第二十二章「混沌を望む者」4
「先生……っ!!」
気分が優れず、下を向いたまま歩いていると茜の声がはっきりと聞こえて黒江はすぐに顔を上げた。昨日会ったばかりなのに心配していた分、胸が締め付けられグッと込み上げてくるものがあった。
「茜……もう起きて大丈夫なの?」
心配のあまり落ち着かない表情をしてしまう黒江。
茜は黒江を安心させてあげようと口を開いた。
「はい、お陰様で。なんとかまた戦える身体に回復しました。凛音が今朝も看病に来てくれて、食事も持ってきてくれたので、大分助かりました」
そう言っていつもの笑顔を見せる茜。昨日の事を考えると不安を払拭するには十分なほどに顔色は良くなり表情は明るかった。
トランス状態に陥るほどに身体的にも精神的にも多大な負荷が掛かっていただけに、たった一日しか経っていない以上、黒江が心配するのは当然の事だった。
「そうなの……よかったわ。あれだけの事があったのよ。身体は大切にしなさい」
心配して声を掛けるがすぐにでも飛び出していこうとする茜を黒江は恐れた。
一方、黒江の言葉を聞き、心配してくれていることを知り茜は喜んだ。
茜は昨晩、学園に戻ってから麻里江や雨音と話す機会はなく、愛犬と共に社会調査研究部の部室で一夜を明かした。看病に来てくれた凛音に家で泊まることを誘われたがすぐに休みたくてそれも断ってしまった。
そして、夜が明けてからは、再び凛音の看病を受けて元気を取り戻し、こうして校庭を歩くまでに回復したのだった。
「そうですね……。戦闘中の記憶はすっぽり抜けているんですけど。話しだけを聞くと、大変なのは分かりますから。それより、雨音と麻里江の姿を見ませんでしたか?」
「雨音は見てないわね。麻里江は姉妹神楽に同席していたからさっきまで会っていたわよ」
雨音については黒江は茜の方が詳しいだろうとずっと思っていて、深い事情には踏み込まないでいた。一方、麻里江とは普段から話すことが多いことに加え、姉妹神楽で同席することになり、さらに接する機会も考える時間も増えた。
そして、昨日は千尋を一緒に神代神社の家族まで共に送り届け、先程は不穏な会話まで交わした。茜に対してどこまで話していいものか、考えなければならない状況だった。
「そうなんですね、様子はどうでしたか?
千尋があんなことになって心配してたんです、麻里江とは親友ですから」
当たり前のように使っていた親友という言葉が、麻里江が千尋を救うために無謀なことをしようとしている可能性を思うと、重く苦しいものに黒江には聞こえた。
「千尋の死はなかなか受け入れられるものではないでしょうね。麻里江自身がまだ信じられていないのもあるかもしれないから」
聞かれることは分かっていたが茜までも後を追う事だけはないようにと努めた結果、曖昧な言い方でしか黒江は返答できなかった。
「そうですね……麻里江は後悔してると思いますから。あの……昨日は迷惑を掛けてごめんなさい。頭に血が上って、気付いたら意識が飛んでいて……本当に魔法戦士としてあってはならない過ちでした」
沈んだ表情に変わって昨日の事を謝罪する茜。
それを聞いた黒江はトランス状態について、知ることで冷静になれる要素もあると思い、一通り知識として持っているものを話すことにした。
今回のようなトランス状態は精神状態が限界を迎えることで普段大人しくして眠っている霊体に意識を支配される現象を指す。半人半霊である魔法使い特有の現象だが、戦闘中のような極限の精神状態になると起こる事例がいくつか報告されている。
茜の場合は魔術戦闘で酷く傷ついた危険な状態の中、戦い続けようと無理をする本体の心を守る為に代わりに霊体が表に出て戦闘を継続していたとみられる。
霊体に意識が移った時点で意思疎通できるものではないが、身体を守る為に戦闘を中断してくれなかったのは茜にとって不幸なことだった。
知っている知識を一通り黒江に説明されると、茜は記憶が残っていない分、腑に落ちる部分は少なかったが、親身になって説明してくれている黒江の姿を見て納得することにした。




