茜たちはこの実に気味の悪い触手の姿を見慣れているのか、恐怖に竦むことなく立ち向かっていた。
ここまで戦いに手馴れていること、十分すぎるほどに覚悟が出来ている事、もし彼女たちが誰の助言もなくここまでの戦いを披露しているのであれば、彼女たちを認めなければならない。
間違いなくこの街を影で守っているのは、彼女たちの秘めたこの力にあると。
私も無知ではない。
魔力や霊感を持たない人間であれば、このファイアウォールの圏内に侵入することも、戦闘をする彼女たちや魔物と呼んでいるあのゴーストたちもその目に入れることさえ叶わない。
特別に《《視える》》能力を持つものだけが、この状況を見守ることが出来るのだ。
あの黒い影、ゴーストたちが人間にとってどれだけ脅威であり、危険な存在であるかどうか、私はよく知っている。
一たび人に襲い掛かり、呪いを掛ければ無気力症候群や自殺、反社会的衝動に身をまかせ、大変な事態を招く。それほどに危険な存在であることを知るからこそ、彼女たちが必死に勇気を振り絞り立ち向かっていることには明確な価値があると理解できた。
排除する上でゴーストが最も厄介なのは物理兵器が一切通用しないことだ。
基本的には霊体であるため当然の事と考えられるので納得せざるおえないが、それゆえに《《半分霊体である魔法使い》》に覚醒している、彼女たちにしか化け物に対抗することが出来ない。
この原理原則があるからこそ、ゴーストと敵対するには危険を伴う。
何も知らなければ……対抗する手段が生まれなければ、一定の犠牲者を出し続けるのみで彼女たちが身を挺して戦う必要もなかった。
彼女たちが覚醒を果たした経緯については不明だが、私から言わせれば人々を守るため戦う義務感に駆られている彼女たちは不幸であると言わざるおえない。もし力を与えたものがいるならばその責任は重いと言える。
そこまで分かった上で、目の前にある脅威に立ち向かっている彼女たちの強い意志を持った姿は、私から見て尊敬に値するものだった。