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14少女漂流記  作者: shiori


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第二十二章「混沌を望む者」8

 日が傾き始める中、愛娘の危機に慌てて黒江が校庭へと向かうとそこにはメフィストから凛音を守ろうとする茜の姿があった。


 凛音は身体を丸くして、怯えた様子で茜の腕を掴み、後ろに隠れている。


 一方、茜は怒りの表情を露わにして、許せないという様子で突然学園に姿を現したメフィストを睨み付ける。

 だが、メフィストは全くそれにも動じる様子がなく、涼しい顔で長身から二つの深々とした瞳で見下ろしていた。


 睨み合う姿が視界に入ると黒江は反射的に足を止めた。


 緊迫とした空気が伝わってくると、風が吹いて校庭にある木々が揺れる。緑色から紅葉色に変わった葉がざわめていているようだった。


「先生……あれがメフィストフェレスです」


 後から追いついた蓮が落ち着いた声色で黒江に教えた。

 それを聞いた黒江は危険を感じ一歩前に進むことを躊躇った。

 アンナマリーと奈月がいても敵わなかった危険な相手。それが目の前に現れたことは迂闊な行動は取れないという証明であった。


「おやおや……これはこれは、不甲斐ない引率者も御一緒ですか。

 しかし、その少女は実に優秀な血を持っているというのに、自分の子という理由だけで特別扱いというわけか。

 身を守るすべもないようではいずれ死にますよ」


 目的を明かすことなく、凛音に対して舐めるような視線を送り、軽々しい口ぶりでメフィストは話した。

 魔法使いとして覚醒を既に果たしている凛音に興味を示したことは、明確に黒江も分かった。


「黙りなさい。凛音に触れることは許さないわよ」


 冷や汗を掻きながら黒江は鋭い目つきでメフィストを睨み付ける。

 一人で現れた敵にも関わらず、恐怖を感じずにはいられない。

 それだけ強い魔力が男の姿からは滲み出ていた。


「人間の姿をしていますが奴はゴーストです。下がってください」


 蓮は悲鳴を聞いて共に駆けつけた手塚巡査に忠告した。

 ゴーストから滲み出る恐怖は手塚巡査にも伝わっていたため、忠告に従い一歩二歩と下がった。



「まぁいいでしょう。あなた方が魔法使いを育て、覚醒までさせてくれたことには感謝しているところだ。贄は多い方がこちらとしても助かるのでね。

 さて、ここに来た用件をお伝えします。

 あなた方が所有するすべての魔法使いの魂を今すぐここで差し出してください」



 誰もが”言い間違えた”か”ほんの冗談”かと思う異様な間が流れる。

 だが、メフィストは訂正することなく、恐ろしいことに本気で言っているようだった。


「飲めるわけないでしょ……!! そんな要求」


 淡々と拒否権を許さないかのように告げる長身のメフィストに、黒江はすぐさま続く言葉を遮るように怒気を強くさせて言った。


 恐ろしい要求を突然言い始めた目の前の男に茜もその後ろに隠れる凛音も恐怖に震えた。


「そうですか……昨日の戦闘でさらに戦力が落ちているのに、無理はしない方がいいのではないか?

