最終章「Morning glow」8
未知の巨大なゴーストの襲来に備え、数千人が寄り添って避難生活を送る凛翔学園では地下への避難誘導が続けられた。
「焦らずゆっくり進んでください! 階段は暗いので、足元に気を付けて、ゆっくり降りてください!」
手塚巡査が先頭に立ち、学園長の見守る中、避難誘導が続けられる。
非常用の物資が置かれていた地下空間は広く、短時間の避難には都合が良かった。
他の避難場所がどうなっているか、街の様子も分からぬまま、避難民は仕方なく誘導に従い、薄暗い地面の底へと降りていく。
避難誘導を手伝っていた凛音は避難が進むと休息をとる間もなく、凛翔学園に戻って来た黒江を出迎え、奈月と共に保健室で蓮を看取った。
避難住民の一斉避難が終わり、すっかり人の気配がなくなり静かになった中庭に出る。
壮絶な蓮の最期を見届け、気持ちを落ち着かせるのがやっとだった凛音は飛び出していった黒江と茜の無事を願った。
「ダメだ……茜先輩、お母さん。何も信じられないよ。
許せないから、こんな酷いことをする化け物を。
ごめんなさい、ここで待ってなんていられない。
私はこれ以上、誰にも死んでほしくないよ」
憎き巨人の姿を遠方から眺めながら、凛音の心は激しく揺れ動かされた。
混乱する頭の中で、切なる願いが膨れ上がっていく。
凛音はこのまま学園に残り二人の帰りを待つつもりだったが、異様な焦燥感がよぎり始め、待っていることが怖くなった。
そして、ワンピースの下に着けたネックレスの先端が無意識に輝きを放ち始めると、たまらず凛音は一人、巨人と戦う茜の下へと向かった。
そうして、凛音は命を落とした茜の下にやって来た。
「茜先輩……私はただ、生きていて欲しかっただけなのに。
約束したじゃないですか……一緒に朝日を見るんだって。
忘れちゃったんですか? ダメですよ先輩、約束を破ったら。
私は諦めが悪いんですから……」
変わり果ててしまった茜の姿を見つけてしまった凛音は近くに駆け寄り声を掛け始めた。
心配する黒江の視線を無視して、息を引き取った茜に向けて無意識に話しかける凛音。
愛する気持ちが本物であった分、凛音に襲い掛かる悲しみは自分でも簡単に自覚できない程に形容しがたいものだった。
あまりの状況に感情をまともに表へ出すことさえできない凛音。
そんな凛音は不意に二人で過ごした夜の出来事を走馬灯のように思い出した。
「凛音の匂い、ママに似てるな。柔らかくて温かい手も」
「茜先輩のお母さんに?」
今、亡くなった母親の事を思い浮かべているのだろう、優しい表情を浮かべる茜を見て凛音は思った。
「そうだよ、まだ小さかった頃に眠る前によく子守唄を歌ってくれたんだ。ママはプロの声優だけあってとっても歌が上手でね。あたしはいつも子守唄をねだってた」
「優しいお母さんだったんですね」
「うん、凛音みたいにね」
凛音は茜の言葉を聞いて恥ずかしくなり、耳まで熱くなった。
膨らんだ胸の感触を感じ、鼓動まで聞こえてきそうな距離で囁くように会話を交わす。
茜が両親を亡くし、家に泊まりに来たからこそ訪れた一緒のベッドで過ごす時間。
凛音は母親との思い出を口にする茜に複雑な気持ちを抱いた。
「凛音はあたしの事、ずっと覚えていてくれる?」
「当たり前です。どんなに離れ離れになっても心は変わりません」
「そっか、よかった。あたしはさ、先に逝かれるのは嫌だな。大切な人には長生きしていて欲しいよ、当たり前の事だけど」
記憶の中で印象深く残っていた夜の会話。
宝物にしてきた、茜との夜の出来事を思い出した凛音は再び意識を現実に向けた。
そして、茜の死を受け入れる前に、別の衝動が凛音を動かし始めていた。




