第三章「諦めきれない想い」4
老朽化で滑りが悪くなっている横開きの扉を力を込めてガラガラガラと開くと、私の姿に一番最初に気付いた茜が立ち上がり声を上げた。
「先生! 来るのが遅いから心配しちゃいました!
話しを聞いてくれるんですよね? 協力してくれるんですよね?!」
椅子から起き上がった反動で倒れた椅子にも目もくれず、私の下に駆け寄った茜は、私の両手を掴みながら捲くし立てた。
その表情は期待に満ちていて、私がまだ一言も発していないにも関わらず、家出をして行き場がなくなった少女のように涙ぐんでいた。
「担任としてちゃんと事情を確かめておかなければならないって、そう思っただけよ。話しを聞いたら帰るわ」
「そんなこと言わずに、どうぞ中へ中へ、座ってください」
茜に強引に腕を引っ張られ、テーブルまで案内されて椅子に座らされる。
娘を除く女子高生相手にこんなに馴れ馴れしくされるのは初めての経験で、未体験の感覚のためにそのまま抵抗することが出来ず、変に動悸が止まらなかった。
椅子に座ったところで三人から一斉に視線が注がれる、この状況……気まずいを通り越して何か大変なことを訴えかけられているようで、落ち着けるはずがなかった。
「稗田先生、ようこそ社会調査研究部へ、紹介します。
部長の霧島雨音がこちらです! あたしと麻里江は雑用係兼壁新聞の記事作成をする取材班でありライターです。雨音は無鉄砲なあたしよりずっと頼りになってくれて、あたしよりずっと部長として適任なんですよ」
「茜……? 稗田先生に社会調査研究部の説明をするつもりだったの……?」
部長として紹介までされどうしていいか分からない様子で茜に聞く雨音。
そんな雨音に茜は次の言葉を続けた。
「いや……協力してもらうなら、いっそ顧問もしてもらった方がいいかなって……」
「茜、それはいきなり飛躍しすぎよ。まずは先生の話しを聞かないと」
茜の言葉に呆れ顔になる麻里江は静観できず口を開いた。
「そ、そうだったね……。何だか、来てくれただけで舞い上がっちゃって、失敬失敬」
茜は頭に手をやりながら自分の失態に気付いたようだ。リーチになっただけにも関わらず大当たりになった時のような先走った喜びようであった。
「それで先生、知っていることがあるなら教えて頂いてもいいですか?
一昨日の夜、全部視えていたんですよね?」
遠回りをしながらようやく核心に迫る質問をする茜、本当は凛音があの場にいなければ聞きたかったことだったのだろう。
「そうね、視えていたわ。―――貴方達三人がゴーストと戦っていた姿が」
シラを切ることも出来たが、それではここまで来た意味もないと悟り、私は正直に答えた。
「―――ゴーストって、あの魔物のことですか?
あたし達もよく分かってないんです。
でも、あれを野放しにしていると罪のない人々が呪われて酷い目に遭うのを見てきて……あたし達だけが視えてしまう以上、魔物を無視することなんてできないって。だから、魔法戦士として三人で立ち向かって来たんです。
遊び半分でしてることじゃない、本当に危ないって思う時もあります。
でも……あれは退治しないといけないものなんですよね?
他の人には見えなくても、無視して知らないフリをしていいものじゃないですよね?」
しつこく私を追って来ただけあって、茜の言葉には熱意が込められていた。
自分たちのことを魔法戦士と呼んでいることは気になるが、十分な覚悟をして臨んでいるのだと分かる。
でも、それだけで納得できることではないと私は思ったので、話しを続けることにした。
「片桐さんの気持ちはよく分かったわ、あなたの性格からしてあの黒い化け物が危険な存在であるなら無視なんて出来ないでしょう。
確かにあれを野放しにしていては無関係な人にも危害が加わる、まともに退治できるのはあなた達のような魔法使いだけだと思うわ。貴方達は自分たちの事を魔法戦士だって呼んでいるみたいだけど、それは今関係ないからいいわ。
ずっと気になっていたことがあるの。肝心なことだから聞かせて。
望月さん、それに霧島さん、貴方達も片桐さんと同じように自分で納得して戦っているの?
