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14少女漂流記  作者: shiori
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序章2

 地獄への道は善意で舗装されている。


 優しい心を持った人間であればあるほど、傷つくことを恐れず、命を落としていく。


 助けたい誰かのため、守りたい何かのため、少女たちは土にまみれ、砂にまみれ、血にまみれていく。


 それでも……終わりない絶望が永遠のように続いていても、私たちは希望を捨てず、決して諦めることがなかった。


 奇跡を願って、真実へと向かって深淵を潜り抜けて行ったのだ。



 長い間、誰も望まない、終わりの見えない地獄が続いた。


 片桐茜(かたぎりあかね)は瓦礫が散乱する変わり果てた街で立ち尽くし空を見上げていた。


 空は霧が覆いつくすように一面に真っ白な空が広がり、遠くを眺めることが叶わない。太陽がどこにあるのかも分からず、地上に光が届くことのない寂しげな景観だった。


 戦いの度に着てきた彼女の戦闘服は既にボロボロで、生傷だらけの肌が露出し、痛々しさを物語っている。

 それでも内から滲み出る闘志は絶やすことなく、彼女は大きな大剣を地面に突き刺し、それを支えになんとか立ち続けていた。

 

 私はここまでの経緯をずっと後方で眺めていた。戦闘が始まってしまうと私に出来ることはそれだけしかなかった。

 彼女が傷つき疲弊するまでの戦闘中、私は何度もその苦悶に満ちた表情を見て、その度に心を痛めた。

 


「先生、あたし、世界を救うことができたかな……?」



 これまでほとんど弱音を吐くことのなかった彼女が私の方に振り向いて言った。

 だが、彼女の両目は戦いの中で失明し、魔法使いとしての瞳の輝きを失っていて、正確には私の姿を捉えてはいなかった。


 既に彼女の戦いは終わっていたのだ。だけど私は教師として、彼女を戦場に送り続けて来た責任として目を背けてはならなかった。


 夜は終わりを見せない。人間の努力や覚悟、多くの犠牲すらも意に返さず容赦のない仕打ちを繰り返してくる。

 彼女の方に視線を向けながら、ずっとその先に彼女が倒したと信じて疑わない巨大なゴーストが瓦礫の中からゆっくりと立ち上がっていくのが見えた。


 霧の立ち込める瓦礫の中から姿を現す20m級の誰も見たことのないゴースト、それに太刀打ちできるものは誰もいなかったが、茜は街を守るためにそんな化け物にもここまで屈することなく戦い抜いた。


 だから……私は彼女のために、もうこれ以上戦わなくていいと告げることに決めた。


「えぇ、あなたは精一杯自分の務めを果たしたわ。

 だから……もうおやすみ、みんなが空の向こうで待っているわ」

 

 私の言葉に安心したのか彼女は雪が降り積もった瓦礫の白いカーテンの上に力尽き、仰向けに倒れた。

 既に失われた左腕からとめどなく流れていく流血を見て、もうどうすることも出来ないことを私は受け入れる他なかった。



 ”一緒に朝日を見る約束を果たすことは、結局最後まで出来なかったと私は受け入れるしかなかった”



 絶望が広がっていく中、私は考えた。

 彼女がもし空に還ることを望まなければ、その魂はきっと然るべきところで見守っていこうと。


 彼女に急いで駆け寄り、膝をついて顔色を覗き、もう本当に救うすべがないことを私は認識した。


「あぁ……先生……雪が冷たいですね」


 季節外れの雪が、彼女の身体を無情にも冷やしていく。

 廃墟と化した街は、降りしきる雪で銀世界へと変わりつつあった。


 彼女はすっかり力が抜け、意識が朦朧としている様子で大剣から手を放してしまった。紅い炎を纏っていた大剣、ファイアブランドは彼女から配給される魔力が途絶えると、そのまま跡形もなく目の前から消え去った。


「あなたの雄姿はちゃんと見届けたわよ」


 戦えない身体になった彼女の前で、私は壊れそうな心をグッと堪え、気丈に振舞うのがやっとだった。

 誰だってこんな状況になればどこでもいいから逃げ出したいと思う。

 だけど、それは許されない……多くの人の死にざまをこの目で見て、繋がれた想いを背負ってしまったから。


「先生……ごめんなさい、もう身体の痛みも分からなくなって眠くなってきたところです。

 空の上はどんなところなんでしょう、そこは痛みも苦しみもない平和な世界なんでしょうか。人はそこでずっと生きられるのでしょうか……みんなに会えるといいのに……。

 はぁ……はぁ……先生に最後に頼みごとをしてもいいですか?

 もう、他に頼める人もいないので……。


 どうかこんな悲劇が二度と起こらないよう、世界を変えてください。


 先生ならきっと出来るって信じてるから。

 だって、ここまでやって来れたのは、先生のおかげだから」


 白い息を吐きながら、今にも眠ってしまいそうな虚ろな眼で茜は涙ながらに訴えかけた。

 掠れた声を吐き出して、声を出すだけでも限界を超えていることがよく分かった。


「茜、分かったわ」


 また一つ、この世界からかけがえのない命が消えていく。

 

 私はフィンガーレス手袋を着けていてもはっきりと分かるほどに冷たくなっている茜の手を握り誓った。

 彼女の最期の願いを叶えるため、この終わりのない夜を終わらせて、少しでもマシな世界に作り替えると。


 それが、ずっと彼女たちを見てきた私の新しい使命になった。


 茜から視線を外し、立ち上がって正面の巨大な化け物を睨みつける。

 あまりにも大きな犠牲を経ても、地獄は終わってはくれない。


 かけがえのない仲間であった茜の最後を私はこうして見届けた。


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