第一章「黒炎の煌めき」2
始業式が終わり、学生たちにとっては午前中には終礼となったが、そこから教師たちは職員会議によって長く拘束され続け、転勤してやってきた私は挨拶回りから事務処理までして帰る頃にはすっかり陽が落ち始めていた。
私立高校の教諭になることの大変さを嫌というほど初日から実感させられ、私は凛翔学園を後にした。
走行路を進むモノレールの車内から夕陽差す舞原市の街並みを眺める。
学園都市から住宅街へと続いていく間を吊り革を掴んでいると、確かな疲れを実感してくる。
(……凛音に学園を出る前に連絡した方がよかったかしら)
存在を忘れていたわけではないが一緒に舞原市まで連れて来た一人娘の事を不意に思い出し、ケータイを取り出してメッセージを残した。
私は車検などもあり、昨日の入学式には参加できなかったが、今日も娘の凛音は学園に通い、家で私の帰りを待っている事だろう。そんな事を考えて、私は最寄り駅に降りると、駅前にあるケーキ屋を覗いて凛音が好みそうなショートケーキとモンブランを買った。
入学祝いには丁度いいだろうと思い、会計を済ませて帰り道を歩く。近頃私は甘い物を控えているので自分の分は買わなかった。
ついに高校生にまで成長した凛音は料理の腕も以前に比べ格段に上がったので、それをつまみにお酒を嗜む方が楽しみになって来ている。
枝豆とビールが美味しく感じてしまうことに年齢を感じてしまうのは仕方ないことだが、それでも、娘の作る餃子や回鍋肉、チャーハンなどの中華料理やおでんやシチューを食べられることは、スーパーの惣菜を食べるのに比べ、比較にならないほど楽しみになっているのだった。
明日からは自家用車で通勤するつもりであるから、こうして学生と同じように住宅街を歩くことも少なくなるだろう。
後は陽が落ちた帰り道を歩くのみ、そう思いながら目的地の自宅から程近い公園を通り過ぎようとした矢先、唐突にドクンっと心臓を襲う強い違和感を覚えた。
身体の内側を走る鋭い感覚、自然と身体が強張って足が止まった。感じ取ったそれが”魔力の波動”であると気付くのに時間はかからなかった。
「はぁ……近いわね、無視してこのまま帰るわけにはいかないか」
公園の中から異様な気配を感じるのは明らかだった、学園の帰りで疲れはあったが、無視して帰るわけにはいかなかった。
「何かしら、ファイアウォールが掛けられてる……それも良く調整が効いてる。闇雲にやってるわけじゃない、余計な魔力を消費しないよう、術者は加減が分かっているわね」
私には普通ならば見落としてしまうはずのものが視える。
確かに公園全域を包み込むように結界が張られているこの状況を察するに只事ではないのは明らかだった。
私がファイアウォールと呼んでいる結界の張られた先に行くべきか否か迷って立ち止まった。この現象に人為的な原因が関わっているならば、この先に進んでしまえば侵入したことに気付かれる可能性が十二分にある。
私自身が魔力を展開しなければ、間違って霊感を持つ人が迷い込んだ程度で済まされるが、この先で戦闘が繰り広げられているとなれば直接巻き込まれる可能性も十分考慮すべき事案だった。
「これ以上の介入は……現時点で本意ではないが……当初の計画に無かったけど確かめずにはいられないわね」
湧き上がってくる緊張感はむしろ好奇心を沸き立たせて来る。
ここから先、急な襲撃がないことを祈りながら、迷いを振り払って結界の内側に入っていく。
声を押し殺し、一歩一歩公園の奥へと進んでいくと、聞き覚えのある声が私の下まで聞こえて来た。
「始業式の後だっていうのに、これはオーバーワークじゃないかしら」
力強い声が響く。気持ちの入り方がホームルームの時と比べ、あまりに大差あると思ってしまったが、今日出会ったばかりの片桐茜の声に間違いなかった。