無理やり片桐さんに担がされて協力させられてるんじゃないの?
いいように利用されているんじゃないのかしら?
貴方達はまだ高校生、こんな危険なことに手を出してたらご家族だって心配する、将来の事にだって影響するわ。
私から警告するとすれば、今のうちに手を引いておくのが賢明だと思うの。
片桐さんのことは気にしないで、正直に気持ちを教えて頂戴」
私は茜の事は一旦無視して、雨音と麻里江の方に視線を向けて聞いた。
ずっと引っ掛かっていたことだ、確かめる必要があった。
こんなに真剣な問いかけをしていると、初めて教師らしいことをしている心境になった。
そして、考え込む姿が見られた後、頭を上げ私の瞳を見た雨音から口を開いた。
「……甘いって言われるかもしれないけど、私は茜の事を守りたいんです。
茜は家族の事も、私たち友達の事も、この街で暮らす人々の事も大切に想ってくれているから。
私は上辺で綺麗ごとを言う人は見て来たけど、こんなに真剣に頑張っている人のことを知りません。例え自分が傷ついても守りたいって頑張れる人を知りません。助け合って生きて行こうとする信念を持っているのが茜です。
だから、私は茜のしようとしている正義に付いて行くつもりです。
それが、長く険しい道でも、いずれ地獄に続いていたとしても。
私は、私なりに恥じない人生を送りたいです」
最初に甘いかもしれないと言いつつ、力強い言葉で決意を述べる雨音。
溜息が付きたくなるほどに、反論しても折れそうにない芯の強さだった。
大人しいように見えて人一倍真面目な意思を持っている、それが霧島雨音という少女の中身なのだろう。
「ありがとう、望月さんはどうかしら?」
間髪を入れず、今度は麻里江に視線を向けた。
だが、彼女も私が鋭い視線を向けても怖気づく様子がなかった。
「私が巫女姿をしているのを先生は見たんですよね。
だったら、全部白状することにします。二人にも秘密にしてたことも含んでいるかもしれませんが。
私は二人の妹がいる三人姉妹で、神代神社で生まれた時から暮らして来ました。
魔法戦士になったのは二人と同じ、偶然だったけど……最初は怖かったですが、段々とこれが自分の神職なのかもしれないって思うようになりました。
私にはゴーストが何者なのか分からないけど、でも、あの黒い影の化け物も苦しんでいるように私には見えるんです。
だから、自分の力で祓ってあげることが出来れば、こんな私でも役に立てるのかなって。
それで、ここからが二人にも秘密にしてたことなんですが……私、思い切って両親の前で全部話したんです、自分が危険なことをしてるかもしれないって。
二人は、私と同じく幼い頃から霊感があったので、真剣に聞く耳を持ってくれて、私の身を案じながらも理解を示してくれました。
自分たちに出来ない形で悪意を持った霊魂を祓ってくれるのなら、応援すると。
私は両親に大切にしてくれているのも分かって嬉しかったです。
そして、両親もこの街の人々が傷つくのは見たくないと思っていることも。
親不孝になるかもしれないけど、悲しませることになるかもしれないけど、でも……私は自分の意志でもって、これからもこの日々を続けていきたいんです。
もう少し、自分を信じてみたいから。
私の話しは以上です」
秘めた想いを胸に手をやりながら告白した麻里江。これを神職であると考える麻里江の意識は二人とはまた違っていて、それでいて、同じ目的を共有していることを告げるものだった。
アリスや夫とも相談して三人の保護観察が必要であると結論付けてやってきた私だが、まだ考えが浅かったと思い知らされた。
ここまで積み重ねてきた三人の意志は固く、本当に覚悟が必要だったのは、少女たちを見守る立場にいる私の方だったのだ。
「貴方達の決意が固いのは、疑いようがないわね。
先が思いやられるけど、これからのために、お互いが知っていることを一つ一つ確かめて行こうかしら」
三人の気持ちを確認して自分の気持ちに整理を付けた私は、改めて三人との対話を始めた。




