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14少女漂流記  作者: shiori
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第一章「黒炎の煌めき」1

 ―――2029年4月舞原市内、凛翔学園(りんしょうがくえん)にて。


 教室へと向かい廊下を歩きながら久々に緊張する感覚を私は思い出した。

 三十六歳にして初めて私立高校の担任教諭を務めることになった。

 研究者からの転職によるブランクと受け持つクラスが高校二年生という思春期の少年少女達であることも緊張を伴う要因にもなっていた。


「焼きが回ったのかしらね」


 今の自分を俯瞰してみて、思わず私は苦笑いを浮かべた。これまで生きてきた中で様々な人生経験を重ねてきた自分がこんなことをしている、不思議な感覚だった。

 年齢と共に体感時間が速くなっていく、気付けば今日から担任を受け持つ二年C組の教室の前まで来ていた。


 教室の扉に手を掛ける。本鈴が鳴り先程まで騒がしかった雑踏も落ち着いたものになっている。


 厄介なことにならなければいいなとYシャツの中に隠れた緑色のペンダントに触れると、覚悟を決めて私は戸を開いた。


 教壇に向かう新任教諭の顔色を伺う制服姿の少年少女たちの視線を一身に浴びる。

 改めて自分が教師であることを実感して教壇に立った私は生徒達に視線を向けた。


 意外にも礼儀正しく全員が席に座っていて、多くの生徒が何気ない態度で私の方を見ている。

 最初が肝心というけど、荒れた高校ではないことをすぐに実感して私は安堵した。


「この度、凛翔学園にやってまいりました、今日から皆さんの担任教諭を務めます、稗田黒江(ひえだくろえ)です」


 特別目立つようなことは考えず、教師らしく丁寧な口調で生徒達に言うと、黒板にチョークで名前を書く。

 背丈だけは高く、外見上の威厳だけは立派な私は恐れることなくそのまま間髪入れず生徒の名前を一人一人呼んでいき、簡単に自己紹介をしてもらうことにした。


 三十四人の生徒を覚えるのは気が滅入るものだが、予習の甲斐も合って、ゆっくり時間を掛ければなんとなく顔と名前を一致させて接することが出来そうだった。

 十人十色(じゅうにんといろ)、一人一人個性を持った思春期の若人達。

 何も特別なことをするわけでもない、普通に接しながら私は自分の立場を確認していった。


(あかね)、起きて……次、茜の番だよ」


 前の生徒の肩を突き、困った顔をして小声で声を掛ける生徒の姿が目に入った。様子を伺うと前の席に座る眠りに落ちている女生徒を起こそうとしているようだ。


 そういえば、あの女生徒だけは最初からずっと机に突っ伏して眠っていたなと私は思った。それくらいで咎めるような気分もせず、気にしないつもりでいたが、後ろから声を掛ける生徒は真面目なのだろう、今にも泣き出しそうな表情で身体を揺すり始め、本気で起こしにかかっている。


