第二十五章「終わらない厄災の夜」9
黒江が学園へと出向くと同時、まだ舞原市に来たばかりの羽佐奈と友梨は街の様子を見に行くことにした。
外からやってきた二人は異常気象そのものである予想外の寒暖差を億劫に感じながらも、何とか自主的に対応して凌ぐことに努めた。
寒さを感じながらも愚痴をこぼすことなく平静にしている友梨も上着を着て、マフラーを巻き玄関を出る。
モデルの仕事をしている羽佐奈は衣服に関しては今回の旅でもスーツケースに詰め込んで持ち込んでいるほどに重視していたおかげで、なんとか厚着をして寒さを凌ぐ手を講じることが出来た。
だが、舞原市に発生している異変は寒さだけではない。現在時刻を確認するすべがなくなったことも大きな問題だった。
時計が止まってしまい時間が分からなくなってしまっても、時間自体が止まったわけではない。
昼夜が存在することが重要で、そのおかげで人は健康のため一日の活動を少しでもこれまで通り規則正しく維持して続けようと努められた。
それは自分だけではなかなか耐えられなくとも、周りの人と一緒に乗り切ろうという意識があることの方がむしろ重要なことだった。
正確な時間が分からないという異変に遅れて巻き込まれることになった羽佐奈と友梨はこの状況を出来るだけネガティブに捉えないよう、自然を装って街を歩く。
時間に追われなくても済むという前向きに捉えることで事態に順応をしようとしていると、街の空気が妙におかしいことに気付き始めた。
「妙に静かですね……七割近い人が自宅で避難しているという話しでしたが、生活感をまるで感じません」
二人は蓮達から昼夜問わず街にゴーストが可視化されて出現していることで、外出がさらに危険を伴うものになっていると警告されていたが、ゴーストの出現を確認する前に、重大な変化に気が付いた。
「不思議ね、外出を控えるようにしているにしても、静かすぎるわ。少し家の中の様子も見ておいた方がいいかしらね、お願いできる?」
羽佐奈の状況判断は早かった。
妙な胸騒ぎを覚える異様な静けさ。
この原因を納得できる形で確かめず無視しておくわけにはいかないと判断した。
「了解。周囲の家を調べて来るから、ゴーストの出現だけ警戒しておいて」
友梨がいつもの隙のない業務的な言葉で淡々と言い残すと、スッと気配を消して周囲の家を調べ始めた。
隠密行動に優れた才を持つ探偵向きな友梨。戦闘力こそ羽佐奈に劣るが、こうした場面では友梨の方が役に立つことが出来る。
静けさに包まれる街で、羽佐奈はゆっくりと警戒だけをしていると、三十分経たずに友梨が戻って来た。そして、そこから語られる街の状況を聞き、羽佐奈はさらに混迷を深めることになる。
「中の様子を見てきたのだけど、清水沙耶さんに掛けられていた呪いと同様に深い眠りに陥っている様子よ。どうにか起こそうとは試みてはみたものの、周囲に起きる人はいなかったわ」
友梨はありのまま見てきたこと、感じたことを羽佐奈に報告した。
「どういうことなの……」
思わず信じたくない気持ちに囚われる羽佐奈。友梨からもたらされた情報、それが深刻なものだと気付くのに時間はいらなかった。
「集団催眠の規模としては通常考えられない規模だけど、街全体がファイアウォールによって外界と遮断されている今なら、掛けやすかったのかもしれない」
「これも計画の一部に最初から入っていたという事……かもしれないわね。段階的にこの街で暮らす人々を追い詰めていく。不安に陥れ、集団催眠を掛けやすい状況を作り上げてきた。そういうことかしら」
「可能性に過ぎないですが、そう考えるとこのタイミングで仕掛けてきたのには腑に落ちます。
後は効果対象ですね。私たちのような魔法使いには効果はなかったのですから、全ての人間が眠ってしまったわけではない。有効な対策を考えるためにも効果対象の範囲を確かめる必要がありそうね」
「そうね、そうと分かったなら、まずは学園に行きましょう。
報告ついでに、情報共有を進めていくのが先決よ」
新たなる異変の発生に直面した二人は、現状を確認するためにも凛翔学園へと向かった。
*
羽佐奈と友梨、二人からもたらされた情報を基に調査が進められた結果、深刻な事態が明らかになった。
舞原市に住む大半の人々が集団催眠に掛かっており、それは避難所であったとしても例外ではなかった。
無事に済んだのは魔力干渉を妨害するファイアウォールを掛けられた内藤医院や凛翔学園付属の避難所、それに元々可視化されていなかったゴーストが視えるほどの霊感を持ち合せた人の一部や、茜たちのような魔法使いであった。
残された有識者で対応が協議される中、この現象は”眠り病”として共通認識されることになった。
眠り病は清水沙耶に掛けられていた呪いと同様に魔力干渉によるもので、その解除は困難なものだった。
もっとも単純な解決法は催眠を掛けた術者を発見することで、それ以外の対処法は現時点は難しいという判断になった。
「眠り病ということね。魔力干渉を防護するファイアウォールが掛かってる避難所は無事なようだから、これはやっぱり敵の仕業とみるべきね」
眠り病という奇病。これだけの魔力行使を出来る術者はやはり、この街全体を覆うファイアウォールを仕掛けることの出来た、敵側という認識に収まった。
羽佐奈はいずれ倒さなければならない上位種のゴースト達のことを思うが、今すべきことは市民を守ることだった。
「眠り病に陥ってしまった人々への対応は内藤医院を中心にお任せします。街にシャドウが徘徊している以上、医療従事者だけでは危険が伴いますから、魔法使いの方々には引率して頂けるようお願いします」
学園長が協議の中で決まった結論を、重く伝える。
根本的な解決にならない以上、限られた人数しかいない魔法使いを警護に使うことは苦渋の決断であった。