 こちらの用件が飲めない場合は今朝ゴーストの集団に襲われた学校と同じことになるだけだ」


「冗談じゃないわ……貴方達の勝手な目的のために、これ以上犠牲を増やしてなるものですか!」


 先頭に立ち声を荒げて対峙する黒江。

 今日までに失われた命の数を思えば、真っ当な怒りだった。

 その強い正義感は今日まで少女達と共に過ごす中で成長してきた確固とした決意であった。


「そうか……他の方も同様の見解ですか。力の差が分からないとは、人とは実に無謀で愚かな種族で仕方ないな。

 条件を飲んでくれるなら、静枝と戦って死んだお前たちの仲間の身体を返すつもりだったのだがな。人間は大切にするんだろう? 死んで動かなくなった身体でも」


 メフィストが不敵にほくそ笑みながら言った後で、霊体化して透明になっていたファントムが姿を現した。

 その両腕には意識のない望月麻里江の身体が抱えられていた。

 仮面で顔を隠したファントムの登場はさらに空気を緊迫したものに変えた。


「麻里江!!」「望月先輩!!」


 大切な仲間が敵の両腕に抱えられている姿を見た茜と凛音は怯えながらも声を上げずにはいられなかった。


「どこまで外道なの……貴方達は……ここで決着を付かないといけないようね」


 あまりの暴挙に怒りの感情を震わせる黒江。感情が湧き立ち、このまま無視することは出来なかった。


「ほぉ……威勢だけはいいようだなぁ……。実に可愛そうなことです。大人たちの勝手で戦わされる魔法使いというのは。


 しかし、その身も心も今夜の美酒の肴となりましょう。

 喰いついた獲物が抵抗しないというのもつまらないですから。


 さぁ、命を投げ打ってかかってくるというならば、その魂ごと簒奪(さんだつ)すると致しましょうか! あなた方の言うところのゴーストの力をもって。


 それでは学園を破壊します、力の差を痛感させてあげよう。

 痛みに苦しんでも、後悔なされませんようご覚悟を」


 手を胸に当て、丁寧なお辞儀をするメフィスト。

 礼儀正しい執事のようなその不気味なまでの仕草が、死刑宣告を告げるように見え、恐ろしさを増幅させた。


「どうせこうなることは分かっていただろうに、前置きの長いことだな」


 ファントムが溜息を吐いて麻里江の身体を地面に落とす。

 その身体は既に骸となっており、反応のないままふわりと長い髪を靡かせ地面に横たわった。

 巫女装束は至るところが破れ、血に染まった身体が痛々しい。

 茜は傷ついた親友を目の前に必死に激情を堪えた。


「ふふふっ……俺まで呼び付けておいて、出番がなかったらどうしようかと思ったぞ」


 さらに木の影から姿を現す金髪にピアスを付けたキザったい男の姿。

 外見から見ると若く綺麗な白い肌をしている西洋人風の男だった。


「ディラック。こうして標的の顔色を伺うのも悪くあるまい。いつも地下に籠っているようでは楽しみも限られるだろう」


 代表格であるメフィストフェレスからディラックと名を呼ばれた新たに姿を現した敵。

 その耳は人間とは思えないほど長く、ファンタジー世界で見たエルフのようであった。



「あれも上位種のゴーストか。一匹いれば三匹いてもおかしくないってわけかい。揃いも揃って気に食わねぇやつだな」


 校舎の中、美術室の窓から校庭の様子を覗いていたアンナマリーが相変わらず口の悪い調子で呟いた。


「イケメンがこんなところに三人!! 先生も合わせたら四人!! むしろ何も起きない方がおかしい!! 捗っちゃうね……これは」


「横で気色悪いこと言われても困るんだが、奈月」


 頭の中で妄想が花開いている真っ最中なのか、一緒に窓から顔を出しながら目をハートにして口をだらしなく開いている奈月に、アンナマリーは思わず呆れ果ててしまった。


「いやぁ、現実に戻さないで!! このままいくから!!」

「ダメだ!! 戻ってこい!! 戦闘に入ったらうちらも行くんだよっ!!」


 ドキドキのあまり胸がキュンキュンして正気を失う奈月をアンナマリーはなんとか目を覚まさせようと、両手を肩において身体を必死に揺らした。



(三体もの上位種のゴーストを相手にすることになるなんて……。

 もうこれ以上茜を無理させるわけにもいかないのに。

 でも、学園も凛音も守らなければならない。

 ここで退くわけにはいかない……)


 緊迫した空気の中、黒江は思考を巡らせた。

 上位種のゴーストが三体並び、空前絶後の事態となる今、戦力は限られている。しかし、自分達がやらなければどれだけの犠牲者が出るか想像もしたくないのが現実だった。


(二人とも、テレパシーで合図をする。タイミングを見誤るなよ)


 美術室の窓から顔を出していることに気付いていた蓮は、アンナマリーと奈月に向けてテレパシーで伝えた。

 蓮もここまで手荒い行動に打って出られると、戦いを避ける選択肢は既に捨て去っていた。


(絶対に許さない……千尋やみんなの仇。今ここで晴らさないと!!)


 倒すべき敵を目の前に、凛音を背中に覚悟を決める茜。

 茜は凛音から勇気をもらい、目の前の三人の男に鋭い視線を向ける。



「作戦開始だ。ディラック、ファントム、容赦はいらん、手筈通りにな」



 余裕の表情で開戦を告げるメフィスト。

 ファントムとディラックも戦いたくてうずうずしていたのか余裕の表情で意気揚々としている。


「ふっ……俺を招待したのだから、一匹残らず贄を確保するんだな」


「十分仇となる戦力の数は減らした。残った能力者を散らすのなど、造作もない」 


 それぞれが強敵の予感をさせる緊迫感。

 敵の狙いは魔法使いの清められた魂に間違いないと黒江と蓮は踏んでいた。


 蓮は動き出しの初手が大事であると考え、それぞれの動きを見極めようと意識を集中させた。


 かつてない危機を迎えた凛翔学園に残った人々。

 容赦なく本気で掛かって来る三体の上位種のゴーストを前に、決死の戦いが始まろうとしていた。

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