「茜、最初くらいしっかり挨拶しないと、印象悪いわよ。

 もう……私は先生に目を付けられるの嫌だからね」


 さらに横に座る生徒も嫌々起こしにかかっている。考えたくもないが、これが俗に言う問題児なのだろうか。

 しかし、心配してくれる生徒が近くに二人もいるのだから、心配は無用なのかもしれないと、判断を保留にしていると、女生徒の前の席に座る男子生徒の自己紹介が終わった。


「それでは次、片桐茜(かたぎりあかね)さん」


 果たしてこの女生徒は目を覚まし自己紹介が出来るのか、そんな邪推な感情が頭を流れる中、私は名前を呼んだ。


 だが起きる様子はなく、一気に静まり返る教室。気まずい空気がみるみる立ち昇っていく教室。諦めの感情を覚えながら私は目を伏せ気味にもう一度名前を呼んだ。


「片桐茜さん……」


 声を掛けていた心優しい女生徒にも影響されたのか、気の毒になりながら返答を待つ。


「うううっ……うっ……うっ……」


 何も知らない女生徒がゆっくりと顔を上げる、端正な顔立ちをした綺麗な顔が台無しな具合に眠気眼な女生徒がこちらに視線を向けた。


「……茜、ずっと先生が呼んでるよ」


 クラスメイト達の視線を一斉に浴び、気の毒な状況に耐えきれなくなったのか、後ろの女生徒から声を掛けられている。

 それで一気に目が覚めたのか、急に片桐茜は席から立ち上がった。


「はっ! はいっ!」


 焦って勢いよく立ち上がった反動で椅子が倒れ、椅子が床とぶつかる豪快な物音が教室に響き渡った。


 この状況には教室中がざわめいて、あちらこちらで笑いを堪え切れない様子が伺えた。


「大丈夫ですか……? 片桐茜さん、今は朝礼中で自己紹介をしていただいているのですが」


 体調が悪い可能性を加味して私は思いやりを込めて声を掛けた。

 彼女もそれでようやく状況を察したのか、黒板に書かれた私の名前と私の姿を見比べながら、やがて見つめ合う態勢となった。


「す、すみませんでした!!」


 大袈裟にも程があるというほどに大きなお辞儀をして、猛省をする少女。

 再び顔を上げると目を大きく開き、頬を赤らめていて生徒達の注目を浴びた恥辱の感情を如実に表していた。


「はぁ……はぁ……自己紹介ですよね。あたしは2年C組、片桐茜。平成二十四年生まれ、誕生日は九月九日の辰巳です。趣味はスポーツ全般、食べることと寝ることが好きです」


「はい……よく分かりました、どうぞ座ってください」


 焦った様子で勢いに任せて自己紹介を十分すぎるほどした彼女は、我に返った様子で「うぅ……恥ずかしかった、もっと早く起こしてよ」と後ろの席と横に座る少女に訴えかけながら、倒れた椅子を直して席に座った。


「それでは、始業式までもう少し時間があるようなので、次、霧島雨音(きりしまあまね)さん」


 一度時計を確認して、先程自己紹介した片桐茜の後ろに座る女生徒、霧島雨音の名前を私は呼んだ。

 

 私に呼ばれると表情を真面目なものに戻して立ち上がると、私と視線を合わせた。

 身長は先ほどの片桐茜よりも少し短い、160cmほどだろうか、長く伸びたブロンズヘアーを美しく流していて、上品さを身に纏っているが、顔は意外にも幼く見えて、年相応の純真さを想起させた。


「はい、霧島雨音(きりしまあまね)です。茜と麻里江(まりえ)、いえ、片桐茜(かたぎりあかね)さんと望月麻里江(もちづきまりえ)さんとは中学時代からの友人で、現在、社会調査研究部に一緒に所属しています。ちなみに私は似合わないですが部長さんをしています。実家は文房具店をしていて、時々お手伝いをしています」


 瑞々しくも可憐な声色で男を虜にしそうな少女だなと第一印象を受けた。

 挨拶も丁寧で人当たりが良いだろうことがすぐに分かる。

 外見も良くて性格もいい、この人柄の良さで好意を寄せられたなら男子も気が気でいられないことだろう。

 余計な思考が頭を巡ったが、文句の付け所もなく、私は自己紹介をしてくれた少女に「ありがとうございます、霧島さん、どうぞ席に座ってください」と呼び掛け着席してもらった。


 高校生というのは個性もあって自分の考えをしっかりと持っている生徒もいる。それはいいことでもあり、接するには厄介に感じる点もある。

 担任教諭という立場からしてこれを少し重く感じてしまうのは致し方なかった。


 そうこう考えながら生徒達の自己紹介を続けていると、先程名前にも挙がった望月麻里江(もちづきまりえ)の番になった。


「それでは次、望月麻里江さん、お願いします」

 

 三人の仲が良いのはよくここまでで分かったが、座席はあいうえお順などの指定はなく、完全にランダムに組んで座ってもらっている。仲の良い同士が近くに座っているという可能性も十分にあることだった。


「はい、望月麻里江(もちづきまりえ)です。神代神社(かみしろじんじゃ)が実家で時々家の手伝いをさせて頂いています。あまり恥ずかしいので正月などは見に来ないで欲しいですが、一応自己紹介ということでよろしくお願いします。猫が好きです、神代神社には昔から猫が住み着いているので、可愛くて仕方ありません。いつも時間を忘れてあやしてしまうので、予定が狂ってしまいます。

 それと、私も社会調査研究部に所属しています、以上です」

 

 クラスの雰囲気のおかげもあってか、さらっと自己紹介を望月麻里江は済ませて席に着いた。


 身長が女子にしては高く、173cmの私よりも高いのではと思った。

 神代神社というのは、ここ舞原市でも古くからあるかなり有名な神社だ。

 見に来られると恥ずかしいというのは巫女装束を着用していることからだろう。

 確かに、コスプレ衣装としても人気のある巫女装束を人目に付きやすい神社の巫女として着ている姿をクラスメイト達に見られるのは、思春期真っ只中の彼女には恥ずかしいことだろう。


 そこからも体育館で開かれる始業式までの時間、自己紹介が続き、時間は瞬く間に流れていった。

 

 難しい年頃だからとここに来るまでは緊張していたが、その心配が氷解するほどに彼らはしっかりしていて、クラスは和気藹々としていた。

 

 私は”当たり”を引いた感覚を覚え、自然と緊張の色が抜けて明るい笑顔まで零れながら、生徒達に助けられた心境で朝礼の時間を過ごした。

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